序章



 パオイラ王国の庭園の一角。そこに生ある存在は、全身を真っ赤に染めたようじんの少年しかいなかった。彼は、殺し、殺し、殺し、ここまで歩いてきた。夜風にった、植物と土ののうみつかおりが、血のにおいでけがされた。いな、むしろ清められたのだと少年は思った。

 少年はすでに事切れた人間を無感動にみつけながら、地面に転がる自身のこんせきへ手をばした。魂石は、妖人がその身に宿して生まれてくる石だ。本来、魂石が妖人の身体からだから失われることはない。魂石が妖人の身体に存在しなければ、それは他者がぎ取った事実を示していた。

 世界には多くの生き物が生息している。その中でも生息数が多く、世界中に生息し、なおつ生息地に多大なる変化をもたらす生き物を、人間と呼ぶ。人間には、うたびとゆめわたりなど、大多数とは異なる力を持った異能がかくにんされている。

 妖人と呼ばれる存在も、異能の一角だ。妖人は、少しとがった耳以外はただびととそう変わらない。しかしけもののようなきゆうかくちようりよくを持ち、獣のように強くしなやかなその生き物は、その身に宝玉を宿していた。魂石と呼ばれる宝玉は、彼らの魂と同義だ。魂石をうばい取られた妖人は、その所有者に逆らうことはできない。自身の生と尊厳すべてをせいぎよされる。人間にとって、これほど都合のいい生き物はいなかった。

 妖人は、並外れた力とその美しい姿をほつした人間達により、まるでそれが世界のことわりであるかのようにられた。


 わずかに負傷した少年の手首から血が伝い、真白い魂石に落ちる。最後に殺した兵士のけんはじかれその手からき飛んだ魂石は、その程度では傷もつかない。少年の血以外には何のよごれも持たず、無機質な光を持って地面に転がっている。

 それは美しい少年だった。真白いかみは赤く染まりはしたものの、本来のつやを失わない。ひとみれいするどく、無表情にうつむいた顔は雪のように白かった。

 やみを切りく鋭い瞳は、まっすぐにおのれの魂石を見つめている。この石が妖人の命運を決める。一度身体から剥ぎ取られた魂石は、二度と肉体へかえらない。たとえ取りもどしたとしても、妖人はかつて魂石が存在した場所を空っぽのきずあととして生きるしかない。

 妖人の身体をはなれた魂石へ、妖人の血と飼い主となる人間の血を付着させたしゆんかん、彼の身はまたたく間に支配される。人間は妖人を飼うために、自らを傷つけ血を流すしゆうあくな生き物だ。

 少年がまとった赤の中には、少年自身の血液も存在している。いまこの時、人間がこの魂石にれれば、少年の身は再び人の支配下に置かれるだろう。

 少年は氷よりも鋭く口角をり上げた。くだらない想像だ。そんなことになれば、命じるすきあたえずその首ねてくれる。決して外すまい。そのじようきようを想像すれば、かいになってきた。もうだれも、二度と己を支配できない。俺は、自由だ。

 少年は、まみれの手を魂石に伸ばした。

 べちゃん! 美しい少年は、氷より冷たくこおらせていた瞳をあつにとられた色で散らし、目の前を見つめた。

 どこからか少女が降ってきた。それはどうでもいい。問題は、少女の赤くれた指がれいに魂石をとらえていることだ。開かれたてのひらの中指、そのちょうど真下に少年の命があった。

 持ち主である妖人の血と、人間の血。その二つが、魂石に触れていた。

 それをぼうぜんと見下ろす少年を、呆然と見上げた少女の鼻から、たらりと鼻血が垂れた。

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