【怪異ファイル01】ボタルダール森林保護区 その1

 おお、――様、我らがお慕いする――様。

 どうか、どうか、この村をお救い下さい。


 我々は貴方様の為ならば何でも致しましょう。貴方様の為ならば何でも捧げましょう。


 だから、どうか



 


***

「あ〜うっせ、うっせ、うっせぇわ……上の人間は。絶対動かないくせに、口だけはうるせえんだよな」


 シモン・ヴァルターは愛車の操縦をしながらボヤいていた。


「なーにが、シモン君はとても優秀だからね、こんな案件すぐに終わるさ、だぁ、めんどくせぇー、あ〜俺の時間返せ〜」


 シモンは肩まで伸びた自慢の黒色のストレートヘアーを耳にかけ、前髪をかきあげた。黒い瞳は苛立ちを隠せていない。道はガタガタで、時々シモンの荷物が宙に浮く。今どきそんな舗装の悪い道などそう無い。それくらい田舎に来ているのだ。


「はー、ここからの道は、ダメだな。ここは魔法を使わずに行こうと思ったが……しゃーないな」


『フロート』


 シモンの言葉に反応してふわりと車が浮く。そして、今までの速さとは段違いのスピードで駆け抜けて行った。





 ここは魔法が存在する世界、時は創世暦2024年。獣人種、人魚種、妖精種、そして人間種が存在し、共存している。魔法と科学が混ざり合い、魔法科学が発展し、日々進化を遂げた。約1000年前に全ての種族を巻き込んだ大戦があったが、今はその傷跡も癒え、小国同士の小さな小競り合いがはあるものの大きな戦争は起きていない。

 とても平和な時代なのだ。

 しかし、スマホが普及するようになり、簡単に世界の情報が手に入れられるようになった今、ある問題が発生した。スマホが普及していない時代にもあったが、それは摩訶不思議な事象であるのだ。


 そう、怪異事件である。

 魔法が存在する世界では、魔法でも科学でも証明できない不思議なことが起こる。それは人理の通用しない、恐ろしいものである。現在、世界には約50億人いるが、年間10万を超える人々が行方不明になる。それは世界各地で起きている怪異案件が原因とされており、それは突然やって来る。道を歩いていただけ、海に来ていただけ、なんなら、寝ていただけというものもある。

 このような人の常識が全く通じない怪異達を処理する人々がいる。五行国連合魔法省怪異対策課だ。個人経営で怪異処理を行っている業者もいるが、危険度が高い場合、五国連怪異対策課に許可を貰わないといけない。五国連怪異対策課は個人から国まで幅広く依頼を受け付けており、また、依頼がなくとも何らかの変異を観測した場合はすぐにその場に赴く。


 

 この、車を爆速で走らせている男、シモン・ヴァルターも五国連魔法省怪異対策課の1人。普通、怪異処理は隊列を組んで行うものなのだが、この男は別である。五国連に特別に認められた存在、最強の魔法士であるため、1人での行動が認められている。年に何度か本部に顔を見せないといけないのだが、シモンは自由に旅をして怪異案件をぶっ潰してきた。



「あ〜行けどもいけども、木、木、木! どこにそんな村あるんだよ! しっかしまぁ、いわく付きの森の近くにある村ね……」


 シモンは森林保護区の近くにある村に行こうとしていた。森林保護区というのはその名の通り自然を保全するための地区である。しかしこの地区だけ訳が違った。



『ボタルダール森林保護区』

 怪異ファイル「自然」に該当する地区。

 旅行からいつまで経っても帰ってこない息子を心配して、母親が怪異対策課に連絡。調べたところ、ボタルダール森林保護区に来ていた旅行者が何人も失踪していたことから事件が発覚。地域怪異度は失踪者が多数いるが、その安否は不明なことから、A認定とされ、怪異危険度はSとされている。



 

 地域怪異度とはその地区がどれくらい危険かを表す指標のような者である。その指標を以下に述べる。


SSS…五行国連合直々に禁足地指定&封印措置。一般人の立ち入り及び接近は一切禁止。調査には当域の市長と国の許可、五行国連合の許可が必要となり、起きた事故および死亡に関しては自己責任とするという同意書のサインが必要となる。未解明なことが多く、国内外のさまざまな種族が犠牲となっている。

 

SS…世界各国直々の禁足地指定&封印措置。一般人の立ち入り及び接近は一切禁止。調査には当域の市長と国の許可が必要。起きた事故、怪我、死亡案件に対して自己責任となる。未解明なことが多いが、SSSに比べると国内外の犠牲者の数が少ない。

 

S…当国直々の禁足地指定。一般人の立ち入り及び接近は一切禁止。調査には当域の市長と国の許可が必要。未解明なことも部分的にはあるが、SSに比べれば犠牲者の数が少ない。

 

A…当国直々の立ち入り禁止区域。一般人の立ち入りは一切禁止。専門機関や専門職が調査するには当域の市長の許可が必要。おおよその部分は解明済みだか、時々予想外の変貌を遂げる場合がある。犠牲者の大部分は国内の人間に限定されている。

 

B…市長直々の立ち入り禁止区域。一般人の立ち入りは禁止。危険度は低いので事前申告さえしておけば誰でも調査は可能。ただし、全ては自己責任となる。

 

C…公的に一般人の立ち入りは禁止。危険度は低いため、命の危険に晒される事はない。事前申告さえしておけば誰でも立ち入り可能。ただし全ては自己責任。

 

D…一般人の立ち入りは自由。ただし全ては自己責任。




 怪異危険度とは地区に限らず、怪異と言われる全ての確認された存在に対して付けられる危険指数のことである。

 上からSSS(必ず死ぬ)、SS(半分の確率で死ぬ)、S(帰れない、植物状態になる)、A(正気を失う)、B(怪我で済む)、C(何もしてこない)、D(幸福を呼ぶ)とある。




 シモンは少し車を停めて、事前にもらっていた資料に目を通していた。

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