002 出会い

 サバイバル活動において、未知の森に入るのは愚策である。

 猛獣や毒性のある植物もそうだが、なにより蚊がおっかない。

 蚊を媒介とする感染症は多く、デング熱やマラリアはその典型だ。


 それでも、俺は円形の大草原を抜けて森に入った。

 草原には野生動物が生息しているだけで他に何もないからだ。

 しかも体感気温が30度を超えている。10月なのに。

 日陰で休んでいても、明日を迎える前に干からびてしまいそうだ。

 だから、リスクを承知で動くことにした。


「本当に夢じゃないのか……?」


 森に入ってすぐ、俺は再度の確認を行った。

 適当な樹木にヘッドバッドを決めて目覚めようとする。

 しかし額に痛みが走るだけで何も変わらない。


 俺がそのような奇行に走ったのにはワケがある。

 植生がデタラメだからだ。


 寒帯林と熱帯林が共生している。

 これは北海道の隣に沖縄があるようなもの。

 植物の常識では考えられなかった。


「地球の植物が生えていて、地球の動物も生息しているが……」


 果たしてここは本当に地球なのだろうか。

 そんなことを考えながら彷徨っていると野ウサギを発見した。

 木の根に顔を突っ込んで何やら食べている。

 俺が気配を殺して歩いていたため気づいていない。


(今は大丈夫だがいずれ空腹になる。その前に確保しておくか)


 俺は目の前の野ウサギを狩ることにした。

 ――が、その前に周辺の地面を確認。

 足跡を見て危ない獣がいないか探るためだ。


(問題なさそうだな。よし、やるか)


 野ウサギを捕まえるには罠が最適だが、今はそうする余裕がない。

 そこで、背後から忍び寄って掴むことにした。


 指先を舐めて風向きを調べる。

 幸いにもこちらが風下だ。

 体臭で気づかれることはない。


(そーっと、そーっと)


 小枝を踏まないよう意識して距離を詰める。

 そして――。


「しゃー! 捕まえた!」


 思ったよりあっさりゲットできた。

 サバイバル訓練の一環でマタギに鍛えてもらった成果だ。

 なお、マタギからは「野ウサギを素手で触らないように」と教わっていた。

 咬まれたら感染症を引き起こしかねないからだ。


「すまんな」


 暴れる野ウサギの頭部を強めに殴って気絶させた。

 早めに殺すと鮮度が下がるため、食う直前までは生かしておく。


 ということで、野ウサギを縛ることにした。

 学生鞄から紐を取り出し、野ウサギの四肢を木の枝に括り付ける。

 これで目が覚めても逃げられない。


「できたぞ」


 俺は野ウサギを担いで立ち上がった。


「まずは水分補給だな」


 素人なら「水場がないと死ぬ!」と焦る場面だろう。

 しかし、幼少期から訓練を積んでいる俺であればそんな心配はない。

 獣の足跡を見れば、どこに水場があるかは一目瞭然だ。


「こっちだな」


 定期的に足跡を確認しながら歩く。

 空の様子が怪しくなってきたので、念のため木に目印を付けておいた。

 雨に見舞われて足跡が消えたら迷子になるからね。


 ほどなくして水の流れる音が聞こえてきた。

 水場になっているのは、結構な速さで流れる川のようだ。

 到着したら直ちに喉を潤すとしよう。


「あれだな」


 数分後、何ら迷うことなく川に着いた。

 ――が、そこには先客がいた。


「そっちのスマホは繋がった?」


「ダメー」


「私も」


「ほんと何がどうなってんだこれーっ!」


 スマホだなんだと喚いているのは、同じ学校の女子四人組。

 揃いも揃って芸能人レベルの可愛さを誇り、さらには胸も大きい。

 俺と同じ三年一組に所属しているスクールカースト最上位のグループだ。


「うお!? 冴島だ!」


 真っ先に気づいたのは古川千夏ふるかわちなつだ。

 右だけ結んだ赤のワンサイドアップと唯一の私服姿が特徴的だ。

 ウチは私服も認められているが、大体の生徒が制服で通っている。


「そういう貴様は古川千夏!」


「なんでフルネームで呼ぶし! しかも貴様ってなんだよ!」


 千夏は腹を抱えて笑った。

 白のパーカーの上にブラウンのジャケットを羽織っていて暑そうだ。

 それよりも、俺の視線はその下……ミニスカートと黒タイツに目が行った。


「その人を舐めるように見る癖、相変わらずキモいな!」


「人間観察は趣味の一つでな!」


 千夏とはいつもこのように話す。

 決して仲がいいわけではなく、彼女は誰とでもこんな調子なのだ。


「冴島君も気がついたらこの森にいたの?」


 問いかけてきたのは下村明日花しもむらあすか

 背の低さと青いボブカットが特徴的な女子だ。

 控え目な性格をしているが、好奇心旺盛なのか稀に話しかけてくる。

 俗に「陰キャ」と呼ばれるタイプならそれだけで惚れているはずだ。


「俺は森じゃなくて草原で目が覚めたよ」


「草原!?」


「あそこに大きな木が見えるだろ? あの周辺は草原になっているんだ」


 セコイアの木を指す。


「あの木ってセコイアかな」


 そう呟いたのは樋口吉乃ひぐちよしの

 四人の中だと口数の少ないタイプだ。

 髪型は黒のミディアムで、学校での成績は非常に優秀。

 いわゆる才色兼備というやつだ。


「そう、あの木はセコイアだ。よく知っているな」


「有名な木だからね」


「私は知らなかったよ! 二人とも詳しいねー!」


 最後にセミロングの茶髪女こと芹沢麻里奈せりざわまりな

 美少女四人組のリーダーであり、俺と話したことは一度もない。

 父親がオーナーを務めるコンビニで働いており、学校が終わると猛ダッシュで帰っている。

 男子に使用済み下着を売って荒稼ぎしている千夏と違って真面目な女だ。


「そういや冴島って放火や木登りの練習をしてよく怒られているよね? この環境なら活躍できるんじゃない?」


 千夏がとんでもないことを言い出した。


「放火じゃなくて火熾しだ」


「要するに放火じゃん!」


「違う」


「あーはいはい、じゃあ違うってことで! それよか助けてよ! 頭が痛いと思っている内に気を失ってさー、目が覚めたら四人で仲良く洞窟にいたわけじゃん?」


「洞窟? 近くに洞窟があるのか?」


「あるよー」


 千夏は「あっち」と指した。


「それよかピンチなんだって! 冴島の不気味なパワーでどうにかして!」


「ふむ」


 俺は四人の顔を見た。

 必死に平静を保っているが、不安の色は隠しきれていない。

 このまま見捨てたら遅かれ早かれ集団パニックに陥るだろう。


「では不気味な冴島パワーでなんとかしよう」


「本当に!?」


「ただし、俺の指示には従ってもらう。それでもいいかな?」


「「「「うん!」」」」


 四人は嬉しそうに頷いた。


「ではまず川の水を調査しよう」


「調査ァ!?」


 さっそく素っ頓狂な声を出す千夏。


「何か?」


「いえ! 何も!」


 千夏が凄まじい勢いで首を振っている。


「やっぱり冴島君って変わっているよね」


「本当に頼って大丈夫なのかな……?」


 明日花と麻里奈がひそひそと話している。

 聞こえていたが反応しないでおいた。


「川幅があって流れも速いからそのままでも飲めそうだが――」


 俺はカバンの中からマグカップ型の機械を取り出した。


「――コイツで水質を調べよう」


「ただのマグカップじゃないの?」と吉乃。


「これは検査キットだ。汲んだ水が飲めるかどうかを調べてくれる。海外の軍隊でも採用されている高級品だ」


「「「「すごっ!」」」」


 ということで試してみた。

 川の水を汲み、取っ手のボタンを押して20秒ほど待機。

 すると、俺のスマホがブルルッと震えた。

 Bluetooth経由で測定結果が送られてきたのだ。


「この通り異常なしだ」


 川の水はあらゆる面で安全だった。

 市販のミネラルウォーターと同じ感覚で味わえる。


「じゃあ遠慮なくいただきまーす!」


 千夏は俺からマグカップを奪って中の水を飲み干した。

 さらに「おかわり!」と追加の水を汲んでいる。


「私もそれで飲みたい!」


 明日花が挙手すると、麻里奈が「私も!」と続く。

 吉乃だけ落ち着いていて、水を飲む前に質問してきた。


「もし検査結果がアウトだったらどうしていたの? ヤバかった?」


「いや、別に。その時は煮沸するだけさ。そうすれば飲めるようになる」


「おー」


「不気味な冴島パワーでなんとかすると約束した以上、何があってもなんとかしてやるよ」


 吉乃は「ふふ」と小さく笑った。


「冴島って、こうやって話すと普通にいい人だね」


「人は見かけによらないのさ」


 嬉しさのあまりニヤけてしまう。

 それを隠すべく俺も川の水を飲もうとした。


「キャアアアアアアアアアアアアアア!」


 そんな時、悲鳴が聞こえてきた。

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