再生の森 〜龍の泉が輝く時〜

幸まる

破壊と搾取

ホルデッツ王国初代国王が、険しい山々の裾野に国を興した時代。

その国土の四割を、濃緑の葉枝が生い茂る深い森が占めていた。

王国の土地は、どこも土は肥え、水は清浄な輝きで湧き出た。

農耕に憂いはなく、人々は心安らかにこの地に根を張った。


王国の暮らしの質を向上させるのに大いに役立ったのは、存在感のある、その深い森だった。


その森は、どんな季節も常に過ごしやすく、穏やかな体感で人々を受け入れる。

豊富な木の実、珍しい植物、肥えた獲物、価値の高い鉱石。

人々は、多くの恵みをその森から得ることが出来た。


特記すべきは、森の奥深く、山の岩肌から湧き出る水が作る、細い滝だった。

その滝が落ちる先の泉には、砂金のような極小さな金の粒が沈んでいた。


人々は多くの恩恵を余すことなく享受し、この地に国を興した王を崇め称え、ホルデッツ王国は富み栄えていく。





その日は、珍しく朝から濁った空だった。


城の王座の前に、天井から突如白い小さな蛇が落ちて来た。


蛇は言う。


「私は森の王であり、泉の龍。奪うばかりの人の王よ。人間お前達は奪い過ぎる。これ以上の搾取は容認できぬ」


しかし王は、小さな蛇の言う事など全く相手にしなかった。

騎士に命じて蛇の首を切り落とし、その身体を森に投げ捨てる。


「既にこの地は、我ら人間のものなり。征服されし者は、上に座す者に従うが道理」


この地から奪い取る恵みなしでは、既に国は立ち行かない。

王は傲慢にもそう宣言したのであった。



しかしその日から、森は閉じられた。


足を踏み入れれば、震えるような冷気と、陰鬱とした気配が辺りを覆っている。

それでも奥へ進めば、いつの間にか道を見失って迷いに迷った。


倒れる寸前まで彷徨さまよって、息も絶え絶えに森を脱出してきた者に話を聞けば、森の中は暗く生い茂った葉枝のみが周りにあって、木の実一つすら手に入れることは出来なかったという。


それならばと、手近な所から木材を切り出せば、代わりのように街の木が同じ本数だけ枯れた。



人々の不満はすぐに膨れ上がった。

止め処なく押し寄せる民からの嘆願に、さすがの王も放っておくことは出来ず、武具を身に着けた騎士達を森へ送り出す。


あの蛇は“森の王であり、泉の龍”だと言った。

何としても森の泉まで行き、王を名乗る龍を討ち取れとめいを下したのだった。



かくして、騎士達は勇敢にも森へ入ったが、翌日には数名が命からがら戻って来た。

森には、騎士達と同じ数のだけの黒衣の騎士が待ち受け、こちらが剣を抜けば同じ様に抜剣し、混戦になったという。


王は怒り狂い、騎士だけでなく魔術士も送り込んだが、次には同じ様に黒いローブの魔術士が現れて、再び混戦となったのであった。



その後もどれだけ兵を送ろうと、誰一人として森の泉に辿り着けてはいない。





おぼろに月が輝く夜のことだ。


一人の女性が、そっと森に忍び入った。

誰にも気付かれずに森に足を踏み入れられたことに安堵して、彼女がほっと息を吐いた時だった。


彼女の細い腕を、力強い大きな手が引いた。


「姫様、なりません!」

「ルハルド!?」


姫と呼ばれた彼女の腕を引いたのは、強く眉根を寄せた青年騎士ルハルドだ。

淡い茶の髪を汗で額に貼り付け、息を整えながら彼女の瞳を覗き込む。


「一人で泉に向かうなど、無謀だとお分かりでしょう!?」


言われた彼女は、驚いて見開いていた瞳を数度瞬いて、ひとつ息を吐いた。


「ええ、そうね。でも、このまま何もしないではいられない…。明日にも年若い娘が森に差し出されるわ」

「だからといって…」

「いいえ、だからよ。だから私が行くの」


彼女―――、スフィリナは決意を込めた瞳で言った。



幾度となく龍を討ち取ろうとしたホルデッツ国王だったが、その度に被害の大きくなる派兵は止めざるを得なかった。

しかし、勿論このまま大人しく森の恵みを諦めるわけにはいかない。

そこで別の策として、王は龍ににえを捧げることを決めたのだった。


贄。

すなわち、生きた若い人間だ。




スフィリナはホルデッツ国王の一人娘だ。

父である国王が今まで選択したことで、誰よりも胸を痛めてきた。

森の恵みを我がもの顔で専有しようなど、愚かで傲慢な行為だと幾度となく進言したが、王は聞く耳を持たなかった。


そしてとうとう、民の命の対価として、森の恵みを得ようとしている。

何と浅ましく恐ろしいことだろう。


「私が贄となって、森の王泉の龍に許しを乞います。そうすれば、父上も目を覚ましてくれるでしょう」


亡くなった王妃の忘れ形見である彼女を、王は誰よりも大事にしている。

民の命を差し出そうというのなら、その痛みをまずは王が知らねばならない。


「なりません! どうか、お考え直しを…!」

「……いいえ、ルハルド。貴方なら、私が引くことはないとよく分かっているでしょう?」


ルハルドは説得する何かを探したが、スフィリナが考え直すようには到底思えなかった。

彼女の護衛騎士として側近くにいた彼には、彼女の志しがどういうものかよく分かっている。


「…………ならば、私も一緒に」

「ルハルド」

「お側を離れず、お守りすると誓いました。何と仰っても付いて参ります」


彼の濃青の瞳には、消して揺らがない決意が滲んでいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る