ep7 腐女子は美少年のお願いに抗えない。
「お疲れさま。よく頑張ったね、津田さん」
「ありがとうございます。篠原くんも、お疲れさまでした」
今日も篠原くんとの勉強会は無事に終わった。最近少しずつでも集中力がついてきたのか、夕方の鐘がなるまで飽きずに勉強できている。篠原くんが教えてくれた、パスタみたいな名前のテクニックで勉強したのがいいみたい。25分間集中して、5分間休憩するのを繰り返していると、以外にも時間はあっという間に経ってしまった。
「今日の宿題は、一緒に勉強したところの見直しね。問題はスプレッドシートで上げておくから、今日の12時までには提出する事」
「わ、わかりました……」
今日も宿題かぁ。ゲームやってる時間なさそうだなぁ。
篠原くんが来る前までは、毎日10時間以上は漫画読んだりゲームしたりして過ごしていたのに、今では勉強の時間の方が多くなっている。不登校になって勉強をさぼっていたから、授業の遅れを取り戻すために仕方ないとは思うけど、もともと勉強嫌いだった身からすると、宿題を出されるのは負担だった。
「津田さんならできる程度の範囲だと思うから、ちゃんとやっておいてね」
「……あのー」
「ん?」
「その……勉強のことなんですけど……」
「ん、勉強がどうしたの?」
「たまには、やすみ……たいな……て……」
い、言っちゃった。ついに言っちゃったよ。どうしよう。教えてもらっている分際でなに我儘なこと言ってんだと思われただろうか。
篠原くんの顔、怖くて見れない。ど、どうしよう。がっかりされるよね。やっぱり、ダメな奴なんだって呆れられるかも。
「いいよ」
「えっ」
い、いいの? え、本当に?
びっくりして篠原くんの顔を見ると、にっこりと笑っている。そこには、軽蔑とか、がっかりしたようすは見られない。
「うん。いいよ」
「あ――!」
ありがとうございます! と、言いかけた時だった。
「でも、一つだけお願いを聞いてくれる?」
「おね、がい?」
にっこり笑ったままの顔を見て、なんだかすごく嫌な予感がした。
「うん。お願い。学校のテストを受けてくれないかな」
学校の……テスト!?
「えっ、な、なんで、ですか……?」
「先生に頼んで、津田さんだけ特別に日程を作ってもらったんだ。家で受けられるように出来たら一番良かったんだけど、不正防止のために学校で受けてほしいって」
何、その話。わたし、全く聞いてないよ!?
「えっ……でも、1年生の勉強しかしてないです……」
「それは大丈夫。ちゃんと、1年生のテストを受けさせてもらえるように話してあるから」
「……へ……へ?」
「先生に頼んで、津田さんだけ特別に日程を作ってもったんだ。家で受けられるように出来たら一番良かったんだけど、不正防止のために学校で受けてほしいって」
なんで、そんな話が知らない間に進んでいるんだろう。学校へ行きたいかどうかも聞かれてないのに。
「……がっこうには、いきたく、ない、です」
動揺して、声が震えた。
「津田さんの気持ちはわかるよ。嫌がるってわかってた。でも、内申だけは考慮してもらえたらって思ったんだ。これから、津田さんが行きたいと思う高校も出てくるかもしれないし、少しでも内申点があれば、進学先の選択肢が広がるかもしれない。通信制の学校や、進学しない選択肢もあるけれど、やりたいことを諦めるようなことにだけはなってほしくなかったから」
途中から、篠原くんの言葉なんて聞いてなかった。
わかってない。わかってないじゃんか。簡単にわたしの気持ちがわかるなんて言わないでよ。篠原くんは、何もわかってない!
苦しくて、胸が押しつぶされるみたい。目のまわりが熱くなって、真っ赤な熱い塊が、喉の奥からせりあがってくる。すごく悔しかった。わたしに相談もせずに、勝手に話を進めていたことも、わたしの気持ちなんて全く理解されていないことも。
「いき……たく……ない、です」
悲しみと同時に怒りが込み上げてきて、ムカついてムカついて、今にも叫び出してしまいそう。篠原くんの顔も見たくない。顔がきれいだからって、これだけは許せない。
「ごめんね、津田さん」
謝られても許せない。自分のことも許せなかった。いつから勝手に勘違いしたんだろう。篠原くんなら、うちの家族や先生みたいに、わたしの気持ちも考えずに安易に学校へ行けなんて言わないって。
どっかの誰かが決めた
「津田さん。本当は嫌なのに、勉強をしようと思ったのはなぜ?」
「……」
「津田さんが勉強を続けてくれるようになってね、嬉しかったんだ。俺のことを拒絶していた津田さんが、応えてくれたんだって分かったから。だから、俺も津田さんに応えたいと思った」
「……」
俯いたまま、何も言えなかった。さっきまでの怒りが霧散して、気まずさと罪悪感がむくりと顔を出す。
……それはその……
「俺、津田さんのこと、本当に尊敬しているよ。努力して苦手なことを克服するって、なかなか出来ることではないから」
罪悪感が凄いよ、どうしよう。
急に背中に汗が滲んだ。わたしが勉強をはじめた理由なんて、苦手なものを克服したいとかそんな清いものじゃない。篠原くんに嫌われたくないからという不純な動機からきてるんだ。そんな、健気にがんばってるみたいに言われると、こっちがだましてるみたいで申し訳ない気持ちでいっぱいだよ!!
「折角、津田さんががんばっているのに、誰も知らないままなんて、俺はいやだな」
「……っ!」
む……胸が痛い! ち、ちがうんです。幻滅されたくないから、無理してがんばっちゃっただけなんです!
「テストの日は、全校生徒がいなくなる時間帯に頼んである。津田さんが嫌なことは何も起こらないように気を付けるし、俺も一緒に付いて行くから、だから――」
やめて、そんなきれいな目でまっすぐわたしを見つめないで!
「テストだけでも受けてみよう、ね?」
「……ガンバリ、マス」
言っちゃったぁ――――!
「うん、がんばろうね!」
篠原くんのふわっと花が咲いたような笑顔を見て、わたしは自覚した。
篠原くんの「お願い」には抗えないんだな……と。
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