天国と地獄

@879-n

 それは、僕が産まれた時の話。



 天国の凪いだ風が突如荒れ、死者に幸福のみをもたらすその地に異様な量の雨が降った。天使は文句を言いに殺到する死者への対応に追われ右往左往し、三日三晩そんな状態が続いた。

 天国の最奥、神像の前に、それは産まれ落ちた。



 黒い髪に青い瞳。尖った耳に鋭い犬歯。

 華奢な白い肌こそ天使のそれではあれど、それは天使には到底見えなかった。


 むしろその姿は天使の間で言い伝えられる地獄の使者、悪魔そのものだった。



 大天使カサリエルは苦々しげに告げた。

 この者は天使で間違いはない、と。その澄んだ白の髪を初めて雨ざらしにして、汚れ一つない天衣を荒れ狂う風に任せながら。


 彼はザシェと名を受け、すぐに天使たちの使命を全うし始めた。


 天使の使命は神によって天国行きを認められた死者への安寧の手配と、その情報の登録。基本はそれだけ。


 ザシェは物覚えが良かった。

 尖った耳はよく声を受け止め、青い瞳は素早く死者の生前書類に目を通した。

 されど、彼が任された受付窓口に死者が来ることはなかった。



「おいおい、あれが天使かよ」


「天使さんよぉ、天国のくせに1匹悪魔が混じってるぜ?」



 天国行きを認められた死者の半数近くは傲慢で、天使たちに横柄な態度をとった。安らかな眠りについたうえに神に安寧を約束され、好き勝手やっても誰も咎めないから。

 ザシェは、受付に誰かこないとノルマをこなせない。それをカサリエルに叱咤され、俯き謝罪の言葉をひたすら述べる日々を送るしかなかった。

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