3話 機嫌を損ねたと思ったら、すぐ笑ってら
丸一日と半日、どっぷりと日も暮れたころに小さな村に着いた。マレースという田舎の村だ。安い酒場とホテルばかりある村で、旅人がふらりと立ち寄って金を落としていく以外に目立った産業がない村である。そんな小さな村でもきっちり悪魔除けはしているらしく、ちょうど村に入るところでブランはピリッと電気が走るような感覚を味わった。
ゆっくり息を吐きながら、「もう夜だ。今夜はホテルに泊まって、久々にベッドの上で寝よう」とブランは言う。
「シオンはくるまのなかでねるの、たのしかったよ」
「おじさんはもうケツが痛いからホテルに泊まらせてくれ」
「いいよ」
「ありがとう」
モーテルの駐車場に車を停め、チェックインの手続きを済ませる。
部屋につくと、ベッドに飛び込もうとする紫苑を捕まえてブランが「こら。先に風呂に入んなさい」と注意した。
「風呂には一人で入れるか?」
「はいれる」
「体洗える?」
「あらえる。あしもあらえる」
「……他に洗えるところは?」
「てと、おなか!」
「オーケイ」
頭を掻きながら、「あっ」とブランが声を出す。紫苑をじろじろ見ながら、「そういえばちびちゃんの替えの服なんか考えてなかったな。失敗した」と肩をすくめた。
フロントまで行って「子供の下着とか服ってない? 買い取るからさ」と言ったが、出てきたのは客が置いていったらしい女性用のネグリジェとギリギリ子供用の上着だった。なんとかこれでしのぐしかないようだ。
「洗濯できるとこある?」
「歩いて十分のところにランドリーが」
「ありがとう」
部屋に戻り、「さて」とブランは腰に手を当てる。つい先ほどまで元気そうだった紫苑はすでに舟をこいでいる。とりあえず浴槽に湯を張り、紫苑を抱き上げて浴室まで連れて行った。
「起きてくれよ、ちびちゃん。自分で服は脱げるか?」
「うん……」
「ダメだな」
ため息をついたブランが「貸してみろ」とブラウスを脱がせ、シャワーを浴びせる。びっくりして目が覚めたようで、「わあっ」と紫苑は目を閉じた。
「熱くないか?」
「うん……」
「頭を洗ってやるから、体は洗えるね?」
「うん」
ズボンをまくったブランが膝をついて、紫苑の頭に石鹸を垂らす。わしわしと泡を立てて洗い始めた。
「綺麗な髪だな」
「パパとおんなじかみなの」
「そうか。フローストのじいじはパパのパパってとこかな?」
「わかんない。じいじはじいじだよ」
「ま、そうだよなぁ」
泡だらけの紫苑をシャワーで流してやって、浴槽に入るところを見守る。
「ブランは入らないの?」
「僕は君が溺れないように見てるんだよ」
「おぼれないよ」
「いいや。子供は信じられない早さで溺れる」
「おぼれないよ!」
肩までお湯につかって、紫苑はふてくされた顔をする。その様子を見て、ブランはふっと笑った。「そう拗ねるものじゃないよ、ちびちゃん。お姫様がお風呂に入る時だって、召使いの一人くらい見守っているものさ」と言う。紫苑は思わずそれを指さした。
「わらった!」
「ん? いや、別に君をバカにして笑ったわけじゃないよ」
「わらわないのかとおもった」
「なんでだよ」
浴槽のへりを掴みながら、紫苑はにこにこ笑う。
「なんだ。機嫌を損ねたと思ったら、すぐ笑ってら」とブランは頬杖をつく。変な子だ、と目を細めた。
ブランがシャワーを浴びて出てくると、紫苑はベッドの上で寝息を立てていた。いつのまにか日付が変わっている。よくよく考えればこの小さな子供にとっては、こんな時間まで起きているだけでストレスだろう。
濡れた髪をタオルで拭きながら、ベッドの横の椅子に腰かける。ギイ、と椅子がきしむ音がして、紫苑が小さく寝言を言った。
頬杖をつき、紫苑の寝顔を見つめる。
(外が明るくなったらこの子の服を洗いに行って、その間に新しい服を買ってやるか。簡易食ばかりでまともなものも食べさせてないし、何か美味いものがあるといいが)
頭を掻きながら立ち上がり、窓を開けて煙草に火をつけた。もう一度地図を広げる。小さな声で「フロースト……」と呟いた。
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