第24話 自覚する感情

 さっきのことがあったから、今はデパートをうろちょろするのはやめた方がいいってことになり、荷物を置きに家に帰って来た。

 帰って来た奏多は、買って来たくまのぬいぐるみを抱っこし、疲労感を隠さずソファーに倒れ込んだ。路傍の石ころのようにぴくりとも動かない。



「奏多、大丈夫か?」

「……しんどい」

「そりゃそうか」



 あんなことがあったんだ。大丈夫なわけがない。

 ソファーの下に座り込み、くまに顔を埋めている奏多の頭を撫でる。

 俺の方を見ると、じっと見つめて目を離さない。



「京水……」

「なんだ?」

「……ッ。な、なんでもないっ。寝る……!」



 急に背中を向けてしまった。え、何? 俺、何かした?

 ……あ、耳まで赤い。かなり眠いのかな。昨日も夜遅くまで起きてたし……寝させてやるか。


 テーブルの上に帰る旨のメモ書きを残し、荷物を持って家を出る。

 照りつける陽射しが眩しい。風が埃と雨のツンとした匂いを運んできた。

 そろそろ梅雨か。季節の変わり目だな。

 移ろう季節を肌で感じ、興奮冷めやまぬ中、小走りで家に向かっていった。



   ◆奏多side◆



 ……帰った、かな。帰ったよね。玄関開いた音が聞こえたし。

 起き上がり、誰もいなくなったリビングを見渡す。……こんなに広かったっけ、ここ。

 テーブルに置かれていた書き置きを見て、またソファーに寝転ぶ。



『今日は帰る。また明日来るよ。おやすみ、いい夢を。──京水』



 ふふ。何がいい夢を、だ。カッコつけちゃって……。






 ──キュン






「〜〜〜〜!!」



 えっ。なっ、は!? キュンって、キュンって何!? 何がキュンってしたの!?

 慌てて起き上がり、全身の異常を確認する。特に何もない。少しだけ、心臓の鼓動が早いくらいだ。

 ……なんで早いの? ぼくの体、何が起こってるの……!?

 お、落ち着け。落ち着くんだぼく。慌てる必要はないぞ。

 2度、深呼吸をして、体の内にある悶々としたものを吐き出す。

 よ、よし。だいぶ楽になったぞ。……もしかして病気? 不整脈……!?

 どっ、どうしよう。とりあえず京水に連絡を……京水に……連絡……を……。



 ──キュン



「!?!?」



 まっ、またキュンって……キュンって……! 京水のことを思い出したら、キュンってしちゃう……!

 どうしたらいいかわからず、くまに顔を埋める。

 重く、苦しく、甘酸っぱく……でも離し難い、痛み。

 なんで……なんで急に、京水のことを考えるだけで、どこからともなく変な音が……!

 脚をじたばたさせるけど、まだそわそわする。自分のことなのに、理解ができない。

 立ち上がり、リビングをうろうろ、うろうろ。


 だ、誰に相談しよう。パパとママに連絡したら、絶対心配させちゃうし……。

 スマホのメッセージアプリを開き、連絡帳を見る。

 相談できる相手は、純恋さんか麗奈さん……だけ。アメリカの友達に相談しても、現状を説明しなきゃならないから論外。

 まだこっちに来たばかりだから、友達少ないなぁ……どっちに相談したらいいんだろう。

 考えること数瞬。3人だけのグループを作り、即グループ通話を掛けた。

 1人に相談するより、2人に相談した方が絶対いい!



『あーい、もすもすー』

『もしもし、奏多?』

「お願いたしゅけて……!」

『『えっ!?』』



 突然のぼくの言葉に、2人は電話越しに声を上げる。



「こっ、こんなこと初めてで……! ぼく、どうしたらいいかわかんなくて……!」

『おおおおお、おちちゅけカナち!』

『何があったんだい? よければ、私たちが聞くからさ。ゆっくり話しなよ』



 うぅ、友達あったけぇ。

 2人のおかげで、だいぶ落ち着けた。やっぱり言葉にするって大事らしい。

 もう一度大きく深呼吸をすると、今日あったことと、ぼく自身に変な症状が出たことを説明する。


 京水とデパートに遊びに行ったこと。

 くまフェスが可愛かったこと。

 記念撮影しようとしたらデブってからかわれて、貧乳って言い返したこと。

 そのせいでアヤをつけられて輩に絡まれたこと。

 それを京水が追っ払ってくれたこと。



「でねっ! そんなことがあってから、京水のことを考えるだけで心臓が痛いんだよ! キュンってしちゃうし、落ち着かないし! これって何かの病気かな!?」

『……え、麗奈。ウチら何を聞かされてるの?』

『さあ。惚気じゃない?』

『だよねぇ』



 通話越しに呆れた2人の顔が浮かぶ。

 そんなっ! ぼくはこんなに悩んでるのに、この反応はあんまりじゃないかい……!?



『えーっと……1ついいかな。奏多にとって、氷室くんはどんな存在?』

「そりゃ、大親友だよ。世界が敵に回ろうとも、ぼくはあいつの味方で、あいつはぼくの味方だ」

『おっも。……いや、失敬』



 重い……かなぁ? ぼくたちはそうは思ってないけど。



『私たちは、その自覚症状の原因はわかるよ。ね、純恋』

『まーねー』

「えっ!? な、何っ? 教えて……!」

『それは──』

『待った麗奈。ウチに任せて』



 麗奈さんの言葉を遮り、純恋さんが愉しそうに声を弾ませる。

 どうしよう。なんか不安。



『カナち、想像してね。目の前にキョウたんがいます。どんな気持ち?』

「……キュンて、しましゅ……」

『うんうん。それじゃあキョウたんが、頭を撫でてきたら?』

「ぅ……ゃばぃかも……」

『抱き締めてきたら? アメリカ人の挨拶みたいに、ハグしてきたら?』

「ぁぅぁぅぁぅ……!」



 そっ、そんなことされたら……ううううっ。体が熱い……!



『なるほど、これは重症だねぇ』

『そりゃ、昔から無自覚で想ってるなら、拗らせもするでしょ』

『言えてる(笑)』



 ぼくを他所に、2人は「はいはいわかってますよ」って感じでちょっとムカつく。いい加減教えてくれてもいいじゃないか……!



『いいかね、カナち。その症状の病名を教えてあげよう』

「は、はい!」

『ズバリ──恋わずらい』



 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………??????



「……は……ぇ……ん……? な、に……?」

『恋わずらいだよ、恋の病』



 何を言ってるのかわからない。コイワズライ? コイノヤマイ?



「は……はは……いや、そんな……」



 そんなわけない。だって、ぼくと京水は幼馴染みで、大親友で……『男友達』、で……。

 頭の中に、幼馴染みでも、大親友でも、『男友達』でもない京水で埋め尽くされる。

 否定したい。でも、否定したくない。

 矛盾した気持ちを抱えていると……。



『つまりカナちは──キョウたんが大好きで大好きで、たまらないんだ』



 純恋さんの一言で、すべてが瓦解した──。


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