シオンと100日後の花冠

hibana

1話 賢いヤギの子みたいだね

 パパとママが、『ここに隠れていなさい』と言ったのは柱時計だった。そのせいで、振り子の揺れる音が、針の動く音が、自分の心臓の音みたいに大きく聴こえて嫌だった。

 耳をふさぐ。周りの音も聴こえないように。そうしているうち、すっかり静かになったことにすら気づかないまま。ただずっと息をひそめていた。


 毎年紫苑しおんの誕生日にケーキを作ってもらっていた店があった。

 一年も前から、つまりその年の誕生日が終わった時には次の誕生日のケーキを予約していた店だった。両親は常に紫苑の一年後の幸福を約束していた。しかしそんな些細な幸福すら、その日少女の知らないうちにひっそりと潰えてしまっていた。今年の紫苑の誕生日に両親がケーキを取りに行くことはなく、そもそも店ごとなくなってしまったのだから。


 こち、こち、と時計の音が聴こえる。一層耳をふさぐ手に力を込めたその時だった。

 柱時計の扉が開く。紫苑は目を開いて、すぐに眩しさから両手を前にかざした。

 そこには男が立っていた。銀色の斧を持ち、頬に飛び散った血を手の甲で拭いている。男は長い前髪の向こうで目を細め、「生き残りがいたのか」と呟いた。それから少し屈んで、紫苑の顔を覗く。


「やあ、おちびちゃん。時計の中に隠れているなんて、賢いヤギの子みたいだね」


 男は上着を脱いで、紫苑に被せた。何も見えない状態のまま、男に抱きあげられる。「こわがらなくていい。僕は悪魔祓いで、君を助けに来たんだ」と男はそう言った。


「パパとママは?」

「運が良ければ逃げているだろう」

「さがさないと」

「ああ……もちろん。パパとママを探しに行くのなら、まず安全なところに行かないとね」


 男が歩くたび、ぐちゃ、ぐちゃ、と音がする。こわくてこわくて、その人の首をぎゅっと抱きしめた。その人は何も言わず、ただ歩き続けた。

 震えながら眠りに落ちる。おそらく、ほとんど気絶に近かっただろう。

 次に目が覚めた時、そこは比較的綺麗なまま残された図書館の中だった。






 ブラン・スーラリュンヌは悪魔祓いである。

 要請を受けてここ、リュフトノースという小さな村にたどり着いたのが昨日。正直すでに壊滅状態だったが、満足げに村人の死体を貪り食っていた悪魔はきっちり壊したころした

 それにしても気が滅入る仕事だ。あともう一日早く着いていれば被害もこれほどではなかっただろうが。


「――――もしもし」

『もしもし……ブランさん?』

「ああ。こちらブラン。業務完了の報告をさせていただく」

『お疲れ様です。どうですか、リュフトノースは』

「最悪だ。着いた時にはもうほとんど」

『生き残りは?』

「一人いる。女の子だ。5歳か6歳ってとこだな」

『子供一人ですか? 親は?』

「それらしいのはいたが、ダメだった」

『そうですか……』

「どうする? 本部で保護するならそれまでは付き合ってやってもいいけど」

『えーっと、すみません。ちょっと待っててくださいね』


 電話口から保留音が流れ始める。

 ブランは手持ち無沙汰に頭を掻きながら、視線を移した。少女はくまのぬいぐるみを抱きながらまだすやすや眠っている。怪我もなく元気そうだ。

 この状況で無事なだけのことを“元気そう”と表現していいものかわからないが。


『ぁ、もしもし』

「うん」

『上に確認したんですけど、ちょっとウチで保護する余裕はないそうです』

「じゃあどうすんだ」

『えーっと……あの、ブランさんの判断に任せるそうです』

「は? ふざけんじゃないぞ。そんなの俺の仕事じゃないだろ」

『そうなんですけど、ウチも人手が』

「二言目には人手が足りない人手が足りないって、俺から言わせれば給料を倍にして福利厚生をまともにすれば一時期くらいの志願者が来ると思うけどな」

『はぁ……』

「君と話してても埒が明かない。上司に代わってくれ」

『たった今出張に出ました』

「この野郎」


 電話口の若者が、なだめるような口調で『でもブランさん。ブランさんが今その子のこと見捨てたら一人じゃきっと野垂れ死んじゃいますよ。とりあえず人がいる街まで行って、警察にでも保護してもらったらいいじゃないですか』と簡単そうに言う。思わずブランも「お前ねぇ……」と言いかけてすぐため息をついた。

「君、これが俺の最後の仕事だって知ってる?」

『はい。残念です』

「俺はせいせいしてる。電話番号を着拒するから二度と泣きついて来るなよ。じゃあな」

『はい、良い余生を』

 電話を切り、ブランは舌打ちしながら「舐めてんな」と宙を睨む。それから少女を見て、また深いため息をついた。


 やがて少女はうす紫の綺麗な瞳を開けて、「ぱぱ……?」と呟く。

 ブランは肩をすくめ、「おいで、ちびちゃん。もうしばらく一緒にいよう」と抱き上げた。

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