第57話 深夜の訪問

 ラナさんと出会ってから1週間が経とうとしているが、未だにセツナの消息はつかめていない。


 先日、正式にセツナは指名手配された。

騎士団とラナさん、そしてセン様も捜索に参加している。


 事態が良い方向に動くと思いたい。


 珍しく普通の1日を過ごした私はベッドに腰かけていた。


 明日は休日だ。ならば私もセツナの行方について調べるとしよう。


明日の計画を立てていると、窓を叩く音が聴こえてきた。

いつの日かのロキやベルギアを思い出しながら窓を見ると、ルリがいた。


「開けて~」と口パクをしている。


どうしてロキもベルギアもルリも深夜に窓から会いに来るのだろう。


 誰かに見られたら厄介なので急いで開けると、音を出さずに私の部屋に入ってきた。


「助かったよ」

とルリは軽く笑っている。


「今から寝ようと思っていたのだけど」

と文句を言うと

「ごめんね~! でも大事な話があるの」

とあまり申し訳なさそうではない顔で言われた。


 でも、ルリに確かめたいことがあったのも事実だ。

ルーシェが処刑されることを知っていたルリは、私と同じ転生者なのか。


「ちょうどよかった。私も聞きたいことがあるの」

「その質問については答えはYESだよ」


 聞く前に答えを返されてしまった。

このことも視えていたのかもしれない。

正直、否定されるか誤魔化されると思っていた。


「やっぱりそうだったんだ」

「前世については秘密にさせて。記憶は持っているけど、わたしと前世の『私』は全くの別人だから」


 ルリは私とは違い、前世の記憶を持っているだけの状態らしい。確かにそれは安易に話したくはないだろう。


「分かった」


 あっさりと認めたことなども気にはなるが、前世については訊かないでおこう。


「それで、大事な話って?」

「セツナについてだよ。ルーシェちゃんって完結後に出たファンブックは読んで……ないよね」


 ファンブック? 恐らく私が死んだ後の話だろう。私は完結前に死んでいるのだから。


「完結前に死んだから読んでないわね」

「そ、そうだよね。ごめん……とにかく、そのファンブックにはセツナについて詳しい説明があるの。もし読んでいないなら知りたいんじゃないかなって」


 予想外にもルリは情報を提供しに来てくれたようだ。

「あ、わたしが情報を教えるのが予想外だった?」と私の考えを見破られてしまう。


「カルティエの時と同じで、今回もクリアまでのコツとかはあまり教えるつもりはなかったんだよ? ただ、何故か大精霊が動かないし、わたしが口を出さないと手遅れになりそうだからね」

「手遅れ?」

「うん、このままだとセツナの体は完全に乗っ取られてしまって、魔獣たちは更に暴走するわ」


 乗っ取られている? 初耳だ。


 私の疑問も分かっているようで、ルリはセツナの今の状態から説明してくれた。


「小説でのセツナは魔獣に体を乗っ取られた後の姿なの。あなたたちが空き教室で会った弱々しい彼女が本来のセツナで、カフェで話したのが魔獣の方よ」

「つまり、セツナ自身も被害者ってこと?」


「そういうこと! 小説では既にセツナという人間は魔獣に殺されていたの」とルリは頷いた。


「でも、今ならまだ間に合う。魔獣を彼女の体から追い出すの」

「どうやって?」

「それは『聖女』の仕事だから大丈夫。重要なのは『魔女』について」


『魔女』という言葉は昼にも聞いた言葉だ。


「消えた魔女プリムラの杖はね、ロキが持っているの。ね? 殺気がバレバレだよ。持ち主さん?」


 強烈な殺気を放ちながら、窓からロキが部屋に入ってきた。白い月と彼の黄金色の瞳が輝いている。


そして何故か彼も窓から私の部屋に入ってくるのだ。


「確かに大精霊と同じ顔だ。アウラが間違えても仕方ないな」

「どうしてここに?」

「大精霊に『ルリがルーシェに会いに行く未来が視えた』と言われたからだが……大方、俺を誘き寄せるために未来を視せたのだろう?」


 私を隠すように間に入ってきたことからも、ロキはルリを警戒していることが分かる。


「あったり~! あなたにも聞いてもらわないといけないからね」

「何故杖のことを知っている」


 ルリは「何でだと思う?」と意味ありげに笑うが、その挑発には乗るまいとロキは何も答えなかった。


「はいはい、話すよ。プリムラに『精霊に杖を渡して』って言ったのはわたしだよ。彼女は最期までわたしを大精霊だと勘違いしていたみたいだけど…」


 プリムラ様に

「精霊に杖を預けて。次の魔女に渡せるように」

と伝えたらしい。


「わたしは視たの。プリムラの子孫であるルーシェが魔女になる未来を」


私が? というか私は子孫なの?

でも王妃だった彼女の子孫はノーブルのはずだ。


「私が子孫ってどういうこと?」

「彼女はわたしと国王以外に話さなかったようだけど、元々はネヴァー家の人間よ。兄と折り合いが悪くなって家名を捨てたらしいけど。えーと、正確には彼女の兄の子孫がルーシェちゃんなの。魔力も素質もプリムラそっくり」


 ルリはイタズラっ子のような笑みで

「ロキも魔力が似ていることくらい気づいていたと思うけど?」

とロキを煽る。


「ノーブルとも似ていたからな。下手に似ているとだけ言って混乱させたくはなかった」


 ロキが冷静に答えたのが少し不満のようだ。

「なんだ、つまんない」

と呟いている。


「黙っていた方が面白そうだったのもあるけど……『世界ではなくルーシェちゃんの味方でいること』が信条であるわたしは、ルーシェちゃんが生まれた時から『魔女』として扱われるのが嫌で誰にも言わなかったの」


「魔女の未来は大精霊が視れないようにもした。……でも気づいちゃった。ルーシェちゃんが魔女にならないと魔獣を止められずに、結果的にルーシェちゃんも死んじゃうって」


 彼女は私のためにと言っているが、前半の『面白そう』も本心なのだろう。


どうしてルリがここまで私にこだわるのだろう。同じ転生者だから?


 私が魔女になる未来も、魔獣復活の未来も、そしてファンブックの内容も知っているのにそのことを誰にも話さなかった。


その未来を視た時、私が生まれる前から、ずっと本気で世界より私一人を優先しているというのか。

分からない。どうしてそんなことをするのだろう。


「そういうことだから、早く杖を渡しちゃってよ」


 どうしたのだろう。ロキは複雑そうな顔をする。

ルリはその理由が分かっているようだ。


「カルティエの時はわたしが主導したし、セツナを空き教室に行くようにも仕向けた。証拠隠滅もした。だけど、この子の人生を変えるくらいの『異常』に巻き込むのは嫌」


「でも、さっきも言ったようにルーシェちゃんが魔女にならないと、魔獣を打ち倒せずにルーシェちゃんは殺されてしまうかもしれない。これは大精霊も同じ答えに辿り着くはずだよ」


 いつもとは違い、彼女は真剣な表情だ。

なんとなくだが、自分にも言い聞かせるように言っている気がした。


「セツナの体を乗っ取っているのは、過去に魔女プリムラと聖女に封印された『フェンリル』という魔獣。人の言葉を操る凶悪な魔獣なの」

「ルーシェを危険な目に遇わせるくらいなら俺が」


 言葉を遮るようにルリが制止する。


「あなた大精霊のやつにほとんどの権能を封じられているでしょ。今のあなたの状態でフェンリルを倒すのは不可能ではないけど、重傷を負うリスクはある。権能を戻すとしても1ヶ月はかかるはずだから、フェンリルが暴れ出す方が早いわ」


 ロキは私を心配していたから、私が魔女になると聞いて嫌そうにしていたんだ。

でも……ずっと守られて、その結果、例え不老不死であろうとロキがケガを負うのも嫌だ。


罪のない人々が巻き込まれるのも。


なら、私の選択は決まりきっている。

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