【短編】カードゲームにはもう飽きました。〜普通のデュエルに飽きた最強の女子高生がアタックせずに勝利する話〜

赤木さなぎ

一話完結 短編 『神ヶ野まふだは飽いていた』

 ――神ヶ野まふだかみがや まふだは飽いていた。


 何に? 全てに、だ。

 

 神ヶ野まふだは当時中学二年生という若さにして、今この世界で最も流行しているTCG『デュエル・ドラゴンズ』――通称『DD』の世界大会に出場。

 

 各国から集められた数多の決闘者たちを相手に、伝説のドラゴンのカードを操る女子中学生は全ての試合で圧倒的な勝利を収め、なんと“無敗”という歴史的な大記録を残して、史上最年少での優勝を果たした。

 そして、神ヶ野まふだは“世界最強の女子中学生”として、一躍時の人となったのだ。


 神ヶ野まふだはその若さにして、他の大人たちを実力で叩き伏せた。

 いや、叩き伏せてしまった。

 

 それはもう、圧倒的な全能感に支配された事だろう。

 全ての大人たちが馬鹿に見えた事だろう、愚かに見えた事だろう。

 

 どうして自分に勝てないのか、どうしてこんな簡単な一手が分からないのか。

 自分に出来る事が、自分よりも多くの時を生きた大人たちに出来ないという事が、神ヶ野まふだには理解出来なかった。

 神ヶ野まふだはさぞ可愛げの無い中学生だった事だろう。

 

 そんな神ヶ野まふだも、今は高校一年生。

 「高校は卒業しろ」と親に言われるがまま、『決闘者養成学校』の高等部に通っている。

 しかし、そこでの授業も神ヶ野まふだにとっては退屈な子守歌でしかない。

 

 家に居ても、学校に行っても、大好きだったはずの『DD』で遊んでいても、何も楽しくは無い。

 頂点を取ってしまった彼女は、目標も目的も無く、ただ無為な毎日を過ごしていた。

 

 

 そして、今日もまたそんな退屈な、有り触れた毎日の内の一日。

 神ヶ野まふだは、校舎の裏に呼び出されていた。


「――神ヶ野さん! 俺と付き合ってください!」


 意を決したように、そんなインターネットの海を探せば五万と同じ様な物が出て来るつまらないデッキレシピの様なテンプレ台詞を吐くのは、隣のクラスの男子生徒だ。

 

 確か名前は――と、神ヶ野まふだは思い出そうとするが、きっと彼の事なんて知りもしないだろう。

 頭の中のデータベースを検索してみても、掠りもしない。

 

 神ヶ野まふだは成績も常にトップ。

 栗色のふわりとしたショートヘアの似合う、美麗な容姿。

 それは決闘者の才能が無くても、モデルやアイドルとしてやっていけそうなくらいだ。

 そんな彼女の魅力に釣られて、時偶こうやって勘違いした男子生徒に告白される事が有った。


 そして、そんな時に、神ヶ野まふだは決まって同じ台詞を返すのだ。


「悪いね、僕より弱い奴に興味は無いんだ。帰ってくれないか」


 氷の様に冷たい、“僕”という一人称で少し芝居がかったように喋る女子高生、神ヶ野まふだの返事。

 男子生徒は一瞬びくりと肩を震わせて怯んだが、しかしそれでも食い下がって来る。


「じゃあ、俺とデュエルしてくれ! もし俺が勝ったら、付き合ってくれないか?」


 そんな縋る様な、最後の一枚の手札を叩きつける悪あがきの様な男子生徒からの提案。


「――そうだね、良いよ。キミが勝ったら僕を好きにすると良い」

 

 それを一蹴することも出来ただろうが、神ヶ野まふだは少し考える素振りを見せた後、そのデュエルの申し込みを受ける事にした。


「本当か!?」

 

 しかし、それは所詮暇潰し。壁打ちと同義でしかなかった。


「ただし、キミが負けた場合は、二度と僕の前に姿を現さないでね」

 

 普段なら一度断り、そこでゲームセットだ。

 しかし、それでも投了しないのなら、それは彼にサンドバッグとなる覚悟が有るという事だ。

 完膚なきまでに叩き伏せ、もう二度と目の前に現れる事すら出来ない様に、プライドを折ってやればいい。と、神ヶ野まふだはそう考えたのだ。

 

 そして、『DD』によるデュエルが始まった。


 校庭に設置された大型デュエルフィールド、その両端に神ヶ野まふだと男子生徒が立つ。

 噂を聞き付けた他の生徒たちが、無限に生成されるトークンの様に、野次馬として周りに集まって来た。


「おいおい、あの神ヶ野まふだがデュエルするんだってよ!」

「世界最強の女子高生のデュエルが拝めるとは……この学校に来て良かったぜ」

「キャー! まふだ様よ! 素敵!」

 

 そんな野次馬たちの放つ雑音を、神ヶ野まふだは「ふん」と鼻を鳴らして一蹴する。

 

「先行はキミに譲ってあげるよ」


 そう言って、神ヶ野まふだは自分のデッキをフィールドにセットする。

 

 そのデッキは、さっき購買で買った1パック5枚入りのパックを8パック開封し、それをそのまま束ねただけの“有り合わせの40枚”だ。

 それはもはやデッキとも呼べない様な、高額なレアカードも入っていない紙の束だ。

 しかし、神ヶ野まふだが凡人と遊んでやるには、この程度で丁度良いだろう。


「絶対に、勝ってやるからな!」


 男子生徒は覚悟を決めて、自慢のデッキをセットする。

 

 そして、どちらともなく、互いの準備を確認すると――、


「「――デュエル・スタート!!」」


 先行、男子生徒のターン。

 魔力ポイント(通称MP)を1つ加えた後、早速それを消費してコスト1の小型モンスターを――


 ――いや、こんなデュエルの内容なんて、敢えて詳細に語る事も無いだろう。

 結果から言うと、そのデュエルは当然の如く、神ヶ野まふだの圧勝で終わった。

 

 序盤は男子生徒が猛攻を見せ、神ヶ野まふだのライフを最後の一点まで削り、追い詰めたかに見えた。

 しかし、それは彼女の作戦だった。

 

 神ヶ野まふだは次のターン、お互いのライフ差を逆転させる呪文カード『千変万化』を使い、ライフを初期値まで回復。対して男子生徒はライフ1点にまで減少。

 そして、これまでのターンでライフを削る為にリソースを吐き切った男子生徒の手札には、再び初期状態にまで回復したライフを削り切る手段を残してはいなかった。


 その後は、簡単だ。

 何でもないバニラのコモンカード、雑魚モンスターのたった1点の攻撃によって、男子生徒のライフは失われた。

 

「――ふん、下手くそ」


 神ヶ野まふだはそう吐き捨てて、デュエルフィールドに背を向けた。

 男子生徒は膝から崩れ落ち、四散した自慢のデッキが校庭を彩る。


(ああ、こんなデュエル、何も面白くない。こんなデュエルでは熱くなれない、興奮出来ない、気持ちよくなれない。もっと血の滾る様な、そんなデュエルを――)


 神ヶ野まふだは飽いていた。そして、飢えていた。

 この乾いた心を潤してくれる相手を、求めていた。



「――ねえっ!」


 校門を潜ろうとしていた神ヶ野まふだの背に、一人の女生徒の声が投げかけられた。

 

「なに? ていうか、誰?」


 試合中はポーカーフェイスを通す神ヶ野まふだだが、今はさも不機嫌ですといって様子を隠そうともせず、つんとした声を返して、その女生徒の方を見る。


 声を掛けて来たのは、長い銀髪と紫紺色の大きな瞳の、可愛らしい子だった。

 確か同じクラスにこんな子が居たはずだ、とそこまでは思い出すも、やはり先程の男子生徒と同じく、名前を思い出せない。

 テキストとイラストは覚えているのにカード名はなかなか思い出せないマイナーカードみたいな女だな、と神ヶ野まふだはそんな風に思った。

 

「わたし、折紙束おりがみ たばね! ねえ、神ヶ野まふださん――ううん、まふだちゃん!」


 そうぐいぐいと距離を詰めて来るアグロ系女子、折紙束は神ヶ野まふだの手を取って、今にもダイレクトアタックしそうなくらい顔を近づけて来る。


「ええ……。なになに? 何の用!? ていうか近い! 離れて!」


 神ヶ野まふだは慌ててその手を振り払い、距離を取る。

 普段の作った毒舌系王子様の様なキャラクターを崩してしまう程に、神ヶ野まふだの心は乱されていた。

 

 間近で見ると、その端正な顔立ちがよく分かる。

 神ヶ野まふだに負けず劣らずの、かなりの美人さんだ。


「――わたしに、デュエルを教えて欲しいの!」


 そして、そんな神ヶ野まふだの様子なんて気にも留めず、折紙束はそう高らかに宣言した。



 折紙束は絶望的に決闘者としてのセンスに欠けていた。

 その実力の低さから、学校のデュエルテストではいつも赤点。補修続きの毎日だ。

 そして今日も放課後の補習から解放されて帰ろうとしていると、憧れの神ヶ野まふだと男子生徒のデュエルが目に入ったのだ。

 それを見た折紙束は思った。閃いてしまった。

 こんなに強い人に教えてもらえば、自分も少しくらいはデュエルが上手くなるのではないか、と。


「――と、言うわけで! お願いします! まふだちゃん!」


 ファストフード店で対面して座す神ヶ野まふだに対して、折紙束は大袈裟に寮の手のひらを合わせて頭を下げる。


「だから、嫌と言ってるだろう? どうして僕が、下手くその相手をしなくちゃならないんだ」


 そう冷たく吐き捨てて、神ヶ野まふだはジュースのストローを啜る。

 見た目の良い女だと思ったが、そんなに頭が悪いとは思わなかった。さながらイラストアドが高いだけの雑魚カードだ、と神ヶ野まふだは思っていた。

 

 しかし、折紙束はめげない。


「そこを何とか! これ以上テストの点数悪いと、退学になっちゃうよ!」


 やはり折紙束はぐいぐいと食い下がってくる。

 何度断っても食い付いてくる。


「はぁ。話だけでもと言うからついて来たけど、結局それはキミの素養の問題だ。学校の簡単な詰めデュエル程度に苦戦する様では、はっきり言って向いていないよ。今からでも決闘者を目指すのを諦めて、別の道を探す方を僕はオススメするよ」


 そう言って、神ヶ野まふだは席を立とうとする。


 確かにプロの決闘者になれば莫大な賞金を稼ぐ事も夢ではない。しかし、それは実力が伴えばの話だ。

 勝てない決闘者になるくらいなら、普通に働いた方がマシだ。

 

 しかし、席を立とうとした神ヶ野まふだは、折紙束に制服の袖を掴まれてしまう。


「でも、まふだちゃん暇だよね? 部活も入ってないし、いつも一人でさっさと帰って何してるの?」


「……関係ないだろう」


 図星を突かれた神ヶ野まふだは固まってしまった。

 何をしているかと問われれば、何もしていない。

 

 折紙束の言う通り、神ヶ野まふだは暇だった。

 何故なら、全てに飽いてしまった彼女にとって、夢中になれる物など無かったからだ。

 強いて言えば、意味もなく無限にデッキの一人回しをしているくらいだ。


「ちょっとやってみて本当にダメってなったら、すぐに辞めて良いよ。――だから、お願い?」


 と、上目遣いで頼み込んでくる折紙束。

 紫紺の瞳をキラキラと輝かせながら、神ヶ野まふだの瞳を覗き込んでくる。


 折紙束は自分が可愛いという事をよく分かっていた。

 こうすれば誰だって自分の頼みを聞いてくれると、理解していた。

 

 そんな折紙束の魔性の魅力に、神ヶ野まふだもまた抗い切れなかった。

 どれだけ相性の悪い雑魚カードだと分かっていても、イラストアドだけでデッキに一枚差ししてしまう、駄目なデッキビルダーになった気分だった。


「……はぁ、分かったよ。その代わり、僕のティーチングは厳しいよ?」


 そう言って、神ヶ野まふだふんと鼻を鳴らす。

 結局、したたかで強引な折紙束の押しに負ける形で、神ヶ野まふだは了承してしまった。



 翌日。

 昼休みの時間に、神ヶ野まふだと折紙束は教室で集まっていた。

 勿論、成績最悪の折紙束にデュエルを教える為だ。


「まずはキミの実力を見せて貰おうか」


 早々に昼食のパンをコーヒー牛乳で胃袋に流し込んだ後、早速神ヶ野まふだによる授業が始まった。


 相手の実力を測るには、やはり直接ぶつかるのが一番手っ取り早いだろう。

 そう考えた神ヶ野まふだは、まず折紙束と戦ってみる事にした。


「いいよー! ちょっと待っててね!」


 そう言って、折紙束はカバンの中をごそごそと弄り、小汚いプラスチック製のデッキケースを取り出した。

 そして、蓋を空けて出て来たデッキの束を見た神ヶ野まふだは顔をしかめた。


「キミ……スリーブは変えないのかい?」


 折紙束が取り出したデッキのスリーブは既に使い古されていて、擦れた跡が白くなっていた。

 どう見ても、もう変え時だろう。


「ありゃー、やっぱりそろそろ変えた方が良いよね」


 折紙束はそう言って「たはは」と照れ臭さそうに笑って見せる。


「……これ、僕は使わない物だから、良かったら」


 そんな様子を見た神ヶ野まふだは、カバンから新品のスリーブを取り出して、折紙束へと渡した。

 それは少し前に暇潰しで参加した大会の優勝賞品で貰った物だが、神ヶ野まふだにとってそれは特段価値を感じる物では無かったので、今までカバンの奥底で教科書に潰されたまま眠っていた。


「でも、これって……」

 

 しかし、そのスリーブは腐っても優勝賞品であり、普通はそれなりに価値のある物だ。

 それを折紙束も分かっているからか、少し受け取る事を躊躇する。

 

「要らないなら、捨ててくれて構わないよ」


「――ううん、ありがと! 大切に使うね!」


 しかし、神ヶ野まふだのその台詞が後押しとなって、折紙束はにっこりと太陽の様な微笑みを浮かべて、そのスリーブを受け取った。

 その後、「まふだちゃん、スリーブ入れるの早ーい!」「いや、キミが遅すぎるんだ。早くしないと昼休みが終わってしまうよ」なんて他愛もないやり取りを挟みつつ、スリーブの入れ替えを終えてから、二人のデュエルが始まった。


 神ヶ野まふだが使うデッキは、昨日と同じ“有り合わせの40枚”の予定だ。

 それは昨日あの後適当にストレージの端に放り込んでいたので、スリーブにも入れていない裸の紙の束だ。

 

 対して、折紙束の新品のスリーブに包まれたデッキは――、

 

「――緑のMPを2点消費して、呪文カード『恵み』を発動! 次のターンのMPを追加するよ!」


 緑単色の、MPを加速させて大型モンスターを召喚する、通称ランプデッキだった。


「へえ、意外と普通のデッキじゃないか」


「ちょっと、意外とって何よ!」


 神ヶ野まふだが正直な感想を洩らせば、折紙束は可愛らしくぷりぷりと頬を膨らませて見せる。

 成績が悪いと聞いていたので、余程酷いデッキを持って来ると思っていた神ヶ野まふだからすれば、一応賛辞のつもりだったのだが、折紙束にとっては不服だったらしい。

 

 しかし、その後――、


「切り札が、引けない――!」


 MPを増やした良いが、碌に大型モンスターを召喚出来ず、敗北し涙目の折紙束の姿がそこには有った。


「……なるほど、大体わかったよ」


 このデュエルを通して、神ヶ野まふだには折紙束の弱点が何なのか、大体分かった。

 

「うぅ……。まふだちゃん、わたし、何が駄目だったのかな?」


 折紙束のデッキレシピを並べて、二人でそれを見ながら、神ヶ野まふだの指導が入る。


「デッキの半分も軽いMP加速に割いている所為で、これじゃあ後半まで手札が保たないよ。青のカードを足してドローソースを追加すれば、切り札を引きやすくもなるし、後は――」


 キーンコーンカーンコーン――。

 しかし、デュエルをしていた時間も有ったので、もう昼休みの時間は残されていなかった。

 神ヶ野まふだの講義は、昼休みのチャイムによって中断されてしまったのだ。


「む、もう終わりか」


 最強の女子高生である神ヶ野まふだからすれば、折紙束のデッキ構築にもプレイングにも、指摘しようとすれば粗が無限に出て来る。

 その全てをどうにかしようとすれば、昼休みだけではとても足りなかった。


「じゃあさ、まふだちゃん! 放課後、一緒にカードショップ行かない?」

 

「いや――」


「ね! そうしよ! さっき言ってたドローソース? も、どんなのが良いか分かんないし、一緒に選んでよ!」


 と、またもや強引な折紙束の押しに負ける形で、神ヶ野まふだの放課後の予定は埋まってしまった。

 しかし、神ヶ野まふだも特段悪い気はしない。

 むしろ、全てに飽いて乾き切っていた心に一滴の水が落ちて来た様な、そんな感覚。



 放課後。

 神ヶ野まふだと折紙束は、近所で一番大きなカードショップに来ていた。


「ショーケースに色んなカードが有って、目移りしちゃうね!」


 折紙束はショーケースに並んだカードたちを見て、目を輝かせている。


「キミのデッキに合うカードは、この辺りじゃないかな」


 そう言って、神ヶ野まふだは折紙束が見ていたショーケースとは反対側を指差す。

 そこには青のカードが中心に展開されていた。


「そっか、どれが良いかなあ」


「これとか良いんじゃないかな。MP4点消費で3枚ドロー出来る呪文カード『英知の雨』――僕も構築に入れる、良いカードだよ」


 神ヶ野まふだが一枚のカードを指差す。

 それはキラキラと輝く、青のレアカードだ。


「すごい! 強そう! じゃあこれにしよっかな――って、高っ! こんなの買えないよ!」


 折紙束は『英知の雨』に付けられた値札を見て、目を丸くした。

 なんとそのカードは一枚4000円もする高額なカードだったのだ。


「そうは言っても、デッキに最大枚数の3枚積みする様な汎用ドローソースだからね。こんな物じゃないかな」


 神ヶ野まふだはさも当然の様にそう言うが、勝てない決闘者はその分デッキ構築の為の資金も不足して来る。

 ましてや学生である折紙束にとって、そのレアカードはとてもじゃないが手が出なかった。


「そっかあ……。じゃあ、わたしのデッキ、強く出来ないのかな……」


 しゅんと肩を落とす折紙束のそんな様子を見た神ヶ野まふだは、顎に手を当てて少し考える素振りを見せた後、


「ちょっと良いかい?」


 と、デュエルスペースの方へと向かった。

 卓に二人で座り、神ヶ野まふだはカバンの中から“有り合わせの40枚”を取り出す。

 そして、その中から何枚かのカードを取り出して、折紙束の前に並べた。


「これは?」


 折紙束は頭に疑問符を浮かべる。

 何故なら、神ヶ野まふだが目の前に並べたカードたちは、どれもパックから出て来る有り触れたコモンやアンコモンのカードたちだったからだ。

 

「何も、レアカードが無いと勝てないって訳じゃないんだ。例えばこの呪文カード『知識の雫』は2枚しかドロー出来ない、一見さっきの『英知の雨』の下位互換に見えるだろ?」


「うん。『英知の雨』はレアカードだし、『知識の雫』はアンコモンでしょ? なら、やっぱり『英知の雨』の方が良いんじゃないの?」


「でも、この『知識の雫』はMP消費が3と、『英知の雨』よりも1コスト軽いんだ。だから、手が出ないのなら、別に代わりにこっちを入れたって問題ないって事さ」


「そうなんだ! こっちのカードなら、わたしも持ってるかも!」

 

 そう言って、折紙束は自分のストレージを出して漁る。

 しかし、そこから出て来た『知識の雫』は2枚だけだった。


「じゃあ、僕のこれ貰ってくれないか?」


 そう言って、神ヶ野まふだは今持っている『知識の雫』を差し出す。


「そんな、わたしまふだちゃんにデュエルを教えてもらってる上に、今日スリーブも貰ったばかりだし、これ以上貰えないよ」


 そう言って、そのカードを突き返してくる。


「そうは言っても、僕はもう同じカードを何枚も持っているから、別に構わないのだけれど……」


 素直に受け取って貰えず、どうやってこのカードを押し付けようかと神ヶ野まふだは頭を悩ませた。

 神ヶ野まふだにとってそれは本当に頓着の無い、全くと言って良い程に無価値な物であり、持って帰って貰えば荷物が減って助かる位だ。それこそ折紙束が思うような親切心からでは無い。

 そうやってうんうんと唸っていると、折紙束が口を開いた。


「じゃあ、代わりにわたしがパック買うよ! それと交換って事にしよ?」


 折紙束はそれがさも名案だと言わんばかりに、両の掌をぱちんと合わせる。

 

「でも、持ち合わせは少ないんだろう?」


「ちょっと、馬鹿にしないでよ? 4000円のカードは流石に買えないけど、150円のパックくらいなら買えるよ! ちょっと待ってて!」


 そう言って、「あ、ちょっと――」と神ヶ野まふだが静止する間もなく、折紙束はレジの方へと一目散に走って行ってしまった。


「……やれやれ」


 神ヶ野まふだは一つ小さく溜息を吐く。

 そして数分程待つと、折紙束が帰って来た。


「まふだちゃん、お待たせー!」


 そう言って、戻って来た折紙束の手には『DD』のカードパックが二つ握られていた。

 そして、その内の片方を神ヶ野まふだへと「はい! こーかん!」と差し出す。

 

「ああ、ありがとう」


 既に買ってきてしまった物を断るのも面倒なので、神ヶ野まふだはそのままそれを受け取り、自分の“有り合わせの40枚”と交換した。

 流石にアンコモンのカード一枚と1パックでの交換なんてシャークトレードも良い所だ。

 レアカードと呼べるは『千変万化』くらいしか入っていないが、折紙束のデッキに必要なノーマルカードは何枚か詰まっているし、合わせれば等価になるだろう。

 

 そのまま二人は並んでパックを開封する。

 折紙束は「何が出るかな~」とうきうきでパック開封を楽しんでいて、そんな様子を見た神ヶ野まふだは無意識に口元が綻ぶ。


「あ……このカード!」


 その声色からおそらく良いカードが当たったのだろうと思い、神ヶ野まふだは折紙束の手元を覗き込む。

 

「おお! 『英知の雨』じゃないか!」


 それは先程ショーケースに4,000円という高値で並べられていた、折紙束が欲していた青のレアカードだった。

 

「やった! やったよ、まふだちゃん!」


 折紙束はぴょんぴょんと飛び跳ね、銀の長髪を揺らして全身で喜びを表現する。

 そんな微笑ましい様子を見ながら、神ヶ野まふだも自分のパックを開封する。


「さて、僕の方は――『大災厄』か。良いカードだね」


 神ヶ野まふだのパックに入っていたカードは、『大災厄』という山札を8枚削る効果を持った黒の呪文カードだった。


「まふだちゃんも良いカード出た?」


「ああ、面白い使い方の出来る、僕好みのカードだよ」


「良かったー!」

 

 そのまま、二人は夕方まで折紙束の新しい緑と青の混色デッキの調整をしたり、普通にデュエルをしたりと、楽しい時間を過ごした。

 そう、楽しい時間。

 全てに飽いていたはずの神ヶ野まふだにとっても、それは楽しいと思える時間だったのだ。

 

 放課後に友達とカードゲームで遊ぶという、有り触れた体験。

 若くして世界最強となってしまった神ヶ野まふだにとっては初めての事であり、その乾いた心の大地を潤すには充分だった。

 熱くはなれない。けれど、温かい。

 気づけば、折紙束は神ヶ野まふだにとっての初めての友達と言える相手となっていた。

 


「じゃあねー!」


「ああ、また明日」


 カードショップを後にした二人は別れて、各々の家へと帰って行く。

 しかし、その道中。

 折紙束の後を付け狙う、影が有った。



 次の日、学校。


 登校してきた神ヶ野まふだは、折紙束の席へと視線を向ける。

 しかし、そこに折紙束の姿は無かった。

 遅れて来たのかな、と思い、しばらく待つ。

 しかし、昼休みになっても折紙束は現れず、ついには放課後になっても折紙束は現れない。

 

(昨日のカードをデッキに入れてみたから、試そうと思ってたんだけどな……)

 

 なんて、自然と友人と遊ぶ事を楽しみにしていた自分に驚き、自嘲する。

 

 待っていても仕方がないので、そろそろ帰ろうかと思っていた所で、カバンの中のスマートフォンが震える。

 そう言えば、昨日またもや半ば押しに負ける形で折紙束と連絡先の交換をしていたな、と思い出し、神ヶ野まふだは久方ぶりに見たメッセージを知らせる赤い通知が付いたアイコンを、慣れない動作でタップした。


『まふだちゃん。街外れの廃ビルまで来てください。そこで待ってます』


 と、メッセージには書かれていた。

 そんな所に何の用事が有るのか、と神ヶ野まふだは訝しむが、折紙束が何か変な事に巻き込まれているのではないかと思い、指定された場所へと向かった。

 勿論、準備を怠る神ヶ野まふだでは無い。



 放課後、廃ビル。


「――まふだちゃん」


 そこには、折紙束の姿があった。

 しかし、伏せ目がちに、いつもの元気な様子が何処にも無い。


「こんな所に呼び出して、どうしたんだい? 学校も休んで……それに、今日の勉強会は――」


「あのね、まふだちゃん。わたしと、デュエルして欲しいの」


 事情を問いただそうとする神ヶ野まふだの言葉を遮って、折紙束はそんな事を言う。


「勿論、それくらい構わないけれど……。それならこんな陰気な所じゃなくて、昨日のカードショップに行かないか?」


 それくらい、構わない。だって、折紙束は神ヶ野まふだの友達なのだから。

 神ヶ野まふだがそう提案するが、しかし折紙束が次に発した言葉は予想だにしない物だった。


「――ううん。まふだちゃんの持つ、伝説のドラゴンのカードを賭けて、わたしとデュエルして欲しいの」


 その言葉を聞いた神ヶ野まふだの表情が曇る。

 それは、世界大会優勝を果たした時の切り札である超が付く程のレアカードだ、それを賭けろだなんて、とてもじゃないが正気だとは思えない。


「……最初から、それが狙いだったのか」


 神ヶ野まふだは、内で煮え沸る感情を抑えて、静かに問いかける。


「……」


 しかし、折紙束は俯いたまま答えない。


 (友達になれたと、思ったのに……)

 

 折紙束のその沈黙を肯定と捉えた神ヶ野まふだは、自分のデッキを取り出す。

 それはデュエルを承諾したと言う意思表示だった。


「ありがと……ごめんね」


 そう呟く折紙束の声が、神ヶ野まふだの耳に届いたかは分からない。

 しかし、無情にも伝説のドラゴンのカードを賭けたデュエルは、始まってしまった。


「――『恵み』! そして『知識の雫』!」


 折紙束の使うデッキは、昨日神ヶ野まふだと一緒に調整した緑と青混色のランプデッキだ。

 MPを加速し、そしてそのMPを活かしてドローして行く。

 

 以前の折紙束のデッキとは違い、爆速でMPを増やす事は無い。

 しかしその手札が切れる事もなく、安定感を増した折紙束のデッキは、着実にターンを重ねて行く。

 

 そして、次のターンには10MPに到達し、切り札を召喚出来るという盤面。

 しかし、先に動いたのは神ヶ野まふだの方だった。


「僕は白と黒を含む7MPを消費して、『廻転龍イグニス』を召喚! キミの単色のカードは全て、消費MPが2増加する」


「これが、伝説のドラゴン――!!」


 伝説のドラゴンのカード『廻転龍イグニス』が召喚され、折紙束の作戦は崩壊する。

 折紙束は次のターンには切り札を召喚し、そのままゲームに勝利出来るはずだった。

 しかし、この神ヶ野まふだの一手によって、それが2ターンも先に伸びてしまい、そしてその2ターンと言う猶予は、神ヶ野まふだがゲームに勝利するには充分過ぎるターン数だ。


 そして、その2ターン後。


「――トドメだ。『廻転龍イグニス』でダイレクトアタック」


 呆気なく、勝負は幕引きを迎えた。

 膝から崩れ落ちる折紙束。


「……やっぱり、まふだちゃんは強いなあ」


 涙を流しながらそう呟く折紙束の姿は、『廻転龍イグニス』のカードを狙って、悪意を持って神ヶ野まふだへと近づいて来た様な人物にはとても見えない。

 そんなふうに思って、かける言葉を探していると、廃ビルの奥から黒服の男が数人現れた。


「ちっ……何だよ、負けやがって。使えねーな」


 そう悪態をつく男は折紙束へと近付くと、背後から首元へと腕を回し、逃げられない様に捕まえる。


「おい! 何をしている!」


「何って、人質だよ」


 神ヶ野まふだが声を荒げるが、黒服の男はそれがさも当然と言った風に、そう吐き捨てる。


「彼女が僕にデュエルを挑んできたのも、お前たちの差金だったのか」

 

「ご名答。この女の親は俺たちに借金が有ってよ、でも返す目処が全然つかねーんだわ。そしたら昨日世界最強さんと遊んでる所を見ちまってよ、これは使えると思った訳だ」


「お前たちも伝説のドラゴンのカード『廻転龍イグニス』が狙い、という事か」

 

「その通り。だからこの女に奪わせようとしたんだが、まあ世界最強さんに勝てる訳が無えわな。だから、こいつには人質になってもらう」


 それは今までにも何度か有った事だ。

 そのレアカードが有れば世界最強になれるのではないか、と伝説のドラゴンのカードを狙ってデュエルを挑んでくる輩は五万と居た。

 勿論、その全ては神ヶ野まふだの前で無様に膝を付く最後を迎えてきたのだが。

 

「……ごめんね、まふだちゃん。本当に、ごめんね……」


 男に捕まったままの折紙束は、その紫紺色の瞳から雫を落とす。


「――『廻転龍イグニス』を渡せば、彼女を解放してくれるのか?」


 神ヶ野まふだは唇を噛み締める。

 自分の分身とも呼べるドラゴンのカード、それを手放す事に躊躇いが無い訳では無いが、友達の為と思えば、それでも良いと考えていた。

 しかし、黒服の男はそう簡単に折紙束を解放してはくれなかった。


「普通にカードを奪っても面白くねえ。折角いい女が二人も居るんだから、甚振ってやらねえと勿体ねえよなあ」

 

 そう言って、気味の悪い笑みを溢しながら、人質の折紙束を別の黒服へと乱暴に投げる。


「――きゃっ」


「――たばねっ!」


 咄嗟に、折紙束の名を呼ぶ。

 

「俺とも『廻転龍イグニス』のカードを賭けてデュエルだ! だが、条件が有る。“お前はモンスターでのアタックは禁止”だ! 勿論断ったらこの女がどうなるか……分かってるよな?」


 男はにやり、と気味の悪い笑みを更に歪める。


「そんな! アタック禁止だなんて、『DD』はモンスターでライフを攻撃しなきゃ勝てないのよ!? そんなの、一方的なリンチじゃないの!」


「くくく。だから甚振ってやるって言ったじゃねえか! 最強さんをお得意のデュエルでボコして、そのプライドをズタズタにしてやるよ! 別に断ってくれても良いんだぜ? レアカードかこの女か、どちらを差し出すか、お前に選ばせてやるよ」


「――いいよ、そのデュエル受けて立とう」


 悪趣味な事を考える物だ、と神ヶ野まふだは溜息を吐く。

 普通に考えれば、相手のライフを全て削り切る事が勝利条件の『DD』でそんな“縛りルール”を設けるなど、話にならない。

 しかし、神ヶ野まふだは飽いていた。このゲームに飽いていた。

 だからこそ、その縛りを呑んでしまう。


「ダメだよ、まふだちゃん! まふだちゃんは最強なんだから、負けちゃダメなんだから!」


 瞳から雫を溢れさせながら、そう訴える折紙束。

 

「そうさ、僕は最強のデュエリストだ。――だから、今日の勉強会は“見て学ぶ”だよ。――そこで見ていてくれよ、たばね。最強のデュエルってやつを」


 しかし、神ヶ野まふだは、不敵に笑う。

 

 ――より熱く、燃える、血の滾る様な、スリル溢れる、ギリギリのデュエルを、求めてしまう。


「まふだちゃん……」


「けっ、散々格好つけておいて、負けた後が余計無様になるだけだぜ?」


 そう言って、男はデュエルフィールドに置かれたままの折紙束のデッキを乱雑に手に取った。

 男の使うデッキは、折紙束のデッキ。先程と同じ青緑ランプだ。


「――それじゃあ、デュエルを始めようか」


 そして、不可能に近い“縛りルール”を課された世界最強の女子高生、神ヶ野まふだのデュエルが始まった。


「先行はくれてやるよ、どうせどっちでも関係ねーんだ」


「そうかい、ではありがたく」


 ――そして、デュエルは進行して行く。

 

 神ヶ野まふだのデッキは白と黒の二色をベースとして、多色で構成されたコントロール寄りのデッキだ。

 序盤は相手の手札を1枚捨てさせる黒の呪文カード『解体』を使い、手札破壊の戦略を取り、白の壁モンスター『守護の天使』を並べて、防御の体勢を取る。

 しかし、男のデッキは神ヶ野まふだが調整した、折紙束のデッキだ。


「――『恵み』! 『知識の雫』!」


 男は『恵み』でMPを加速し、『知識の雫』で手札を補充する。

 呪文『解体』で捨てさせた分の手札が、すぐに補充されてしまう。


「もう一体の『守護の天使』を召喚! アタックは出来ないからね、耐えさせてもらうよ」


 モンスターでのアタックが出来ない縛りルールの所為で、神ヶ野まふだは防戦一方だ。

 切り札である伝説のドラゴン『廻転龍イグニス』すらも、例え召喚した所で攻撃出来ないのであれば意味がない。


「無駄な足掻きだな! ――おっと、あの女こんなレアカードまで持ってやがったのか。『英知の雨』! くくく、MPも手札も潤沢だ。良いデッキじゃねえか!」


 それは昨日、一緒に開封したパックから当てたレアカードだ。

 そんな思い出の一枚も、男の手によって利用され、蹂躙されて行く。


「そうだろう。なんせ僕が調整を手伝ったからね。――でも、沢山ドローした所悪いね。『歌姫の輪唱』の呪文で次の僕のターンまで使う呪文の効果を倍にするよ。そして『強制分解』の呪文で手札を2枚の倍、4枚捨ててもらう。これでドローした分はチャラだ」


 しかし、世界最強の女子高生の牙城はそう簡単に崩れない。

 神ヶ野まふだのデッキは白と黒をベースとしたデッキだが、青のカードも数枚だけタッチされている。

 その内の一枚、青の呪文カード『歌姫の輪唱』と黒の『強制分解』のコンボだ。


「ちっ、面倒な事を――ドロー! だが、それもこのまでの様だな。10MPを消費して『ジャイアントワーム』を召喚! そのままアタックだ!」


 このデッキの切り札、超大型モンスターだ。

 折角手札を捨てさせたと言うのに、運の良い事に男はデッキトップからクリティカルな切り札を引き込んで来た。


「――『守護の天使』でブロック!」


「馬鹿め! こいつの能力は《貫通》だ! ブロックモンスターは破壊! その上、超過ダメージを受けてもらうぜ!」


 超大型モンスターの一撃によって、低級の壁モンスターは意とも容易く粉砕される。

 そして《貫通》の効果によって、『ジャイアントワーム』のパワーと『守護の天使』のパワーの差分、神ヶ野まふだのライフにダメージが与えられた。

 この攻撃によって、神ヶ野まふだのライフは残り1点となった。


「まふだちゃん!」


「これで次のターン、俺の勝ち! 『廻転龍イグニス』は俺の物だあ!」


 男は自分の勝利を確信し、高らかに笑う。


(危なかった。この男がもう少し上手ければ、僕は負けていたかもしれないね……)

 

「――でも、それはキミに次のターンが有ればの話だけどね」


 そして、神ヶ野まふだもまた自分の勝利を確信し、不敵に笑う。

 

「あん?」


「前のターンの『歌姫の輪唱』の呪文効果はこのターンまで継続しているよ」


 それは神ヶ野まふだの勝利宣言だった。


「だから何だって言うんだ? お前はアタック出来ねえんだぜ!?」


「――僕は『大災厄』の呪文を発動! 『歌姫の輪唱』の効果で、通常の倍の16枚のカードを、キミの山札から墓地に送る!」


「そのカードは、あの時の――!」


 そう、『大災厄』は昨日折紙束と共に開封したパックから当てた、黒の呪文カードだ。

 このカードもまた、思い出の一枚。

 本来は黒のデッキ戦略である墓地利用を促進する為のカードだが、今回神ヶ野まふだは相手の山札を対象として、その呪文を発動した。


「――どうやら、上手くハマったみたいだね。これで僕はターンエンドだ」


「だからどうした! 俺のターンが来れば、後はアタックするだけで――」


 男はまだ自分の置かれている状況を理解していないのか、依然自分の勝利を疑っていないらしい。

 しかし、気付いても、もう遅い。

 

「よく見なよ、キミの山札を」


 神ヶ野まふだが指を指す先、男の山札には、もうカードが残っていなかった。


「なん……だと……!?」


「山札が無くなったプレイヤーは、ライフの残りに関わらず、即敗北だ」


 それが“アタック禁止”という縛りをものともしない世界最強の女子高生、神ヶ野まふだの勝利が確定した瞬間だった。

 男が少し上手ければ、結果は変わっていたかもしれない。

 しかし、ああも無計画にMP加速とドローをしていては、時期にライブラリーアウトするのも当然の帰結だ。


 と言っても、そうさせる様に誘導したのもまた神ヶ野まふだのプレイングだ。

 黒の呪文カード『解体』や『強制分解』による手札破壊を率先して行い、男が青の呪文で失った手札を補充する様にプレイを誘導していた。

 最初から、全ては神ヶ野まふだの掌の上。


「くそがああああ!!!」


 男は頭を掻き毟り、敗北の屈辱に苛立ちを露わにする。


「さあ、“下手くそ”。約束通りたばねを解放しな」


「約束なんて、誰が――! お前ら!」


 男が逆上し、他の黒服へ指示を飛ばそうとした、その瞬間。

 

「警察だ!」


 廃ビルに、眩いライトの灯り。

 数人の警官が、突入してきた。


「どうして……」


 折紙束は疑問を溢す。

 しかし、これもまた神ヶ野まふだの掌の上。

 ここへ来る前に連絡をしておいた。デュエルと同じだ、予め布石を打っていただけの事。


 そして、男達は警官たちに捉えられ、連行されて行った。一件落着だ。


「――まふだちゃんっ! ごめん……ごめんね……」


 折紙束は顔をぐしゃぐしゃにしながら、神ヶ野まふだへと抱き着いた。

 

たばね……」


 多くは語らない。

 神ヶ野まふだはそっと優しく、折紙束を抱き締める。


 大切な初めての友達が無事で良かったと、神ヶ野まふだは心の底から安堵し、しかしそれと同時に、胸の奥で燃える熱い何かを感じていた。

 その熱い何かこそ、ずっと求めていた物だと、神ヶ野まふだは気づいていた。

 

 “縛りプレイ”――それはデュエルに飽いていた神ヶ野まふだの心に、また火を灯す。

 興奮出来る、気持ちよくなれる、アドレナリンが溢れ出す、そんなデュエルの可能性を、神ヶ野まふだは見つけてしまった。

 

 その日から、最強の女子高生は少し変わったと周囲から評判だ。

 氷の様に冷たかった神ヶ野まふだは、友達を得て少し柔らかくなった。

 そして時折、より熱く、デュエルを楽しむ彼女の姿を見かける様になったと言う。


(――さて、今度はどんな縛りを入れようか)


 

 一年後。

 再び火を灯した神ヶ野まふだは、数年ぶりにまたあの世界の舞台へと立つ。

 そして、その対面には、折紙束の姿が有った。


「――やっと、ここまで来たよ! まふだちゃん!」


「――ああ。僕もこの時を楽しみにしていたよ、たばね


 ――さあ、熱く滾る、そんなデュエルを楽しもうじゃないか。

 

 その日、神ヶ野まふだは最高の友人を――好敵手を前にして、久方振りにその縛りを解いたのだった。

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【短編】カードゲームにはもう飽きました。〜普通のデュエルに飽きた最強の女子高生がアタックせずに勝利する話〜 赤木さなぎ @akg57427611

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