第二話:大悪党の母VS魔法使いの嘘

家に戻り、両親を説き伏せるのは簡単だろうと思っていた。彼らは私をもてあましていたからだ。自他ともに認める天才的な悪党で、いつも何かを盗むために世界を飛び回っていた。案の定、「良いじゃない!」と、奇跡的にリビングにいた母親は言った。家来にコーヒーを持って来るよう言いつけてから、私たちを彼女の向かいに座らせた。

「かわいい子には旅をさせろって言うしね!」

「え、お母さんですか……?」

「ええ、サラから聞いてない? もう二人、娘がいるの。魔法学園生のね」

 火の魔法使いは、たじろいでいる。それもそのまずだ。目の前にいるグラマラスな金髪美女は、どうみても十八歳を筆頭に三人の娘がいるうぴに見えない。

「この子ね、今は準備学校に通ってるの。高校を卒業して、特にやりたいこともないみたいだったから」

「十八歳じゃ決まりませんよ。準備学校は、大学進学のための予備校みたいなものですよね」

「大学じゃない」


 母の氷のような一言で、広い部屋の温度が一気に下がった。私はいつの間にか家来が置いたコーヒーを飲みかけていた手を止めた。反対派を賛成派に向かわせるのは難しいが、賛成派から反対派へは、いとも簡単に行ってしまう。母に学歴の話、特に大学の話は禁句だった。私は慌てて補足をした。

「えっと、グラン・スクール、高等教育機関って言えば分かる? 大学とは少し違って、高校を卒業してからすぐには行けないの。準備学校に二年通ってから受験。卒業すれば大学でいう修士号になるかな」

「さすがお嬢様だね。庶民のように大学には進まずに、より社会的な権威の高い学校に進むわけだ」

 にこにこと笑顔で皮肉を言う彼を、母親は憎しみを込めて見つめた。

「でも、それなら、ちょうど良いかな」

 そんな母親にお構いなく、彼はシャツのポケットから名刺を取り出した。それを指さし、宙を舞わせて、母親の目の前に着地させた。

「申し遅れました。僕はフラム。火の国にある、魔法大学で教えています」


庭師にしては違和感があったが、大学の先生だとは思わなかった。驚く私をよそに、彼は続けた。

「サラさんは、見たところ、魔法の使い方を理解していません。ご自身のスキルも。名門で知られる魔法学園には一定数、賄賂を使って入学をして、テストの点数も甘く見てくれる教師もいますから……あ、サラさんがそうだとは言っていませんよ?」

 バレてた。しかし、分かって欲しい。あのハズレスキルではやる気がなくなるし、よくやってきた方だった。それに両親があの学園に私を入れたのは、全寮制であること。それが何よりの理由だった。彼らが悪党ランキング一位を獲得した年、私はあの監獄で金をばらまいていた。

「このまま行けばグラン・スクールに合格は無理でしょう。お母さんも、それを知っていて、結婚させようとしたんじゃないですか? 僕なら、彼女を最強の魔法使いにできます。悪役令嬢でなく、自分の好きな人生を歩むことができる。彼女は、すごいスキルを持っていますから」

 フラムはコーヒーをすすった。カップを皿に置く時、音が立たなかった。あの学園で散々叩きこまれたから、どうしても気にしてしまう。母親は、赤く輝く名刺を眺めた。裏返し、まじまじと見つめて、やれやれといった様子で言った。

「ま、大学の先生なら良いかな。でも一年にしてよ。準備学校は三年までいれるから。若さが失われれば、婚期も伸びるしね」

 そうして壁掛け時計に目をやり、立ち上がった。彼女は忙しい。家来から聞いたところによると『悪の事業計画書』という、自分の望む世界を作れる究極のアイテムが、精霊界から盗まれたらしい。これが他人によって盗まれると、悪党ランキングが変わってしまうかもしれないのだ。

「じゃ、そろそろ行くね。学校には連絡しておくから。必要なものがあったら、いつでも連絡して。連絡方法は……」

「ママが精霊から盗んだ鏡、スペルは『ミロワール』でしょ」

「すごいすごい、よく覚えてた! あげてから一回も使ってないのに!」

「私は話しかけてたけど、ママが応答しなかっただけじゃ……うわ!」

 急に母親から抱きしめられ、新しい香水の匂いが鼻をついた。昔とは違う、トロピカルフルーツの香りだ。できれば母親に同じ匂いを付けていて欲しいと思うのは、子供のエゴなのだろうか。

 彼女は愛情たっぷりのハグから私を解放し、「この名刺は返すね」と、フラムに向かって言った。人差し指を使って、名刺を彼の前に着地させ、いたずらっぽく私にウインクをして、去って行った。

「……はは、参ったな」

 フラムは苦笑いを浮かべている。何かが名刺に書かれていたようだ。そういえば彼女のウインクは昔のままだったな、と思った。


 フラムとは明日の朝に家の前で待ち合わせをして、別れることになった。

「じゃあ、また」と言いかけて、私は彼にたずねた。

「そういえば、名刺になんて書いてあったの?」

 彼は気まずそうに、目をそらした。

「『悪党はどっち?』って」

「どういう意味?」

「僕、大学で教えてないから。嘘をついてたこと、見抜いてたんじゃないかな」

「え?」

「ま、良いか。一応は信頼してもらえたし。サラと旅に出れることになったしね。また明日」


 彼は洗練された、軽やかな笑いを残して出て行った。

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