010 就寝

 夜――。

 俺たちは就寝の準備をしていた。


 することはいくつかある。

 まずは二つある家の傍にそれぞれ焚き火を設置だ。


「薪は炎の中心として放射線状になるよう組むんだ。そうすることによって低火力で長時間燃えてくれる」


 薪の組み方によって燃焼効率が大きく変わる。

 状況に応じて火力を調整するのもサバイバルの基本だ。

 俺がドヤ顔で解説すると、女性陣は「へぇ!」と感心していた。


 次に下着の洗濯だ。

 これは女性陣が提案してきたもの。

 俺も承諾し、川で適当に洗った。


「ここの川は流れが速いから気をつけろよ-」


 洗い終わった下着は表面を削った枝に吊しておく。

 その枝を乗せるための台は、家を造る際に余った木材で作った。


 作り方は簡単だ。

 三つの木材を高い位置で交差させて、交差点を樹皮の紐で固定。

 これを二組用意したら完成だ。


「どうよ海斗、私らの下着と肩を並べられて嬉しいだろー?」


 千夏が意味不明なことを言い出した。

 悪ノリしたら滑ると思ったので、「夜空が美しいな」と無視。


 あとは体を綺麗にするだけだ。

 濡らしたタオルで全身をくまなく拭いていく。


 これだけで全く違う。

 体のベトつきが大幅に軽減され、衛生面が改善される。

 衛生環境に気を配るのはサバイバル生活において重要だ。


「おーい、海斗もこっちに来いよー! 一緒に拭き合おうぜー!」


「やめなよ千夏、恥ずかしいじゃん。海斗君だって困るよ」


「いやいや、奴も他の男子と同じく変態だかんね? 私らの裸を見たら絶対に興奮するよ!」


 千夏と明日花の声が聞こえる。

 しかし、家が邪魔で姿は見えない。


「およよ? よく見たら明日花、また胸が大きくなってない?」


「えー、そうかなぁ? ブラのサイズは変わらないけど」


「絶対に大きくなってるって! ほらー!」


「やん、ちょ、やめてよ千夏、触らないでぇ!」


「いいじゃないかいいじゃないか、減るものじゃないし!」


 千夏と明日花の戯れる声が響く。

 俺は静かに「デュフフフフ」とニヤけていた。

 千夏の言う通り変態である。


 ◇


 就寝の時がやってきた。

 俺は女性陣の誰かと一緒に過ごすことになる。


 その誰かとは麻里奈だった。


「お邪魔しまーす」


「運がなかったな、どんまい」と、彼女を迎え入れる。


「なんで運がなかったの?」


 麻里奈は俺の隣に腰を下ろした。

 俺たちは拳一つ分ほどの距離を空けて座っている。

 外に向かって足を伸ばし、夜空に浮かぶ三日月を眺めた。

 川面かわもが月光を反射していて幻想的だ。


「だってこっちの家で過ごすことになったじゃん」


「もしかしてクジか何かで外れたからここにきたと思ってる?」


「違うのか?」


 麻里奈「違うよー」と頷いた。


「私が志願してこっちに来たの!」


「マジか」


 めちゃくちゃ嬉しかった。

 同時に、「それって……恋?」などと馬鹿げたことを思う。

 流石は童貞だな、と我ながら呆れてしまった。


「私だけ三年になるまで海斗と同じクラスになったことなかったからね。互いのことをもっと知り合えたらと思ってさ」


「言われてみればそうだな」


 千夏とは一年、明日花とは二年の時に同じクラスだった。

 吉乃にいたっては一年からずっと一緒だ。

 ちなみに、ワンパンKOの暴君こと兵藤も一年から同じクラスである。


「そんなわけで、まずは確認から!」


「確認?」


「相手についてどれだけ知っているか! 知っている情報を互いに言い合った後、知らない情報を教え合うの! そうすればより深く知れるでしょ?」


「なるほど、それは効率的だな」


「じゃあまずは私から!」


「楽しみだ」


 麻里奈はしばらく考え込んだ。

 そして――。


「海斗のフルネームは冴島海斗! 成績はたぶんそこまで良くない! 少なくとも私よりは悪い!」


「そうだな」


「あとサバイバルが大好きで、休み時間になると火熾しや木登りの練習をしていた!」


「それも合っている」


「他には……あ、そうだ! 千夏に人間観察が趣味って言っていた!」


「実際は趣味と呼べるほどじゃないけどね」


「以上!」


 俺は「ふっ」と笑った。


「それだけ知っていれば十分だな」


「いやいや、知らないことだらけじゃん!」


「例えば?」


「小中学校ではどんな様子だったとか、何か習い事をしていたかとか、休みの日は何をしているのかとか、友達や恋人のこととか、とにかく色々!」


「そう言われるとそうだなぁ」


「でしょー? ま、それらについて話すのは後にして、次は私について知っていることを海斗が言う番ね!」


「分かった」


 素早く思考を巡らせた。


(月があるってことは、やっぱりここは地球なのかなぁ)


 おっと、いかんいかん。

 ついつい関係ないことを考えてしまった。


「では言うぞ」


「どんとこい!」


 麻里奈は胸を叩いた。


「名前は芹沢麻里奈。身長159cm体重よんじゅ――」


「待った! 待って!」


「ん?」


「なんで体重を知っているの!?」


「知っているわけじゃないよ。推測だ。人間観察が趣味なので」


「やめて! 女子の体重に触れるのは御法度! 絶対にダメだから!」


「これは失敬」


 気を取り直して再開だ。


「推定体重は省略するとして、ブラのサイズは――」


「それもダメ! なんでそんな生々しいことばっかり!?」


「NG指定の多い女だな……!」


「いや、おかしいのは海斗だからね!?」


 俺は「やれやれ」とため息をついた。


「ブラのサイズですらNGなら推定スリーサイズもNGか?」


「もちろん!」


「他に知っていることといえば……そうだ、いつも学校が終わったら猛ダッシュで帰っている」


「あー」と納得する麻里奈。


「それは――」


「父親がオーナーを務めるコンビニで働いているんだろ?」


「知っていたの!?」


「話しているのを聞いたことがある」


「なるほど! 他は? 他!」


「他の三人と同様、学校の内外にファンクラブがある」


「たしかにあるけど……私自身のこととはちょっと違うような?」


「月に1回は兵藤に告白されているが、全く相手にしていない」


「それもそうなんだけどぉ……うーん」


 複雑な顔で頭を掻く麻里奈。


「俺からは以上だ」


「やっぱり互いのことを全然知らないねー私たち」


「そのようだ」


「じゃあ今から教え合いね!」


 麻里奈はブレザーを脱いで横になった。


「ほら海斗も横になって! 寝転んで話したほうが親密ぽいじゃん!」


「ふむ」


 言っている意味がよく分からないが従っておく。

 どのみち寝る時には横になるからちょうどいい。

 麻里奈に倣って俺もブレザーを脱いでおいた。

 布団がないため、互いにブレザーを掛け布団の代わりにする。


(うお……!)


 横になり、向かい合ったことで気づく。

 思っていたよりも距離が近い。

 その上、視線を逸らすことができない。

 目を開けている間は否応なく相手の顔を見てしまう。


(可愛すぎるだろ……!)


 しばらく無言で見つめ合う。

 何か言ったほうがいいと思うが、適切なセリフが浮かばなかった。

 すると、麻里奈が「プッ」と吹き出した。


「海斗、緊張しすぎだよ」


「え、分かる?」


「分かるよー! 顔、めっちゃ強張ってるもん!」


「いやぁ、情けない」


 あはは、と笑ってから麻里奈は言った。


「互いのことを教え合う前に一ついい?」


「ん?」


「もっと緊張しちゃうかもしれないけど」


 そう前置きすると、麻里奈は俺の首に腕を回した。

 そして、チュッ、と額にキス。


「急に何故!?」


「お礼というかお詫びというか……そんなの!」


「お礼? お詫び? 何のことだ?」


「私がびーびー泣いていた時に庇ってくれたこと!」


「庇ったっけ?」


「私みたいな反応が普通だよって言ってくれたじゃん」


「あぁ」


 たしかに言った。

 庇うつもりはなかったが。


「あれがすごく嬉しかったの。だから今のはそのお礼。あと迷惑を掛けたお詫びってことで!」


「気にしなくていいのに」


「そういうわけにはいかないよ!」


 俺は「そうか」と笑った。


「ところで、俺からも一つ質問していいか?」


「どうしたの?」


「えらく慣れた様子でキスしてきたけど、普段からよくするの?」


 次の瞬間、麻里奈の顔が真っ赤に染まった。


「そ、そんなわけないじゃない! ぶっちゃけキスはやり過ぎたかもって思っていたところだし! 人をそんなビッチみたいに言わないでもらえる!?」


「別にビッチとは思っていないよ。ていうか怒らせるつもりはなかったんだが……すまん」


「いや、怒ってはいないよ。恥ずかしいだけで!」


「お二人さーん! 静かにイチャついてくんねー? 丸聞こえだぞー!?」


 隣の家から千夏の声がする。

 顔を見なくてもニヤニヤしていると分かった。


「麻里奈って大胆なところあるんだねー! 海斗君にキスしちゃうなんて!」


 明日花の声もニヤニヤしている。


「ち、違うし! キスって言っても唇じゃないから! 額にチュってしただけだし!」


「二人きりで寝ている時にかー? かぁー! 大胆な女だなぁ! まさかそういう目的で海斗のほうに行きたがっていたとはなぁ! 隅に置けないねぇ!」


 千夏が「ギャハハハハ!」と豪快に笑う。


「もう……! そんなんじゃないってば!」


 麻里奈は頬を膨らまし、俺に背を向けた。


(会話も途絶えたし、そろそろ寝るか)


 麻里奈に背を向けて目を瞑る。

 数分前に抱いていた緊張は欠片も残っていない。

 千夏の馬鹿笑いが打ち消したから。


「おやすみ、麻里奈」


「……うん、おやすみ」


 麻里奈が背中をくっつけてくる。

 彼女が何も言わないので俺も黙っておく。

 互いの体温を感じながら、俺たちは眠りに就いた。

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