転生悪女はおっさんフェチ

荒々 繁

第1話 想起

 前世を思い出して初めに思った事は『絶望』だった。


「これって、アレだよね。親友に貸してもらった乙女ゲームに激似なんだけど…」


 ヴェラ・バルリエは大きすぎるベッドの上で唐突に前世を思い出していた。

 

「しかも、ヴェラ・バルリエって悪役令嬢の名前じゃなかったっけ?私悪役令嬢に転生したの?」


 唐突のことで理解が追いつかない。18年間ヴェラ・バルリエとして生きてきた記憶の中に、前世と思われる別の人間の記憶が脳内に流れ込んできた。

 前世では女子高生というものをしていた。年齢も丁度ヴェラと同い年だ。

 友人と片田舎の田んぼ道を下校中、"推しキャラ"というものについて語り合っていた。

 弁に熱が入り白熱して友人に語って聞かせていたところ、傾斜になった道で足をくじいて坂の上から横の田んぼに転落した。

 その後の記憶がない。打ち所が悪かったのかそのままお陀仏したらしい。


 ──我ながらなんと情けない最期


 推し語りに白熱していて足元不注意で転落死なんて無様な死因を誰かに知られようものなら恥ずかしすぎる。

 一緒にいた友人には悪いことをしてしまった。トラウマになっていなければ良いが。

 前世を思い出したことでわかったことがある。

 今現在、自分が置かれている身が前世の記憶とマッチングしていること。現在生きている世界が、友人が夢中になっていた乙女ゲームの世界にそっくりであること。

 何故。何故乙女ゲームなのか。


「何で…何で一度しかやったことのない乙女ゲームに転生しちゃってんの?私…」


 目の前にある布団を握り締めた。

 転生したのはまだいい。だけど、その転生先が問題だ。

 少女漫画やラブロマンスに興味がなかった女子高生時代。対照的に友人はラブストーリーが大好きだった。

 そんな友人に勧められて渋々プレイしてみた乙女ゲームにヴェラ・バルリエが悪役の公爵令嬢として登場する。

 死亡する数日前にプレイを終えたばかりの作品だったから内容はよく覚えている。

 オタクならば、誰もが一度は好きなキャラクターの世界に行ってみたいと思うだろう。夢見た異世界。夢見た転生生活。


 ──それなのに…それなのに…転生先が乙女ゲームだなんてっっ─────!!


「おや、目を覚ましていたんですね」


 ブツブツと独り言を呟いていると目の前のカーテンが開けられ一人の男性が現れた。

 茶色の髪に長い髪を一束に纏め切れ長の目が特徴的な彼は、確か──


「パジャマ・モエモエ先せ──」

「バンジャマン・エモニエです」


 言い終わる前に訂正を入れられた。


 ──そうでした。先生の目がとてつもなく怖いです。ごめんなさい。


 睨みつけるような視線が痛くていたたまれない。


「失礼致しましたわ」


 バンジャマンから向けられる目が怖くて目を逸らしながら謝罪する。すると、彼から小さく息を吐く音が聞こえた。


「御自分の名前は言えますか?」

「はい。ヴェラ・バルリエです」


 返事をして名前を名乗るとバンジャマンはひとつ頷き再び質問した。


「では、何故貴方が今此処にいるのか思い出せますか?」


 ──何故…?


「いや、本当に!!何故でしょうね?私も不思議何ですよ!!何でこんな所にいるの!ってか、生まれ変わるならどうせならバガボ〇ドとかキング〇厶とか戦国時代とか中華乱世にしてくれって感じなんですよね!!!!」


 一息に目覚めて直ぐに思った事を口に出し、言い終わった後にはたと正気に戻る。

 しまった……。そう思った時には遅かった。

 バンジャマンは呆気にとられた様子で固まっている。


「おほほほほほ。アテクシじゃなかった…わたくしったら何を言ってるのかしら。寝てる間に何処か打ってしまったようですのでこれで失礼致しますわね。」


 そう言って、目覚めた時から上に乗っていたベッドから降りようとしたのだが、バンジャマンから慌てて止められる。


「待って下さい。まだ話は終わってませんよ」

「……ちっ」


 おっと、いけない。

 思わず、条件反射で、咄嗟に舌打ちしてしまった。なんて心の中で言い訳してみる。

 だけど、まあ彼にまでは聞こえていないだろうと思いバンジャマンの方をチラリと見ると。

 思いっ切り訝しげな表情をしていた。


「何だかいつものヴェラ嬢では無いような…というか、別人。いや、でも御自分の名前は分かっていたし本当に打ちどころが悪くて──…」


 バンジャマンは顎に手を添えてヴェラの顔をじっと見つめ、ブツブツと思案している。


 ──ですよねー。うん、公爵令嬢が先生の名前を間違えたりいきなり訳わかんないこと語り出したり舌打ちなんかしたらそうなりますよね。本当にすんません。


「あの…エモニエ先生…?」


 このままでは先に進まないと思い勇気を出して声をかける。

 すると、バンジャマンはハッと正気に戻り一つ咳払いをした。


「失礼致しました。先程の事は──」


 バンジャマンはそこで一度言葉を切ってヴェラを見る。

 その視線から逃れるように目線を彷徨わせあさっての方向を見つめた。


「貴方も聞かれたくないようなので追求はしないでおきましょう」


 嘆息と共に吐き出された言葉に安堵するも束の間。


「ですが、公爵令嬢ともあろうお方が舌打ちとは頂けませんね」

「ももも、申し訳ございませんでした」


 やっぱり舌打ちは聞こえてなかったかなと思っていたけど、バッチリと聞こえていたようです。慌てて勢いよく謝罪すると「くっ、」と笑い声のような息が漏れる声に顔を上げるも、


 ──気の所為でした。先生お願いなので真顔は辞めてください。


「ヴェラ嬢、再度聞きますが何故貴方が今保健室にいるのか、保健室に運ばれる前の事は覚えていますか?」


 今度は丁寧に説明を含めて質問してくれた。

 やっぱり此処は保健室だったのか。と合点がいく。

 前世の記憶を思い出してすぐは前世で頭がいっぱいだったが、今は徐々にヴェラ・バルリエとしての記憶も戻って来ている。

 ヴェラは保健室に来るに至った記憶を辿る。確かゲームの世界ではヒロインとして登場するナディア・デュソリエに人気のない二階の非常階段に呼び出された。

 ナディアは当初訳の分からない事を言っていた記憶がある。

 直後、いきなりナディアが階段から飛び降りようとした。

 咄嗟に手を掴んだが、重力に引っ張られて二人一緒に落ちそうになったからナディアだけ二階に思い切り引き上げてヴェラはそのまま階段から転落した。


 ──それにしても回想する度転落してるな私。転落難の相でも出てるのか?


 今思い出せばナディアが言っていた「ヒロイン」だなんだって話は今なら分かる。


 ──彼女も転生者だったのか。


「覚えています。私、二階の非常階段から落ちたんですのよね?」

「ええ、そうです。話によればヴェラ嬢がナディア嬢を非常階段に呼び出し、呼び出しに応じたナディア嬢が二階の非常階段に向かったのを確認して物陰から貴方が飛び出して来たそうですね。両手を突き出して飛び出して来た貴方はナディア嬢を階段に突き落とそうとするも間一髪でナディア嬢が避け、突き落とす事に失敗した貴方はそのまま階段から落ちてしまったとか」


 そう言葉を紡ぐバンジャマンの瞳は何処までも冷たい。この目は軽蔑の眼差しだ。

 教師に嫌われようがヒロインが既にヒーローたちを攻略してようがヴェラどうでもいい。だが、何だその話は。


 ──いやいやいや、両手突き出して走って来るってどんな馬鹿だよ。そりゃあ、避けられるわっ。今から貴方を突き落としますよーって意思表示しながら向かって来てんじゃん。


 物陰から飛び出し両手を突き出して走る公爵令嬢の姿を想像して思わず吹き出しそうになる。その話が事実ならば、何ともな抜けな姿である。


 ──え、なに?もしかして、そんなアホな話を信じちゃってるの?


 何かもう訂正するのも面倒臭い。このままでいいかと弁明を放棄することにした。前世を思い出した今となっては、好きでもない人に誤解されようが痛くも痒くもない。


 ──そう、好きな人………


「あ、~~~っ」


 ヴェラはある事を思い出した。叫び声を上げそうになる口を両手で抑え慌てて声を殺す。


「どうされましたか?何か他に思い出したことでも?」


 バンジャマンが勘ぐった視線を向ける。恐らくバンジャマンが勘ぐっているような思い出した事ではないが、確かに思い出した。


 ──私、この国の第一王子の婚約者やってるんでした。


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