第3話 この世界には精霊がいる 後
「鍵が導いた運命の相手だといえど、私はノーブル王子と結婚するつもりはありません。私も彼もお互いに恋愛感情はないはずなので」
本音を話してもロキは驚いていない。自分が作った鍵の導きに抗おうしている私に怒ったりはしないみたいだ。
「確かに王子はお前に惚れたわけではない。あいつは"鍵が見えた人には求婚しなければならない"と思っているようだ。……別に鍵が見えた相手としか幸せになれないわけではないと毎回伝えてはいるんだけどな」
鍵が選んだ相手が絶対ではないのか。
それならば小説の裏設定ではルーシェがノーブル王子の運命の相手なのに、本編では主人公がノーブル王子と結ばれたのも納得できる。
……ルーシェの行動が最悪すぎて運命が変わってしまったのだろうな。
「"運命"とは生まれた時から変わらないわけではなく、日々の積み重ねによって左右される。つまり『王子とお前の結婚』という運命は、お前の行動しだいで変えられるということだ」
それは助かるが、仮に運命を変えられたとしてもノーブル王子に求婚された事実は消えない。
どうにかして断らなければ。
「ノーブル王子からの求婚を断ろうと思うんですけど、納得してもらえそうないい理由が思い浮かばなくて……」
他の人たちからしたら王子からの求婚を断るなんてあり得ないでしょうね。運命の鍵が見えたのならば結婚すべきと皆思うはずだ。
でも私は、ノーブル王子や主人公と関わった結果、死ぬなんて嫌だ。死ぬのが怖い。
「家柄とかを理由にしようかとも思いましたが、ノーブル王子は優しいから……」
「断る理由が思い付かないのか。普通に嫌だっていえば?」
「……た、確かに?」
王族との繋がりが薄い家の娘と結婚してもいいことなんてない。とか、もっと才能ある方を探した方がいいといったことばかり考えてしまい、自分の気持ちを伝えるということが思い浮かばなかったのだ。
「鍵を作った精霊である俺が言えたことではないが、王子もお前も人生を鍵に委ねる必要はない。嫌ならその意思を示せばいい。ノーブル王子は無理強いをする人間ではないことを鍵を授けた時から見ていた俺が保証する」
「私の意思……そうね。1番大切なのは気持ちだよね」
「そうだ。一回きりの人生だからな。後悔しないようにしろよ」
思ったよりあっさり解決した。というか、貴族とか家柄とかに囚われないロキだからこそ出せた答えなのかもしれない。
解決したのだから帰るのかと思いきや、まだここに残るようだ。折角なので気になっていたことを訊ねることにした。
「どうして初代国王は鍵作りをあなたに頼んだのですか?」
「初代国王は派閥を作り領土を奪い合っていた人間たちをまとめあげ、国を興した英雄だ。王妃を迎えると決まった際に一悶着あってな……娘を王妃にさせたい権力者たちによる、血で血を洗うような争いが起きた」
容易に想像ができる。今の私だって、嫉妬に駆られた人たちから嫌がらせを受けている。
でも当時の妃選びによって生まれた争いは、そんな可愛いものではなかっただろう。
「俺は『本当に自分を愛してくれる運命の相手を探してくれ』と頼まれてな。それで鍵を作ったら家族の分まで頼まれ、子の分、孫の分……と繰り返した結果、今に至る」
「面倒だがあいつには恩があるからな。それに唯一の人間の友からの願いを断るほど、俺は薄情な精霊ではない」
話を聞いて思った。
もしかしてだが、彼はとても良い精霊なのでは?
ロキは精霊としての役割を「面倒」と言っていたが、少しだけ優しい表情を浮かべている。
最初は彼のことがよく分からなかったけれど、今はお人好しな精霊にしか見えない。
「あ、言い忘れていたが俺は大精霊ではない。初代国王が俺の話を盛りすぎたんだ。頼むから王子には言わないでくれ」
「わかりました」
大精霊ではないことを説明できて満足そうにしている。きっと初代国王は友達のことを自慢したかったのだろう。そう考えると微笑ましいことだと私は思った。
「思ったより話しすぎてしまったが、お前の調子は良くなったようだからいいか。俺は運命に振り回される人間の苦しむ顔が好きだが、笑う顔も嫌いではない」
やっぱり彼は優しい精霊だ。なんだか入学式前夜と王子に求婚された時に少しだけ見た小鳥を思い出す。
また、会えるだろうか。
「もう少しお前のことを知りたいが、そろそろ帰る。じゃあな」
消えていくロキに思わず手を伸ばす。掴んだのは侍女の手だった。
つまり、私は無事に目覚められたということだ。
「おはようございますルーシェ様。魘されていたようですが大丈夫ですか?」
「え、えぇ。悪夢ではなかったはずよ」
私は自分で自分に宣言した通り、入学してから毎日教室の隅で読書をしているふりをしていた。時折視線を感じるが無視。
今日も今日とて授業前は1人で読書をするのだ。
昨日の明晰夢を経て、ようくスタートラインに立てた気がしてきた。
ロキと話さなければずっと悩んだままだっただろう。
何かお礼がしたいところだが、一体どこにいるのだろうか。
色々と考えながら本を眺めていたが、黒髪の男の人が私の前の席に座ったことにより私の視線はそちらへ移った。
こんな人いたかな……?クラスメイトと物理的にも精神的にも距離を取りすぎているから覚えていないのかもしれない。
「昨日ぶりだな」
前の席の人がなぜかこちらへ向いて声をかけてきた。昨日? 今世の友達0人な私には心当たりがないんですけど。
いや、まさか。
あり得ないと思ったが、目の前にいたのは制服を着たロキ。彼は楽しそうに笑っている。
平穏な学生生活が更に遠のいた……それだけは確信できた。
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