ep4 バスケ部エースの恋煩い①

 栄至えいじ中学校バスケ部は、半年に一度、他校との合同練習試合を行う。学校間の交流を目的としたものだったが、部員たちの意識は違った。

 交流試合と言っても、この試合は対立校同士の戦力を計るうえで重要な機会だ。負ければ、英至中はこんなものかと侮られてしまう。しかも、応援には他校の女子も来るのだ。かっこ悪い姿など見せたくない。自意識過剰な思春期真っ只中の中学生男子たちは、絶対に負けられないと鼻息を強くしていた。

 県大会並みに目をぎらつかせている部員たちの中に、篠原咲乃も選手としてコートに立っていた。ホイッスルの音とともに、センターサークルから審判がボールを投げる。高身長の伸びやかな肢体が、ボールに手を伸ばす。

 咲乃は、ギュッと靴音を立てて体育館の床を蹴った。







「頼む、篠原っ! バスケ部の合同試合に出てくれ!」


 3週間前、学校に登校して早々の咲乃に、あの・・神谷が頭を下げた。咲乃は目の前の光景が信じられなかった。驚きのあまり、読んでいた本を取り落としそうになるほどには、信じられない光景だった。


 神谷を落ち着かせ詳しく話を聞くと、バスケ部のレギュラーメンバーのひとりが大事な試合を前に参加が出来なくなってしまったらしい。


「怪我でもしたの?」


 咲乃が尋ねると、神谷は神妙な顔になって言った。


「推しのめぐたんに男がいたんだよ」


「は?」


 思わず、咲乃の声が冷たくなってしまうのは、仕方のないことだった。

 その部員は、めぐたんと呼ばれる女性アイドルを推していた。しかし、推しの交際ニュースにショックを受け、活動不能になってしまったのだ。

 めぐたんを地下アイドル時代から応援し続けていたその部員は、女子に告白されたときも「俺にはめぐたんがいるから付き合えない」と言って断ったくらいの熱烈なファンだった。バスケの試合とアイドルの握手会が重なると、普段温厚な少年はまるで別人のように人が変わった。

 

「ボールが凶器に変わり、コートが荒野に変わる様子から、“英至えいじの虎”と恐れられるパワープレイヤーだったんだ。まぁ要は、行きたかった握手会に行けなくて、八つ当たりしてるだけなんだけどさ」と、神谷が説明する。


 部員たちはその少年を「イベントと重なると超強い」と重宝してきた。しかし、そのめぐたんが有名バンドのボーカリストと交際していたことが発覚し、少年の儚い恋は終わった。

 今では廃人同然だ。試合中も虚ろな目でぼうっとしたまま、コートに棒立ちになっているだけで全く使い物にならない。主力メンバーがこれでは他の部員の戦意も殺がれると判断した部長は、仕方なく彼を休ませたのだが、少年は部員内で最も優秀な選手だったため、他の部員では穴を埋められるほどの戦力にならないのだそうだ。


「今度の試合は、県大会に比べたら大した規模じゃねぇけどさ。俺たちは今まで、死ぬ気で頑張ってきたんだ。なのに、こんなことで負けたくねぇんだよ、篠原!」


 神谷はぐっとこぶしを握りしめ、悔しそうに呻いた。一見すると、バスケに熱い情熱を燃やしているように見えるが、咲乃は彼の日頃の行いから、神谷の本音を見抜いていた。


 神谷の本心は「他校の女子も来るのに負けたら超かっこ悪いし、半年間負け犬扱いされたくないから死んでも負けたくない」である。


「絶対にやだ」


 咲乃はにこりと笑って即答した。


 咲乃はその後も、バスケ部の部員たちに散々付け回されることになった。

 咲乃は、「きみたちも練習を頑張ってきたはず」「選手は部員の中から正式に選ばれるべきだ」と説得したが、ベンチ連中は一様に「俺たちがレギュラー張れるわけねぇだろうが!」という謎の反論を主張してきた。咲乃は縋りつかんばかりに必死に頼み込む部員たちを目の当たりにして、ここのバスケ部には絶対に入らないと、固く心に誓った。



 一方、咲乃にあっさり断られた神谷だったが、それで諦めてくれるほど物わかりの良い人間ではなかった。神谷は部長に、咲乃がいかに運動神経が良いか、今のバスケ部に足らぬ戦力としていかに必要かなどを熱弁した。

 有力選手の棄権で窮地に追い込まれていた部長は、神谷の話を聞いて、是非試合に出てほしいと咲乃に頭を下げた。

 他の部員たちとは違って、部長には他校に侮られたくないだとか、他校の女子にかっこよく思われたいだとか、そんな不純な動機は一切ない。少しでも不純なものがあれば咲乃だって断っていたのだが、あまりの真っ直ぐさに押し切られ、結局、試合に出ることを承諾してしまった。

 

「篠原ってさ、クールなようで、真面目に頑張ってるやつの頼みは案外断れないよな」


 作戦が成功して満足そうに笑っている神谷に、咲乃は無言で腹パンした。


 その日から、咲乃は放課後や休日を使ってバスケ部の練習に参加させられることになったが、津田成海にその旨を連絡する手段がないまま、試合当日を迎えてしまったのだった。

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