友人が趣味全開で書いた小説の悪役令嬢に転生したので生き残ることに全力を尽くします

村雨時雨

始まり

第1話 友人が書いた小説の世界に転生です

 夢を見た。


 その夢の中での私はちょっと黒い会社で働いてはいたが、ごく普通のOLだった。


 上司に押し付けられた無理難題な仕事を終わらせ、やっと家に着いたと思った直後、階段から足を滑らせて……


 そうだ、私は死んでしまったのだ。


 ベッドから飛び起きる。

鏡を見ると美しい銀髪にハイライトがない目の美少女が。

これが今の私だ。

どれだけ明るい表情を心がけても、目にハイライトがないせいで暗い人間扱いされることが幼い頃からの悩みだったが、このような形で原因が判明するとは。


机に移動してノートとペンを用意する。


 夢の内容を忘れないうちに、前世について思い出した事と今世の私についてノートに書き出した。


 今の私はルーシェ・ネヴァー。

子爵家令嬢で15歳だ。

そして、友人が描いた小説に登場する悪役令嬢だ。


 前世の私の名は今川穂乃果。享年25歳だ。死因は階段からの転落死。職業はOLであり、この世界の元となっている小説の作者の友人だ。


 うん、あの時は働きすぎで心も体も限界を超えたのだろう。

今度こそ長生きしたいものだ。


 さて、現在の問題は私ことルーシェが小説の悪役であることだ。

まずはこの小説について詳しく思い出す必要があるだろう。


 友人の小説は全て"エトワール"と呼ばれる1つの世界で起きる話という設定があり、

「エトワールシリーズ」として連載されていた。

作品ごとに舞台となる国が変わり、主人公も変わる。時折、別の作品の主人公が味方として登場するところも「エトワールシリーズ」の魅力の1つだ。


 ルーシェが悪役として登場する小説は公式の題名とは別に、ファンたちから「エルフィン王国編」と呼ばれている。

シリーズ最初の連載作品だからか、エトワールシリーズの中でも特に人気が高い。

私もシリーズの中で「エルフィン王国編」が一番のお気に入りだ。


 だからといって、ルーシェへの転生を喜ばしいとは思えないが。


 作品ごとに国も登場人物も変わっていたが、どの作品にも必ず共通していることがある。

それは、友人の好みの影響で悪役の最期が残酷になっていたことだ。主人公と悪役が和解している作品を1つも見たことがない。


 つまり、物語と違う展開にしないと私が死ぬことも確定。なんとか死を回避しなければ……


「エルフィン王国編」の内容は、主人公が魔法や自分磨きを頑張って王子と結ばれるお話。

王道の恋愛ファンタジーだ。

時々、友人の趣味全開で王道から覇道に変わりかけていたが王道だ。他のシリーズにも、王道から覇道になりかけていた作品があったりする。


 小説でのルーシェは、儚い系の見た目とは裏腹に主人公の妨害を頻繁に行う。

更に主人公以外にも同級生や侍女、自分が気に入らない人間にはとにかく嫌がらせをしていた。


 悪役であるルーシェが退場するのは、エルフィン魔法学園入学から3年後の卒業直前。

今までの悪事を皆の前で暴かれたルーシェは、逆ギレして王子に魔法で攻撃。王子を庇った主人公に怪我を負わせてしまう。

主人公は正式に王子との婚約を発表していたため、王子に攻撃したうえに婚約者に怪我を負わせたとしてルーシェだけでなく家まで罰を与えられる。そしてルーシェは最終的に処刑された。


 ちなみに入学は16歳になる年の秋……


 なんと明日だ! 


「詰んだ…」


 16歳を迎える魔力持ちは皆、魔法学園に入学するという決まりがある。逃げることは許されない。


 だが実は私、前世では……!! 


と主人公とも王子とも仲良くなれる素敵な知恵があればいいのだが、残念ながら何もない。料理などの技術もない。仕方なし。


 他の人に相談……はダメだ。

友達0人なうえに今の両親が私の話を真剣に聞くことはないので、そのあたりのことは考えないでおこう。


 ひとまずは入学前に思い出せただけ良しとする。うん、ポジティブ精神。


 決意を固めた私は夜になって両親の部屋に行った。家から通うことになるが一応挨拶をしておこうと思った。


「お父様、お母様、明日からですが」

「ネヴァー家の名を汚すことをしなければ別にどうでもいい」

「早く出ていきなさい」

「……はい」


 入室してから1分もせずに退室した。

大会があったら優勝できるレベルの速さだ。


 これが両親の通常スタイルなので今さら気にすることもない。

挨拶に行ったのは、入学前の挨拶でもあったが、私の前世の記憶が戻ったので何か変わっているのかどうかという実験的な意味もあったのだ。

特にこの世界に変化は起きていないという収穫があった。


 兄と姉からは激励の言葉をもらっている。

私にはそれだけで充分だ。


 自室に戻ってカーテンを閉めかけると、ちょうど窓から手が届く距離にある木の枝に小鳥が。夜行性の鳥ってフクロウとミミズク以外にいるものなのね。

鳥類に詳しいわけではないから私が勝手にそう思っていただけかもしれないけど。


 この時間、こんなに近くにいるのは珍しかったので、カーテンを閉める手を止めて小鳥を眺める。


「おい」


 窓越しから低音ボイスが聴こえた。泥棒?


「お前の目の前にいる鳥だ」

「え、魔獣だったのですか?」

「違う」


 とりあえず窓を開ける。

 小鳥さんは不機嫌そうに私の顔を見た。


「なんか食えるものはないか? 飯をカラスに奪われてしまった」

「ちょっと待ってて」


 なぜ鳥が話せているのかを聞き忘れた私は厨房に行き、翌日の仕込みをしていたシェフたちに食パンを一枚もらってきた。


 静かに私を待っていた小鳥にちぎった食パンを渡す。小鳥はすごい勢いで食べた。

残りは私の夜食にしよう。


「助かった。人間の作る食べ物は久しぶりだが悪くないな」


この口ぶりからして使い魔でもないらしい。魔獣でもないとなると何者だ…?


「まぁ、いいか!」

「ん?何だ?」

「いえ、なんでも」


 小鳥がパンを頬張っている姿を見たらどうでもよくなってきた。悪いやつじゃないはず。


「今度礼をする」


 小鳥は飛んでいった。不思議な時間を過ごしたな…


 小鳥が帰った後、悪夢を見ることもなく熟睡した私は現在、入学式に参加している。

異世界の入学式も中々に退屈だ。


 もちろん、今の私の頭の中は死亡回避についてばかり。


 王子と主人公に出会わないまま3年間を静かに過ごす。

きっとそれが1番楽だ。


 ネヴァー家は、超一般的な貴族であり王族との強い繋がりはない。

小説ではルーシェが入学式で王子に一目惚れするのだ。


 私は一目惚れなんてしない。だからフラグは折れるのかもしれない。

王子経由で主人公のことを知るのならば、王子にさえ出会わなければ大丈夫だろう。


 意外となんとかなるのでは? 希望が見えてきたわ!


「では、属性の測定を行います」


 アナウンスと共に生徒が1人ずつ謎の板に手を触れていく。そうすると板からその人が持つ属性を言われるのだ。そして属性ごとにクラスが分けられる。

私も何がなんだか分からないわ。板って喋るのか。

 

 私たちの属性は生まれた曜日で決まる。なぜならば生まれた曜日によって祝福を贈る精霊が変わるからだ。


「エルフィン王国編」では曜日と属性の関係についてだけ説明があったが、本編には精霊が全く登場していない。

他の作品には登場していた気がするが、今の私は「エルフィン王国編」以外の他のエトワールシリーズの内容はほとんど思い出せていない。


 つまり、精霊についての知識がほとんどない状態だ。授業をきっかけに思い出せたらいいのだけど。


「次、ルーシェ・ネヴァー」


 他の皆と同じように板に手を触れる。


 待って、ルーシェの属性って何だっけ?


 この世界の曜日は光、炎、水、樹、風の5つだ。主人公は確か光。

つまり、光の日に生まれ、光の精霊に祝福されたということだ。まぁ主人公といえば光属性だよな。そして王子は炎。


……ルーシェは? あんなに小説を読み返したのに、こういう時に限って思い出せない。


 スーパーで何回もメモを確認して、買い忘れはないと確信していたのに、家に帰ってきたら「これも買わないといけないんだった!」となってしまうあの現象に近い。いや違うな……


 頼む。炎以外、炎以外!!


「炎」


 絶望で崩れ落ちそうになる体勢と表情を気合いで保ちつつ、自分の席に戻る。


 色んな人が代わる代わる登壇し、何か高尚な話をしているが、頭に入るわけがない。

王子とクラスメイトになることが確定してしまったという事実はどうあがいても変えられないのだ。


 もう終わった………

きっと私がいじめていなくても

「ルーシェがいじめていた!」

って大勢の人たちの前で指さしのポーズにビシッ!という効果音つきで言われるんだ。


 今世こそ長生きしたかったです。


 式が終了したことで場所は移り、教室。


 たくさんの人が和気あいあいと交流をしている。

王子とクラスメイトになることが確定した私は、1人お通夜状態だ。


 そもそも前世で一度学生生活を終えた私は、もうあのキャピキャピ感は出せない。毎日教室の隅で本を読むポジションに収まるとしますか。


 ん? ボーッと外を眺めていたら、近くで金属製の何かが落ちた音がした。

恐らく誰かが私の机の横を通った時に落としたのだろう。落ちていたのは小さな鍵。


 この学園に通う人はほとんどが貴族の子だ。豪邸の鍵を持ち歩くなんてことはあまりないはず。何か大切な物をしまっている箱の鍵なのかもしれないわね。


 さっき私の机の横を通ったのは……あの人か。後ろ姿だけでイケメンと分かる。私の勘が彼はイケメンだと囁く。 


「あの、落とされましたよ」


声をかけると少年は振り向いて、「僕かい?」と言い……


 あ、この人、王子だ。


 小説の表紙に描かれている王子とビジュが一致している。明るく爽やかな笑顔。金色の髪に群青色の目だ。


「拾ってくれたことに感謝する。名を訊いても?」

「ルーシェ・ネヴァーと申します」

「僕はノーブル・エルフィン。これからよろしく頼む」


 この男こそがエルフィン王国の王子であり、私が絶対に関わってはならない男。


 いや、まだ取り返しはつく。ここは軽く挨拶するだけに留めて、印象を薄くする。

そして3年間静かに過ごす!


「こちらこそよろしくお願いします。あ、まだお渡ししていませんでしたね」

「あぁ、ありが……」


 鍵を渡した瞬間、ノーブル王子の表情が一変した。


「僕はこれを落としていたのか」

「はい」


 微笑んだノーブル王子は、その場に跪いて私の手を取った。


 その場に跪いて私の手を取った?? 

 何が起きた?


「この鍵が見えるということは、君が僕の運命の相手だ。結婚してくれ」


 なにをいっている? 


 王子が奇行に走ったことでクラスメイトたちの視線がこちらに集中する。

やめてくれ……!


「ど、どういうことですか?」


「すまない、大切なことを伝え忘れていた。この鍵は王族の者1人に1つ"生誕の祝祭"の後に大精霊から渡されるもの。鍵の持ち主と、持ち主の運命の相手にだけ見えると言われている。つまり」


 最悪の予想をしてしまいながら、次の言葉を待つ。


「この鍵が見えた君は、僕の運命の人だ」


友人よ、もしかしてこれは裏設定か?


 震えながら周りを見渡すと、窓から昨夜の小鳥がこちらを覗き込んでいるのが見えた。


小鳥はなぜか申し訳なさそうな表情をしていた。

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