【怪異ファイル01】ボタルダール森林保護区 その5
シモンが気づいた時にはもう遅かった。
(あ、死ぬ。これは死ぬ)
シモンは柄になく、目を瞑った。
――ガァッン!
鈍い音が響いた。
目を開けると、その斧は弾き飛ばされていた。シモンの前には昨日見た子供がいた。
深くローブを被り、顔はやはり分からない。
「おっさん、ぼーっとすんな。お前魔法使えるんだろ。さっさとあのデカブツに火をつけろよ」
子供だと言うのに少し低めの声。声からして、子供は男だった。
「何がおっさんだ! 言われなくとも燃やすわぁ! あんな危険分子この世の残しておく訳ないだろっ! 『ファイヤショット!』当たるなよ!」
「当たるわけねえだろうが。来いよ、
『鞘なる我より出で賜うて、其の身を顕せ給へ』
少年は詠唱のような言葉を呟きローブの隙間から手を出すと、腹の服を捲し上げ手をあてた。腹には赤い紋様が書いてあった。そして、1本の剣が出てきた。少年の体には合わない、細身だが長い剣。白に金があしらわれた剣。
シモンは全ての敵に気を配りつつ、その少年の剣を見る。それは刀と呼ばれるものだった。極東の曙の国にあると呼ばれるソードの一種。
(あのガキ、何者なんだ……っと、この男もいるんだったな)
シモンが蛇の化け物にファイヤショットを仕掛けていると、ゼフが飛ばされた斧を拾って、また襲ってきた。
「私が、私が、捧げます。捧げます、あなた様に。だからもっと私に富を」
「お前邪魔なんだわ。『バインド』」
シモンが無系統の束縛の魔法を使うと、簡単にゼフは身動きが取れなくなった。しかし、呟く。
「捧げます、捧げます、捧げます。もっともっと、富が欲しい。欲しい。欲しい」
虚ろな目でしかし、笑顔で、ゼフは呟く。シモンはゼフを端に避けると、手を化け物に向かって翳した。
「邪魔者がいなくなったから燃やしやすくなったわ。『フレイムブレス』さあ、こんがりになりな」
シモンが呪文を唱え、指を鳴らす。パキンという軽快な音の後にフレイムブレスによる轟音が鳴り響いた。周りの死体には一切炎は触れず、化け物だけを焼く。
しかし、化け物は炎の中から血走った目でシモンを見据えていた。そして、何かを発した。
「鄒主袖縺励◎縺」
「何が起きてるんだ!」
木に吊ってあった死体がゆらめき始めたのだ。
ゆら、ゆら、ゆら、
頭の白い布を食い破るようにして蛇が現れる。そして、それらは皆シモンに目を向けていた。シモンはそんな蛇達に向かって、これでもかと魔法を打ち込む。
「『ファイアショット!』『ファイアボール!』チッ、キリがねえ! お前は大丈夫かぁ!? って何してんだぁ! 馬鹿野郎! そんな剣如きがあの化け物に通用するわけねえだろ!」
少年は人間とは思えないジャンプをし、化け物に斬りかかっていた。化け物はニチャァと笑い、口を広げる。獲物が自ら飛び込んで来たのだと思ったのだろう。
ローブからシトリンのように黄色い、ブロンドの髪が見えた。ローブによって隠されていた顔もはっきりと見える。
少年は笑っていた。喰われるかもしれないのに。天使のように美しく、清廉な顔で笑っていた。
『祈りの神よ、我の真意を聞き届け給へ』
少年は何かを呟き、そのまま、切り伏せた。まるで柔らかいものを切るように、刃が通っていく。気づけば真っ二つになって崩れ落ちていた。
シモンはその光景をただ茫然と眺めるしかなかった。
化け物の叫びと共に、黒い、血のようなものが降り注ぐ。その日、ボタルダール森林保護区では黒い雨が降った。
***
「ちょ、濡らすなっ、ぼけ!」
「これは聖水。さっき怪異の血被ったんでしょ。清めないとダメなの。分かる? というか君、何処の子? ここは一般人の立ち入りは禁止なんだよ?」
「文句言わずに、言うこと聞いとけ。ぼけ」
シモン達は五行国連合怪異対策課の職員にバケツいっぱいの聖水を頭からかけられていた。
少年が化け物を倒した後、シモンがすかさず五行国連合怪異対策課に連絡したのだ。そして、シモンがあらかじめ収納魔法に持っていた魔法道具の鏡を使い、この場に来たという訳である。
ちなみにローブを引っぺがされ、びしょびしょになっているこの美少年こそ、先ほどの怪異を退治した張本人である。ブロンドの見事な金髪にペリドットの瞳。誰もが見てもうっとりする容姿だった。しかし――
「触んなっカス! 近寄んなぼけ!」
「こーんなにかわいい見た目してるのに、口が本当に悪い! 口を開けばお下品な言葉しか出さないの、これがいわゆるギャップって言うやつ? 躾甲斐があるじゃなぁい」
彼、いや、彼女の方が喜ぶであろうか。シモンと同期のカレン・ゴーヴァイドは見た目はとてもイカついが、心は乙女である。パワーこそ力の最強物理乙女である。褐色の肌に髪は可愛くピンク、真っ赤なリップ、紫のアイシャドウを塗り、マスカラバチバチの目には空よりも澄んだ水色が秘められている。
カレンは体をくねらせながら、少年に迫る。少年はこの世のものではないものを見たみたいに後退り、顔を引き攣らせた。
「こらこら、カレン、そこまでにしてあげなさい。怯えているでしょう」
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