【怪異ファイル01】ボタルダール森林保護区 その6
そこには顔に大きな傷があり、ミルクティー色の髪のいかにも優しそうな40代前半くらいの男性がいた。
「あら、アーノルド先生じゃない! 滅多に現場に来ない先生が、どういう風の吹き回しかしら」
カレンが満面の笑みで男性に抱きつこうとするが、すっと避けられた。
彼はアーノルド・ハインリヒ。五行国連合魔法省怪異対策課所属、位は特級魔法士。現在は43歳。怪異対策課という五行国連合の中でも異質な組織をまとめる第一人者。シモンとカレンは実質彼の直属の部下という事になる。アーノルドはシモンの魔法の師でもある。
突然だが、魔法士には位がある。この位は五行国連合が与える。
上から、特級、上位一級、上位二級、中位一級、中位二級、下位一級、下位二級、下位三級とある。特級の上にはたった1人が与えられる称号、全ての魔法士のトップ、「賢者」という存在がいる。
ちなみに、シモンも特級魔法士である。特級魔法士は現在世界に10人しかいない。
アーノルドは目を閉じた状態で話す。アーノルドは生まれつき目が見えない。しかし、感覚で大体が分かるそう。
「いや何、この少年の事が報告に上がったからね、少し気になって。ふふ、差し詰め“野良猫”といったところかな」
少年はアーノルドが話を振ると、警戒心丸出しで睨みつけた。
「ふふ、警戒して……これでは本当に野良猫じゃないか。君はシモンでも倒せなかった怪異を結果的には倒した。しかし、勝手に禁足地に入ったという罪がある。我々は規則に則って君を罰しないといけない」
少年は睨み続ける。シモンはそんな少年を見ながら思った。
(そりゃそうだわ。何がどうであれ一般人の禁足地への立ち入りは禁止されている。これが妥当だわな)
シモンがうんうんと納得しているのを見て、アーノルドはニコッと笑った。
「そこで提案なのだけど、君、怪異対策課に入らない?」
その場にいた職員、もちろん少年も含めて全員が固まった。そして、全員が否定に入った。
「いやいやいや、何考えてるんですか!?」
「何考えてんだ、こいつ」
「あらぁ〜面白いことになってきたわね」
「その子、どう見てもまだ成人前でしょう!? そんな子は就職できませんよ!」
「というか、ハインリヒさんの独断で決めていいものなのですか!」
「いや、俺も嫌だわ!」
職員に混じって、少年も抗議する。アーノルドはその様子を当事者なのに、さも部外者の様に眺めて笑う。
「至って私は正常だよ。野良猫くんも抗議してるけど、君には拒否権はないからね。というか君、戸籍無いでしょ。こんな平日の昼間に学校に行っていない、かつ、怪異に対して慣れすぎている。その他諸々のことから、君はこの世にはいない存在なんだと考えた。どうです? 合ってますか?」
「……だからどうした」
「おや」
少年は澄んだペリドットの瞳でアーノルドを見据える。アーノルドは相も変わらずニコニコとしている。
「俺は今まで戸籍なんてなくても生きて来れた。それの何処が必要なんだ? 戸籍なんてあっても、足枷にしかならない」
「頑固ですね。でもこの世界にいる以上戸籍は大切なのですよ。君がどう思おうとね……というわけで、野良猫くんの入社が決まったということで」
「待て待て待て、どうしてそうなる」
「おや、野良猫くんは嬉しすぎて声が出ないのですね。シモンが代わりに突っ込んで来ましたよ。はは」
(何考えてやがる、こいつ……なんか嫌な感じしかしねぇ。当たるな当たるな当たるな)
シモンは心の中で必死に願った。しかしそれもすぐに打ち壊されることになる。少年は声にならない声をあげている。
「戸籍はどうにかできますが……親族が必要ですね。ああ、そうだ、シモンの養子になりませんか?」
「「は」」
「ふふ、声が被るなんて、相性抜群ですね。これにはちゃんと理由があるのですよ。シモンは単独行動を唯一許されている職員です。年端もいかぬ少年を団体行動義務の職員達の中に入れるなんて、それこそ反発されます。だからこそ、大体外にいるシモンと行動を共にするのが一番いい案だと考えたのです」
淡々と訳の分からない理由を並べていく。
「最初は兄弟がいいかなとも思ったのですが、親子の方が行動しやすいかなと」
「俺の拒否権は無いんか! 勝手に話進めるな!」
「シモンは自由だからいいじゃ無いですか。それに、私がこんなに野良猫くんを手中に収めたい理由は君もよく分かっているでしょう?」
「……」
アーノルドは何を考えているか分からない笑顔で少年を見る。少し瞼を開いた。瞼の隙間から覗くのは銀色の瞳。
「私はね、普通の景色が見えない代わりに、
この言葉に職員全員が警戒体制をとる。少年は諦めたように答えた。
「分かったよ……見せりゃいいんだろ」
少年は服を捲し上げた。腹の辺りには先ほどシモンが見た赤い紋様が、今度こそくっきり見えた。
『鞘なる我より出で賜うて、其の身を顕せ給へ』
そして、手を赤い紋様に当てた。
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