第37話 女神の盾-Ⅴ-

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 サムサンバルの矢をものともせずに前進する敵に対して、日本側はなんとか戦車の火力をもって対処しようとあがいていた。

「一号車、硬芯徹甲弾、撃て」

 無線越しに命令が飛び、戦車砲がその声を上げる。風を切る砲弾が進む先には、気色の悪い巨大な甲殻類。

 砲弾は化け物の頭に命中するも、その曲線的で硬い外骨格に弾かれる。

「目標頭部に命中。貫通せず。目標に目立つ外傷なし」

「二号車、徹甲榴弾、撃て!」

 それならばと、徹甲榴弾――中に爆薬が詰められ、装甲を貫通した後に爆発する砲弾が撃ち込まれるが、上手く殻に突き刺さらず、ただ敵の近くで爆発するだけに終わる。

 化け物の反応は、少し目を閉じただけ。

「も、目標頭部に命中貫通せず!」

「三号車! 粘着榴弾、撃てぇ!」

 続くのは、先程と違い目標に当たった時点で爆発する、潰れやすい弾頭を持った砲弾。

 化け物の頭に密着して爆発したそれは、外殻の内側に強烈なエネルギーを送り込む。

 本来、これは厚い装甲を持った戦車に対して、その内部にダメージを与えるための物。

 衝撃波が伝わり、裏側の表面が剥がれ、飛散して、つぶてとなるのだ。

「目標頭部に命中……目標移動停止!」

 今回の標的は、曲がりなりにも生物。

 硬い外骨格の内側には、筋肉と内臓、そして脳がある。刃物を通さず、砲弾を弾く強固な殻も、衝撃波を吸収する構造ではない。

 筋繊維、消化管やその他の内臓、脳の組織――

 そこに加わる衝撃は、どうしようもない。

「連隊全車、粘着榴弾装填、中隊単位で同一目標に射撃せよ」

 十数両の戦車からなる中隊。

 その単位で、一つの目標に向かって一斉に発砲し、脳震盪のうしんとうでも内臓破裂でも、とにかく衝撃によって、確実に殺す。

 その単純で明確な意図に誤解の余地はなく、命令は速やかに実行される。

 何十両もの戦車による、一斉射撃。

 化け物の内数匹は足を止め、何匹かは明らかに命を落とした。

 数秒の後に敵の矢が戦車連隊に降り注ぐが、どれも装甲に刺さって終わった。

 いかに鋼鉄より優れた素材を使い、人間より強い腕力を持つ引き手に放たれたとはいっても、鋼鉄とセラミックを何層も重ねた装甲は、そう破れるものではない。

 鎧や盾と戦車では、想定している物理的なエネルギー量が違う。 

 ブルム人や竜王軍はこの世の者より遥かに冶金やきんに優れるが、その技術体系には爆発に関するものが無かった。敵の防具の進化に対して、より優れた金属の開発と魔法の発展で対処してきたのだ。

 爆発の力で金属の塊を高速で撃ち出し、質量や衝撃波で装甲を破壊する。

 そんなものは、発想の外側だ。

 無数の矢が突き刺さった戦車の群れは、再び轟音とともに煙を吐く。次々と爆ぜる砲弾は敵の足を止め、命を奪う。

 その様子は、地上戦の勝利を予感させるには十分なもの。

「各隊は自由に射撃を……」

 そう浮ついた彼らに冷水を浴びせるように、突然戦車の一両が爆発する。呆気にとられた彼らが敵陣に目を移すと、何層にも連なる魔法陣が消えていくところだった。

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 数秒の間、何か強い光があった気がした。

 そして、気が付いたら戦車が爆発していた。

 何があったのか考える時間もなく、対岸に巨大な魔法陣、それも何層も連なった物が現れる。

 あれは――結界を壊す前、ナナルが使ったやつに似てる気がする。となると、あれは光線?

 確か彼女は何かを投げて、それが強い光を発していた。多分、あれは反射によって増幅してから収束された光線……要はレーザーであって、きっと何かの鉱物とか、それこそさっきイシュタルの剣を光らせたやつみたいな、魔力で光る物を光源にしてるんだ。

 こっちの世界のレーザー切断機だってガスを発光させる他に、ルビーやサファイアなんかの人工宝石から、イッテルビウムやらなんやら小難しい名前の金属まで、色んな物が光源に使われる。

 向こうには魔力で光る物がある以上、誰かが収束した光の恐ろしさに気付いた瞬間から、この技は存在したわけだ。

 そして、矢で戦車を壊せないと気付いた敵は、矢の貫通以外の攻撃を試してみたと。

 対岸の堤防とこちらの距離は一から二キロ。

 その距離を減衰しないで進むというのは途方もないエネルギーで、我々の想定を越えてしまっている、恐ろしい攻撃。

 今のは戦車一両で終わったけど、次はどうか。

 デパートの戦いの時、ナキアは光の玉でしばらく周囲を照らしていた。つまり、長時間の発光ができる――敵に、大出力レーザーで横薙ぎにされる可能性がある。

「ナキア! センシャとやらを守れ!」

 アダプの声が飛び、ナキアは作りかけていた魔法陣をすべて壊した。そして、敵の多層魔法陣が向いているエリアに水滴の壁を生み出す。

 だが、壁がまだ薄い内に光線が放たれ、水滴を蒸発させて戦車に照射される。

 戦車は急速に後退したが、光線はそれを追うように動き、車体の装甲が溶けていく。

 ハッチが開き乗員が逃げようとするが、間に合わず、鉄片と肉片と血が飛び散る。

 戦車の中には弾薬も燃料もある。熱線が装甲板を貫いてしまえば、ダメなんだ。

 焦げた臭い。

 散らばった破片。

 死だ。

 魔法陣の列は回転砲塔のように向きを変え、光線が横に走りさらに三両を破壊する。その先はナキアによる水の防壁が整っていて、光線はそれを蒸発させながらも拡散して威力を失った。

「フミアキ! あの右の白い横長の建物! その屋上に敵魔導師!」

 遠く対岸を指差して叫んだナキアは、今作った壁を壊し、新たに作られた魔法陣の狙う先に壁を生み出す。

 堤防上の道路に陣取る戦車連隊は、損害にも動じず、再びの一斉射撃を加える。

 彼女が指さしたのは、確か……対岸の堤防の奥にある浄水場。

 二回の光線攻撃から位置を割り出したんだろうけど、肉眼では何も見えない。双眼鏡を覗くと、確かに人影らしきモノ――青い法衣のような服、黒い鱗に覆われた腕、同じ深い青のツバ無しの帽子を被ったクラプトゥが見えた。

 ナキアはそれを、まっさきに魔導師ではなく私に言った。

 それは、私の先にあるものに伝えたいからだ。

「尾山陸将。魔導師長より浄水場屋上に敵魔導師あり、速やかに攻撃して欲しいと」

 魔導師の護衛が付いた天幕の下で、険しい表情で眼前の戦闘を眺める尾山陸将。

 了解、とだけ短く答えた陸将は無線機を持った隊員に指示を出し、隣の別の指揮官、確か戦車連隊長――と言葉を交わす。指示を受けた隊員は、特科連隊宛に砲撃すべき座標を伝えている。

 一応、脅威に見えたザリガニじみた化け物は、戦車の攻撃が効いている。

 今にして思えば、こっちの弓兵が下がったのを見た敵が矢の不足を見て取って、遠矢では抜けない殻を持った魔獣を前に出したのかもしれない。

 そして、戦車は想定外の脅威だった。

 その焦りから、今まで徹底して身を隠していた敵の魔導師が光線魔法――事前に仕込みがない限りは金属片を投げる、つまり魔法陣を自分の近くにしか作れない魔法を使い、居場所を晒した。

 どうせすぐ転移して逃げるだろうけど。

 天上から、また砲弾の雨が降る。

 驚いたことに、予想に反して敵は転移魔法を使わず、上空に向けて光線魔法を使った。見る限り光源は一つだけど、照射するための魔法陣がいくつも作られ、十本以上の光線が踊る。

 その刹那。

 この黄金の数秒、敵が精密な制御が必要な技を使ったこの瞬間、ナキアが何かを放り投げる。

 光。

 熱。

 敵は、どうなった。

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