第49話 ティーカップも消えていた

「え?」


かけ声と同時に私たちは、外に出た。


はずだった。


セツナは何故か一歩も動いていない。

俯いていて表情も見えない。


「セツナ?」

「何をしているの!?」


突然彼女が扉を閉じた。直後、施錠する音が聞こえる。


「どうして中に残ったの!?」

「ルーシェ 危険」


 何かを察知したのか、ベルギアが私を米俵のように抱えて走り出した。


そのままの状態で私の屋敷まで駆けていっているようだ。


「ベルギア、どうしたの?」

「セツナ 危険!」


 精霊としての勘だという。何から逃げているのかさっぱりだが、私は彼女の勘を信じることにした。



「無事帰還」


 なんとか屋敷の自室まで帰ってこられた。


ベルギアは久しぶりに走ったようで息が荒くなってしまっている。


「セツナに何が起きたの?」

「不明」

「突然扉を閉めていたけど……」

「明日 空き教室 確認」


ベルギアは片言ながらも『セツナの纏う魔力が一気に増大した』と教えてくれた。

まるで違う人間の魔力のように感じたらしい。


「そうね……今日はありがとう。明日ロキを呼んで一緒に行きましょう」

「危険 謝罪」

「気にしないで! ついていくって決めたのは私自身だから」


 ベルギアは「加護だ」と言って私の額にキスをした。


祝福とは違い、加護は短時間限定の守護らしい。

少なくとも、次に校内でベルギアに会うまでは効くようだ。


ベルギアは軽やかに部屋の窓から飛び降りた。

着地した後、私の方を見て一瞬微笑んだと思ったら、すぐに自分の家に向かって走り出した。


 セツナのことが頭から離れなかったが、ベルギアからの加護のおかげか、メイドたちに起こされるまで熟睡することができた。


校内 昼休み



「事情はよく分かった。行くぞ」

「もしかして怒ってる?」

「別に」


あ、これ怒っているパターンだ。


「うん、私が悪いね」


 昼休みに入ってからロキに事情を話そうとしたら、何故か中庭の木の上にノートさんがいた。ちょうどよかったのでベルギアと2人で説明した。


そうしたらこうなった。


「それもだと思うけど……いい? ルーシェ。ロキが不機嫌なのはパナが加護のキスをしたからよ」

「違う」

「いえそうよ。羨ましいと思っているわ」

「え、ベルギアのキスが?」


「そっちじゃないわ」とノートさんは言う。

そっちじゃないならどっちだというのか。


「とにかく、さっきも言ったとおりパナは強い。けど今回のことは良くなかったわ」

「反省 謝罪」

「細かい説教はあとにする。先にセツナの件よ」


 魔獣の研究者セツナ。

研究のためにエルフィン王国に来たが、持ち前の人見知りが発揮してしまい研究は難航。宿は確保できずに勢いで学校の空き教室に不法侵入。


「本人は出られないと言っていたけど、昨夜は自分から扉を閉めたの。矛盾しているわ」

「すべてが嘘でお前たちを追い出したかったという可能性は?」

「否定 脱出 願望」


 ベルギアの言うとおり、セツナは半泣きで出られないことを相談してきたのだ。

その可能性はないだろう。


「今から空き教室に行って確認するわよ」

「でもノートさんは堂々と歩けないよね?」


 ノートさんは木から降りて、ベルギアの影の中に入った。

おぉ、便利。


ということで、私たちは空き教室に行ったのだが。


「誰もいないどころか、人がいた痕跡もないぞ」

「あのあと脱出できたとしても、この机はセツナがお茶を入れていたわ。こんなに埃を被っているはずがないよ」

「肯定 教室 不可解」


彼女が座っていた椅子も埃を被っている。

年単位で使っていないことが窺えるが、それだとおかしい。


「ねぇ、昨夜あんたたちは本当にこの教室にいたの?」

「セツナは今、どこにいるんだ」


 ベルギアの飴で喜んでいたセツナ。話を聞いた私たちに何度も感謝の言葉を述べたセツナ。


あなたは今、どこにいるの?


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