隠しごと……悪戯

 莉桜たちはハクボクを封印した後、生存者が居ないか、辺りを捜索した。


 そして、荒廃した森の跡地で、一人の少女の声を聞いた。それこそが、石像と化したリオ様の声だったんだ。


 莉桜は純粋にまだ生き残りがいたことを喜び、いずれ彼女たちが石から解放されるよう願い、恋夜もその想いに共感し、願いを強めたことが、リオ様たちが石から目覚めるまでの時間をぐっと早めることに繋がった。



『一つ疑問が残っているのだが』


『なんだい?』


『彼女が目を覚ました時、彼女の身体はだったのだろう?それも狐の願いだったのか?』


『いいや、身体が変化していたのは、だね。恋夜が想いを強めるために力を放った時に、恐らくチヨヒメの願いも増強させてしまったんだと思う』


 チヨヒメは、自身の心核の欠片を飲み込んでしまったことによって姿を変えてしまった二人の少女の悲痛な叫びと涙を感じて、石の中でリオ様の姿を変質させたんだ。


 理由は二つあった。


 一つは、次にこの子が目覚めた時に、またハクボクのような悪しき存在に目をつけられないようにするため。


 もう一つは、リオ様が白魂の民の中でもを持っていることに気がついたため。



『特別な力……?』


『石になった時、リオ様はまだその力に目覚めていなかったから、ハクボクはリオ様には一瞥もくれなかった』



 ハクボクはリオ様とツナグ様を、ハクスイ様に心理的負荷をかけるための道具にしか見ていなかった。



『彼らもまた自身の大切な存在である白魂の民であるはずなのに、ハクボクはもうそんなことも考えられないほどに闇に堕ちていた』



 ハクボクは即戦力となるハクスイ様の身体しか目に入っていなかった。



『リオ様にはね、させる力があったんだよ』



 チヨヒメも驚いたはずだ。

 ハクボクによって打ち砕かれたはずの心核が、リオ様の体内に入った瞬間から、みるみる再生され始めたのだから。



『けど、それをリオ様はコントロールして行っている訳ではなかった。と言えばいいかな』



 基本的に精霊たちはその力の源である心核を、誰にも探り当てられない場所に隠し、心核を離れて動き回っている。


 そして、活動によって力を使い、疲弊したらまた心核の中へと戻って力を蓄える。



 リオ様の力は、その回復力を上げたり、傷ついた心核の修復速度を早めたりというものだったんだ。


 それも、ハクスイ様とは比べ物にならない程のをも兼ね備えていた。



 けど、本来であれば外にあるはずの心核が体内にあるとなると、それはもはや精霊をその身に宿すという次元ではなく、ようなものだ。



 体内にある心核がそのままの速度で修復され、チヨヒメの力が活性化されてしまうとなると、その力を増幅させ、それが発現してしまうことになる。



『だからチヨヒメは、また彼女が涙を流さなくて済むようにと、自身の体を甦らせることよりも、彼女の身を守ることを選んだと……』


『そうみたいだよ』



 そうして身体を変質させ、ことで、リオ様は失うことになった。



『けれど、現代で目を覚ましたリオ様は、反対に心核の姿に戻っていた莉桜と、晴夜の境内で再会を果たした』



 莉桜はあの日、恋夜の穢れを清めようとして、逆に穢れを引き受けてしまった莉桜を救ってくれた目の前の少年が、遥か昔に声をかけた石像の少女だと気がついた。


 ただ、少女が少年の姿へと形を変え、記憶も失っていることを受けて、自分がもっと早く解放させてあげられていたら、こうはならなかったんじゃないかと、莉桜は自分自身を責めた。


 そして、今一度元の姿と、元の笑顔を取り戻させてあげたいと思った。


 そんな時に、少年の友人であるが、その少年が「もし女の子になったら」と願い、少年は少年で、「その友人の願いが叶うように」と願った。


 莉桜はこれを千載一遇の好機だとばかりに、少年の姿が姿に戻るようにと願ってしまった。



『そうしてリオ様は、不完全ながらも元の性別の身体を取り戻したんだ』


『もしかして、狐は彼女が白魂の民だと気がついていなかったのか……?』


『たぶん、最近まではね』



 初対面の時はもうリオ様は石になっていたから、見た目では判断できないし、リオ様の記憶を覗いてはいるけれど、記憶の再現はリオ様の主観視点で再現されるから、リオ様の外見までは分からなかったはずだ。



 ただ、薄々勘づいてきてはいたんだ。


 彼女についてまわるようになってから、ていくし、その速度も日に日に上がってきていたからね。


 そして彼女が姿を取り戻した時、それが確信に変わった。



『そうしてやっと、自分がとんでもないことをしてしまったことに気がついたんだ』



 それまでは莉桜の力の触媒の役割を果たしていたのは恋夜だったけど、その時にはもう莉桜の隣には恋夜は居なかった。居なかったからこそ、そこまで大きな効果は発揮しないだろ、と思っていた。


 けれど、「リオを元の姿に戻したい」という莉桜の願いを、リオ様が無意識のうちに増幅させてしまっていたことで、リオ様が白魂の民として復活する速度まで上げてしまっていたんだ。



『待て待て、チヨヒメの心核はどこに行ってしまったのだ!?さすがに体内に精霊の心核があれば気がつくだろう!』


してしまっていたんだよ……これには僕も驚いた』


『一体化……?精霊を取り込むのとは何が違うのだ?』



 白魂の民は精霊に気に入られたり、心を交わして信頼し合うことで、その力をんだ。


 それが精霊を取り込んでいる状態。


 ただ、この状態の時は、その身に宿しているとは言っても、白魂の民と精霊各々の人格あるいは意識が残っているんだ。


 さっき言った通り、一つの体に二つの存在が介している状態なんだよ。



 けど、今のリオ様の身体の状態は、状態なんだ。



『ハクボクが求めていた白魂の民とでも言えばいいかな』


『……!!だから奴は今になって彼女の身体を……』


『うん。ついに気づかれたみたいだね』



 自分の存在そのものを肯定され、全てを受け入れてもらうことが出来た精霊たちは、まるで穏やかな陽だまりの中で微睡むような、とても心が安らいだ感覚に陥ってしまうらしい。



『チヨヒメの場合は、リオ様の身体を変質させる過程でリオ様の魂に触れ、その温かさを知ってしまった。そうしてその魂に寄り添い、己の魂が表層に現れてしまうことを抑えようとしたことも相まって、その陽だまりの中に溶け込んで形を無くしてしまった』


『精霊の人格を司り、その生命力の源でもある心核すら溶かして、その身体に浸透させるだと……』


『だから影羽も、彼女をここまで案内するにあたって彼女の隣を歩いた時、不思議と心安らいだだろう?そうだったんだから』



 現代に精霊が姿を現さないのは、人間の数が増えたことによって彼らの住まう自然が減ったことと、争いも増え、その規模が大きくなったことも原因としてあるけれど、最も大きな要因は、莉桜と恋夜が眠っている間に、ハクボクの力によって精霊たちがその心核を汚染され、挙句の果てに地中深くへ染み込み、密かに「簒奪」されていたからだ。



『けど、その度に天陽の主神は、ことによって、その復活を未然に防いできたんだ』


『それがだな。これは我も先代から散々聞かせられたから知っているぞ』



 そう。

 それもまた、なんとも不思議なことにのが恋夜だったという縁がある。



『元々は別の名前だったが、その彼に恋夜が「天音光輝」という名を与えた。以降、彼の血筋では、その代の中で最も力の強い者が「天音光輝」の名を継ぐこととなり、その歴史を共有してきた』



 けれど、人の世もまた移り変わりが激しく、悪霊がなりをひそめるようになればなるほど、人が科学という外の力に頼るようになればなるほど、それまで見えていた精霊たちの姿は見えなくなり、「天音光輝」も今となってはただの人物名と化してしまった。



『そうして、封印の担い手が完全に消滅した現代に、ハクボクは満を持して復活を遂げた』



 十四年前の山体崩壊事故、あれは地中深くに封じられていたハクボクが蘇ったことによって起きたものだ。


 それに巻き込まれたリオ様とツナグ様が、石像のまま砕かれてしまわないよう、もはやリオ様の身体の一部と化していたチヨヒメは、咄嗟に二人の石化を解いた。



『チヨヒメがやったというか、リオ様が無意識のうちにやったとも言えるのかな……』



 そのおかげで身体が崩壊することはなく、多少の怪我は負ってしまったものの、無事に人として復活を遂げることが出来た。



『けれど、ここでリオ様が不幸だったのは、ずっと抱きしめて離さなかったツナグ様と分断されてしまったことだった』



 二人は崩れ落ちる土砂の流れによって離れ離れにされてしまった。


 それでも、心根の優しい人間、今の音無家に拾われたことで、リオ様は健やかに育つことができ、その優しい心を失わずに済んだ。


 一方で、分断されたツナグ様はハクボクによって拾い上げられ、その場から連れ去られてしまった。



『そしてまた、リオ様を探すための道具として使われている……』


『ハクボクの奴……今度は彼女の身体を乗っ取ろうとでも言うのか?彼女のその身体ならば、神をも降ろせることだろうし……』


『いや、彼がやろうとしているのはもっと危険なことさ。さっき彼は密かに精霊たちの心核を集めていたと言ったろ?彼はその一つひとつの心核をリオ様に取り込ませた、その八百万やおよろずの力を用いてこの世界に溢れてしまった人間たちを調伏させる現人神あらひとがみとして君臨させるつもりなのさ』


『は……?』


『自分はそれを「認識」の力で影から支配する。傀儡にするつもりなんだよ』


『ならば、今の状態は相当不味いのではないか!?何故彼女とハクボクをわざわざ接触させる機会を設けた!!お前は何故彼女をそんな危険な目に……!!』


『これがだからさ』



 偶然の積み重ねのようなにも思える出会いと別れ、そして再会。


 一見するとそれらは身勝手にバラバラと動いていて、不確定で不安定なものだと思ってしまうけれど、それらは必ずどこかで収束し、必ず結び合うことになるんだ。



『安心しなよ。皆が結んだ縁は必ず彼女を守ってくれるし、彼女の温かさもまた皆を勇気づけてくれる。それに……


『お前、時々彼女を知ったような口を聞くよな……それもお前の力によるものなのか?』


『……ううん、これはね。僕のご先祖さまの想いかな』


『お前、彼女のこともご先祖さまって言ってなかったか?』


『そうだよ?』


『あのなぁ……』


『嘘は言ってないさ……僕のご先祖さまも白魂の民の関係者だったんだ。僕の先祖を辿っていくと、彼女と同じ北限の人里に居た民に繋がるんだ』



 とは言っても、僕らは白魂の民になりきれなかっただけどね。


 頭が半分黒くて、半分は白い。


 清らかな白魂の民と、愚かな人間のそれぞれの特徴を持ち合わせている一族だった僕らは、白魂の民からも、他の人間たちからも中途半端な存在だと忌み嫌われた。


 ね。


 その子だけは、僕らの一族を差別することなく、いつも快く受け入れてくれたらしい。


 けれど、その子はある日突然姿を消してしまったそうだ。


 あまりの心の清らかさに、精霊に連れ去られたと。


 そして僕らの一族には一つの言い伝えが残された。

 いつか彼女のような心の清らかな存在が現れたら、必ずその人の助けになるようにと。



『まさか、と相対することになるとは思ってなかったけどね〜……』


『何をブツブツ言ってるんだ……まぁ、お前が大丈夫だと言うのだから、きっとそうなのだろう』



 また大きなため息ついてるな〜。



『なんだその目は、誰のせいだと思ってる……。とはいえ、縁というのは存外厄介なものだな。たった一人との出会いでこうも大きな出来事に巻き込まれることになるとは……』


『本当だよね〜』



 分かる分かる。

 改めて自分に関係する縁を顧みると、思っていたよりも多くの人との繋がりが出来ていたりして、がんじがらめになってしまいそうなことってあるよね。



『他人事のように言っておるが、お前との出会いのことだからな?』


『まぁまぁ、そう悪いことでもないでしょ?確かに、時には自分を縛り付ける鎖のように思えてしまうこともあるけれど、誰かを想う心によって編まれた縁は、自分の心の拠り所になったり、道標にもなったりするんだから』


『お前……』


『まぁリオ様と莉桜が再会したのは、なんだけどね♪』


『なっ……はぁ!?お前それは!!』


『だってそこの縁を繋がなかったら、ハクボクを辿ることが出来る縁がって分かったんだもーん』


『待たんかこら……!!』



 こればっかりは説教だと追いかけてくる影羽から逃げながら、僕は次の手を打つために必要な力を、胸元の勾玉へと注ぎ込んだ。







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