くゆるが歩けば棒に当たる
@kuyuru0614
第1話 出発
きっかけは2017年12月に行ったサンティアゴ・コンポステーラの巡礼の道だった。
スペインを横断するため、情報を集めているときに熊野古道のことを知った。
世界遺産は数多く存在しているが”道”そのものが世界遺産として登録されているのは、スペインのカミーノ・デ・サンティアゴ・コンポステーラと日本の和歌山にある熊野古道の2つのみである。
スペインに行くことが決定していた当時の私はもう1つの道が日本にあることが嬉しく思ったのを覚えている。そして踏破する機会を心待ちにしていたのだ。
その日は6年後の2023年9月に訪れる。
サンティアゴ・コンポステーラへの旅では多くの友人ができたが、唯一、韓国の友人たちとは帰国後も度々お互いの国へ遊びに行く際に再会していた。
今回の旅は韓国の友人の1人であるハンが来日し、日本の友人のハナと3人で新宿で飲み会を開いたときに決定した。
しかし日本である安心感が故にあらかじめの事前情報を調べることを怠っていた。
提案したのは私であるのに、宿やルートは一切調べず、見かねたハナが全て予約してくれた。私のだらしなさに辟易している友人はおそらく多くいるがなんだかんだと交友を続けてくれることに甘えている。私の1番の悪いところである。
出発の便を調べたのは前日で予約した夜行バスは残り2席だった。
9.21.木
彼に車で夜行バスの集合場所まで送ってもらう。夜に出かけるのは久しぶりだ。
日が暮れてシャワーを浴びてから遊びに行っていた大学時代を思い出す。
最近はそんなことも少なくなったな。
それどころか出かけることも減ってしまった。4年前に精神病を患ってからというもの私は今までと大きく変わってしまった。
けれどまたあの時の自分のように旅に出るのだ。
実感はないけれど当時から変わらず使っているバックパックを見て思う。
24:25
予定通りにバスが来る。乗り込むと殆どの座席は埋まっており乗客は眠っていた。
予約がギリギリだったため通路側しか空いていなかったので乗車中眠れるか心配だったが、このとき通路側で良かったと思った。
隣の席とはしっかりとしたパーテーションがあり、ベビーカーに付いているような頭部が隠れる日差し除けのようなものもあった。
そのためかバスがいつもより狭く感じた。
到着予定は6:20。静かに興奮していたようでなかなか寝付けない。
車内は冷房が効いていて肌寒く用意されていたひざ掛けを被るも、まだ冷える。
頭上の荷物置きに隣の乗客が使っていないひざ掛けが残っていたのでそちらも拝借する。
それでも眠れないので諦めてスマホのアプリゲーム、モンハンNOWで遊ぶ。
充電がみるみる減っていくが仕方ない。モバイルバッテリーは持っていくために充電していたのにそのまま忘れてきた。
2人と合流するまでバッテリーが持つといいが。
6:00
バスは予定より早く着いた。
降車するためにステップを降りていると、まず目に入ったのは30代の男性だった。バスが停留している目の前の歩道に横たわっているのだ。
恐らく泥酔だろう。体調が悪そうには見えない。近くに荷物がないのでどこかに置いてきたのかもしれない。今は金曜日の朝だ。道で眠るには1日早い気がする。
私は自分の荷物を受け取ると彼の横を通り抜けた。
どんな旅になるだろう。どちらにせよ、面白いスタートだ。
思えば大阪の街を歩いたのは初めてかもしれない。
電車の乗り換えで通った程度で、ユニバーサルスタジオジャパンしか知らない。
ユニバーサルスタジオジャパンへは3回行ったことがあるが1度目の外食はインドカレーだったし、2度目は回転ずしだった。3度目は去年のはずなのに覚えていない。
見渡すと東京程ごちゃごちゃとしていないように見える。小綺麗な街だ。
自分が住む想像をしてみる。うん。結構好きかも。
少し散策したいが時間に余裕がないため在来線に向かう。
合流地の紀伊田辺駅まで乗り換えは3回あり、4時間弱かかる。
地下鉄に乗り天王寺駅まで。
車両端の3人席の真ん中が空いていたので座る。これから長い時間電車に揺られた後登山をするのだ。体力温存は大事である。
途中、右隣の人が降りた。すると左隣の新聞を広げた中年男性の落ち着きが無くなる。
舌打ちをしたり咳払いをしたり。大きく足を広げ膝が当たっても謝らない。
なんなんだとこちらもイラついてくる。
暫くして彼が「すみません、向こうに行ってくれませんか?」と笑顔で聞いてきた。
こちらは大荷物で動きたくはない。狭いならお前がどこかに行けと思いつつも、私は大人なので黙って睨みつけながら横へとずれた。こんな失礼な申し出は初めてである。
天王寺駅に着くも乗りたい電車の標が無い。
駅員に尋ねると次の電車はJRなので1度改札を出ないといけないらしい。
彼の言葉が関西弁で少し心が穏やかになった。方言は何でも魅力的だ。永遠の憧れである。
電車に乗り込むが座席は殆ど空いていない。
1時間以上乗るので出来れば座りたいと思い車両を端から端まで移動するも見つからない。諦めて荷物を置くとアナウンスが流れた。
天王寺駅から和歌山駅へと向かう列車は途中、前車両と後車両で切り離しを行うらしい。自分が今いる車両が前なのか後なのか分からない。
合流する友人はもうそろそろ待ち合わせ場所に着く頃だ。アクセスの都合上2時間半程待たせてしまうのだ。
しかしもう車両を確認するために移動する元気がない。多分合っているので確認せずそのまま乗り続けることにした。もし間違えていたら彼らには先に出発してもらおう。
暫くして電車は和歌山駅に着いた。切り離したタイミングは全く分からなかった。
1/2の確率だったが幸先がいい。
和歌山駅では20分程待った。県の名前が付いている駅なのにローカルな雰囲気がちぐはぐに感じた。
そういえば大阪から和歌山までは1時間ちょっとで着いた。道中、窓から見える住宅は一戸が広々としていた。大阪までアクセスも良く住居を構えるにはいい場所なのかもしれないと思った。
和歌山駅から御坊駅、紀伊田辺駅へと移動した。
線路は海沿いを走り車窓からは空と海が見える。
しかし、乗客は見向きもせずに手元に視線を落としている。
こんな素敵な景色が彼らにとっては当たり前なのだ。
御坊駅の乗り換えを済ましてしまえばもうあとは着くだけだ。
ただ少し問題がある。
家を出てからここまで化粧をする時間がなかったのだ。
電車で化粧をすることについて世間の意見は厳しいが実のところ私はあまり気にしていない。見苦しく感じる人の気持ちも分かるが、あまり見ることのない他人の日常を垣間見て電車での退屈しのぎになる。
ただ、私が大学生の頃に叔母が「電車で化粧をしている人がいた。みっともないから自分からしてみればありえない。もちろん、くゆるもしないでよね。」と言われた。
そこまで気にすることでもないと思うがわざわざ歯向かう理由もないのでそれ以降はしていない。(しかしおにぎりなどは普通に食べる。同じようなことだと思うが。)
しかし、今日は仕方ないのだ。堂々と化粧を始める。
和歌山へは初めて来た。次に来るかも分からない。よって私を知る人は居ないのだ。
興味を持つ人はいないだろう、見られたとしても長く記憶に残ることはない。
そう自分を正当化していたところ、途中で乗ってきた女子高生が化粧を始めた。
思わず胸の内でガッツポーズ。ありがとう!私は歓喜した。
また女子高生が乗ってきた。今度は私の向かいに座る。
すると彼女は靴を脱ぎ、足を座席にあげ横向きに座り始めた。
生まれて28年、初めて見る光景だった。
車両の端では初老の男性がスマホを耳に当てて通話をしている。
怪訝な顔をしている乗客は誰もいない。
思わず口角が上がる。そうだ。ここは東京ではない。何故だか少し自由になった気がした。
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