第44話 饅頭

 町外れにポツンとあるベルギアの家は、とてもボロボロだった。

寄せ集めの木材で建てた、ギリギリ家に見える小屋。

 この世界にも建築に関する法律は存在しているが、明らかにベルギアの家はアウトだろう。


「俺の家よりボロいな」

「そうなの? 今度見に行くわね」

「やめろ。『女の子を家に連れ込んだ!』とか言われてサラマンドラに骨5本はやられる未来が視える」


 私たちの会話をよそに、ベルギアは力強くドアを手前に引く。そうでもしないと開かないくらいには建て付けが悪いみたいだ。


「帰還」

「あんたねぇ! もう少し静かに開けなさ……って人間!?」


 中にいた黒髪美少女が私を見るなり叫んだ。そしてすぐにベルギアを家の中に引きずりこんだ。


 バタン! と私とロキを外に残したままドアは閉められる。

ボロボロのドア1枚では防音はできなかったようで、2人の会話は丸聞こえだった。


「ちょっと! このまえのクレアちゃんといい、なんで人間を連れてきているのよ!」

「ルーシェ トモダチ ロキ 精霊」

「やっぱり同族か……元々はあたしが友達をつくれって言ったからね。仕方ない。クレアちゃんと今の子以外の人間は禁止! いいわね!」

「了承 感謝」


 どうやら話は終わったようだ。

 再びドアが開く。


 ベルギアだけでなく黒髪美少女も一緒に出てきた。少なくとも暴れだしたりしそうにはない。


「突然閉め出して悪かったわね。あたしはパナケアの同居人のノートよ。お察しの通り、人間じゃなくて闇の精霊だから」

「ルーシェです」

「うん、パナは人を見る目はあるからね。あんたがいい子って信じてる。問題はそこの精霊!」

「俺?」


 ノートさんはビシッとロキを指差した。

 そういえば、ロキはまだ会ったことがない精霊がいるってサラマンドラ様が前に言っていたような……


ベルギアの不安が的中しないかとヒヤヒヤしてきた。


「あんた見たことないわよ! 誰よ!」

「俺はロキ」

「あぁぁ! あのあく…むぐっ!」


 ノートさんの言葉を遮って、ベルギアが口を塞ぐ。ノートさんは不服そうにベルギアを睨んだ。


「個人情報 守秘」

「パナケア、あとで菓子でもやろう」

「はぁ! あたしはただ……分かったよ。だから離れなさいパナケア」


 ノートさんが続きを言わないことを確認できたベルギアはノートさんから離れた。

いったい何を言おうとしたのだろうか。

分からないけど、どうやらベルギアの不安の種は消えたようなので一安心。


「とりあえずリビングで適当に座ってて」


 ノートさんが"リビング"と言った場所には座布団が4枚あった。そして中心には……


「ちゃぶ台!!」

「な、なによ。貴族の娘だから床に座りたくないタイプ?」

「そういう意味ではありません! 嬉しいのです! 座布団にちゃぶ台は最高です!」


 前世での祖母の家を思い出す。

少し薄い座布団に冷たい麦茶が置かれたちゃぶ台。私の夏といったら祖母の家なのだ。

とても懐かしい……


「あんた……中々分かる人間じゃないの。気に入ったわ」

「えへへ」

「仲が良くなっているようだが、お前は人間と関わらないって決めていたんだよな?」

「えぇ。権能の関係上、色々と厄介だからね。でも同居人が連れてくるのだから仕方ないでしょ?」


 何故パナケアがベルギアと名乗って学校に通っているのか、というのはノートさんが分かりやすく説明してくれた。


 元々精霊にも人間にも関心が薄かったパナケアは山の頂上に1人籠って暮らしていた。

 唯一の友人であるノートさんは週一のペースで登山をしてパナケアの様子を確認していた。


 生活能力に乏しいパナケアのためにご飯を作ったり掃除をしたりしていたらしい。


「もう一緒に暮らした方が楽だろ」

「あたしもそう考えたわ」


 ということでパナケアを山から連れ出したノートは自分の家で暮らすことを提案、学園長に生徒として通わせるようお願いした。

 そして、人間についてや文化や娯楽など、様々なことを学ばせることにしたそうだ。


「おかげであんたたちみたいな善き友人が家に来たってわけ」


「本当面倒だわ」

と言いながらもノートさんはお茶と茶菓子をちゃぶ台の上に用意してくれた。おいしそうな饅頭だ。


「ノート 優しい」

「確かにノートさんは面倒見が良くて優しいですね」

「……ルーシェっていつもこうなの? その、なんでもない」


 ノートさんは何か言葉を飲み込んだようだ。

何故か神妙な顔をしている。照れ隠しかな?


「ロキ 饅頭 ルーシェ 盗み ダメ」

「あ! それは私の饅頭よ!」


 饅頭を巡る苛烈な戦いが始まる前にノートさんが追加の箱を持ってきた。


「ケンカしないの! ほら、まだまだあるから」

「なんで3箱もあるんだよ」

「大精霊様からのお土産よ。『パナケアは食べるのが好きですよね。それに、近いうちに客人にお出しすることになるかと』ってさ。見事的中ってわけね……」


 そう言いながら自らも饅頭を食べ出した。

 もしゃもしゃと頬張りながらノートさんはロキを出会ったときと同じように再び睨む。


「てかあんたさぁ、クロノスに会ったんでしょ? あいつってそんなに悪いやつではなかったよね?」

「人間の寿命を無断で変えようとするやつはいいやつとは言えないだろうな」


 ノートさんは「それもそうか」と饅頭をおかわりしていた。


「あいつはなんでルーシェを祝福することに執着しているんだ?」

「あたしも特別仲がいいってわけじゃないけど、普段人間と積極的に関わっているわけではなかったわ。人間には姿が見えないようにして出歩くことが多いって言っていたし……もしかしてだけど」


「姿を消しているのにルーシェが声をかけたとか? そうだったら興味を持ってもおかしくはないわ」


 ウル以来の、思いだしタイムだ。うーん、矛盾があるような……


「クロノス様から声をかけてきてような?」

「そうなの? 単純に初めてたくさん会話した人間だから気に入っているだけなのかもね」


 そんな単純な理由……があり得なくないのがクロノス様だ。

「見かけたらあたしが取っ捕まえておくから」

と言ってくれた。味方が増えたのは心強い。


 ずっと黙っていたベルギアが「遊戯」と言いながら4人用のボードゲームを持ってきた。

ノートさんは「いいわね!」とノリノリだ。


 そして、ラスト1個となった饅頭を巡る戦いの火蓋が切って落とされた。

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