第6話 なぜなぜ亡くなったのか


酒や睡眠薬、或いは失恋というのは、些細なトリガー(きっかけ)に過ぎないのではないか。「二十歳の原点」からすると、運命を彼女自ら選択した(受け入れた)と私(平栗雅人)は考えます。

「一切妥協なく追求し続けていたら、その先に待っているのは不幸であり死」なのでしょうが、不幸というのはあくまでも一般的に見て、ということであり、「彼女にとっては幸せであった」とさえ言えるでしょう。

冒険家や探検家が、そのチャレンジの途上で死んで不幸なのでしょうか。高野悦子さんもまた、好きで挑戦した自己究明・追求という「内なる冒険・探検」という要素がかなり濃かったのですから、決して悲しむべきことではない(と私は思います)。

<引用開始>

  本書「第15話 高野悦子さんに贈る言葉」から

◎ 「誰よりも必死に真摯に生きたいと思っています。」

  「ただ、一切妥協なく追求し続けていたら、その先に待っているのは不幸であり死なのかもしれません。」

関口裕樹 BE-PAL No.520 2023年10月号より

<引用終わり>


彼女の自殺とは周囲の人、特に家族は悲しむでしょうが、当人にとっては「何ごとにも妥協せず、行くべき所まで思い詰めた」結果であり、むしろ「成果」と呼んでも良いかもしれません。赤の他人の私たちや、否、家族でさえ、彼女の自殺についてとやかく(否定的なことを)いうべきではない。


  彼女の日記(6月3日)で「悦子が幸せだと思うことをやりなさい。悦子の好きなように生きなさい。」というお母さんの言葉に、彼女は非常に喜んでいます。

もちろん、母は娘に自殺を勧めたわけではありません。しかし、あくまでも娘の自主性(自主独立・自主独往)を尊重したのです。高野悦子さんの父も母も、そしてその娘も、「誰よりも必死に真摯に生きる」(日本)人だったのです。その意味では、魂となってから、この親子は間違いなく邂逅・再会できるでしょう。



本ばかり読みすぎた高野悦子さん

 人間の書いた本ばかり読んでいたから、彼女の求める真理・真実が見えなかった?「見えた」としても、それは幻に過ぎない。

どうせ読むなら「大自然の書いた景色・音・匂い・感触」に求めるべきでした。太宰治よりも芥川龍之介。朝日ジャーナルだの世界だのという、インテリ(夢想)系の雑誌よりも、芥川龍之介や北村透谷といった、明治の良い作家の本を読むべきではなかったか。

彼女は本能的にワンダーフォーゲル部で活動した(こともあった)ようですが、ワンダーフォーゲル部の人間とワイワイやっていては大自然と本当に接触できない。

「第15話 高野悦子さんに贈る言葉」にある多くの探検家・冒険家の言葉というよりも彼らのスピリッツは、超がつくくらいの「孤独」から生まれたのです。

人間(擬き)ばかり見ていた高野悦子さん

大学生の頃、ご両親兄弟と、あまり「馬が合わなかった」高野悦子さん。

そのご両親と姉弟こそが、彼女と同じ本物の人間だった。

電気のプラスとプラスが反発し合うように、思春期の高野悦子さんとご家族は(一時的に)うまくいかなかった。(一般論として、家族とは一番の友達ということではなく、彼女の日記から推察すると、高野悦子さんと同じ濃い日本人の血であると感じます。)

本当は、高野悦子さんの仮面を外して心から付き合えるのは彼ら4人の家族だけだったのに、大学やアルバイト先における「友人」という仮面に惑わされてしまった。

高野悦子さんとその家族に比べれば、赤の他人として彼ら「友人たち」は、当然「仮面」をかぶっていたでしょうから、高野悦子さんの望むような真の付き合い・(心での)裸の付き合いはできなかった。特に京都いう街は、天皇の権威で飯を食うという空気があるので、そこに住む人に「格好をつけさせる」。生粋の京都人でなくても、京都に長くいると、江戸っ子ですら、おバカで直線的で正直な生き方ができなくなってくるのです。


孤独ではなく「自分で自分を疎外していた」高野悦子さん

  恵まれた家庭に育ち、可愛くて愛嬌があるので、誰にでも好かれていた。

  そんな彼女の孤独とは「ノートの中だけ」でしたが、それは「自己批判」することで、自分を鍛えていた、ともいえる。

  外面的には「可愛くて愛嬌がある」女の子の仮面をかぶっていたので、現実の社会生活では孤独ではなかったのですが、深夜一人になり、「ノートの中の真の自分」に向き合うと、殊更自己批判が強くなり、阿部次郎「三太郎の日記」冒頭の如く、「嘘だ、嘘だ」という心の底からの声に責め苛まれる」という心境になった。敢えて、自分で自分を責め苛なむことで、強くなろうとしていた。日記の所々、自分を褒めたり、もっと強くなろうと自分で自分を激励している古書が見受けられるのはそういう戦う・自分で自分を鍛えるという意志があったからでしょう。

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