レア
牛本
レア
ぐつぐつと鍋が煮える音がする。
「闇鍋とか、初めてなんだけど」
「え、僕も僕も~」
「お前もかよ……。ってか、闇鍋ってこんなに部屋の中暗くするのな。ちょっと危なくね?」
「まあ何とかなるっしょ!」
「そういうもんか」
真っ暗の部屋の中。
俺と友人は妙に高揚した気分で話していた。
「ってか、彼女と別れた慰め会がこれで良かったのかよ」
「うん! ちょっと僕もやってみたかったし、寧ろコレしかないだろって感じ」
「まあ、お前がそれでいいならいいけど……ってか、何持ってきた?」
「それを言っちゃ闇鍋にならないだろ〜」
「確かにな。……じゃあ、早速やるか?」
俺の言葉を皮切りに、それぞれ持参した食材を鍋に入れていく。
――ちゃぽんちゃぽん
次々と入っていく具材の音に、気分が高まってくるのを感じた。
俺の家でやってる関係もあり、俺は比較的自由な食材を選ぶことが出来たが、
果たして友人は何を持参したのだろうか。
今から楽しみだ。
暫く、鍋に具材を入れる音と、俺たちの小さな笑い声だけが聞こえる。
「……よし、俺は入れたぞ」
「僕も入れ終わったよ! え~楽しみだね」
「そうだな」
一拍。
「え、どっちからにする?」
「一番手は譲るよ」
「え、僕!? それ毒見だろ!」
「はは、どうかな」
「……はあ、仕方ないなあ」
彼女と別れて傷心中の僕にそんな酷いことをするなんて……など独り言が聞こえたような気もするが、気にしない。
――楽しいな。
俺も、少し変なテンションになってしまっているようだ。
友人と鍋をする為に取り出した
「じゃ、いただきます!」
「よし、逝け」
「逝けって……。あむっ……ん、コレは? ……なんだ、コレ」
「どんなの?」
友人の反応に、ソワソワしながら尋ねる。
知らず口角が上がるのを感じた。
友人は数度の咀嚼の後、「うーん……」と言って推察する。
「なんか……表面がトロトロしてて、結構香りが……チーズかな?」
「あ、俺が入れたやつかも。ベビーチーズ」
「それだあ! うまうまっ」
「当たりだな」
友人の喜びの声が闇に響く。
俺も少し、嬉しかった。
「――よし。主役が食ったことだし、俺も食べるか」
「なんだよ主役って」
「お前を慰める会だろ今日は……まあ、食いながら色々聞かせてくれよ」
「確かに……。聞いてて楽しいか分からないけど、いいよ! 非リアのお前には分からないかもしれないけどね」
「あ、お前そんなこと言う? 次はハズレ引くぜ」
「実はちょっと、ハズレも食ってみたい」
「分かる」
ハズレは闇鍋の醍醐味だからな。
そんなことを思いながら、俺は
何かが箸先に当たり、自分の存在を主張してくる。
「おっ、なんか当たった」
「早く食ってみてよ」
「まあ焦るなよ」
それを持ち上げると、中々の重さのものだ。
俺が用意した食材は比較的小さめのものが多かった為、友人が用意した食材なのだろう。
口元まで運ぶと、一気に頬張る。
「あっつ!」
「あはは! そりゃ鍋なんだからそうでしょ。バカだ」
「はふっほふっ……。はァ……。火傷するとこだった。ってか、肉? うまいなコレ」
「あ、僕が持ってきたやつだ! それはね……」
「待て、俺が当てる。……豚肉だろ」
「え、すげえ! そう! ブタ!」
中々、俺の舌も馬鹿に出来ないようだ。
柔らかな歯ごたえと、濃厚な豚肉の味が口の中で広がって、鍋の出汁も相まっておいしかった。
暗闇の中だからだろうか。
いつもよりも味が濃く感じる豚肉に、思わず頬が緩む。
噛めば噛むほど味が出るそれに、ホッと息をついた。
「うまかった。ってか、俺も当たりか……」
「まあまあ、いいじゃん」
「まあな。……じゃあ、お互い一口は食ったわけだし、お前の話聞かせてくれよ」
「マジで聞きたいー? 別に面白い話じゃないぜ」
「聞きたい。大学生ってのは恋愛話に餓えてんだよ」
「お前そういうキャラだっけ? まあ、いいけどさ……」
そう言って、友人は彼女との出会いを話し始めた。
「あいつと出会ったのはね、バイト先」
「定番だな。なんのバイトだっけ?」
「トンカツ屋」
「レアだな。肉だけに」
「僕はミディアム派だったけどね」
次に友人が引いたのはたこ焼きだった。
「明石焼きみたいなもんじゃん。美味しい」
「マジか。タコ焼きはハズレ枠のつもりだったんだけどな」
「うまいよ。食ってみ」
「闇鍋で目当てのもん探すのむずいだろ」
友人はたこ焼きをハフハフとしながら、話を続ける。
「そんで、シフトが被ることが多くて、仲良くなったんだよね」
「バ先の人ってそんな話す?」
「飲食は割と話すよ。お前はスーパーだっけ」
「そう。スーパーは全然話さないんだわ」
「それはちょっとキツイね……。まあ、そんでさ。仲良くなってデートして、付き合ったわけよ」
「デートねえ……。デートって、どんなことしたんだ?」
「競馬とか? まあ、定番だね」
「レアだろ」
もしエロいことしたいなら映画借りて家で見るのが手っ取り早いよ、なんて友人は言った。
俺は「こいつ、ダメかもしれない」と思いつつ、鍋から救出したものを口に入れる。
「あ、イチゴだ。……おぇっ」
「あははは! 吐くなよ? はは。……ってか、イチゴ入れたのかよ!」
「ちょっとな。……不味いわコレ」
「そらそうよ。明らかに合わないだろ」
闇イチゴをどうにか飲み込むと、未だに笑い続ける友人を睨みつけてやる。
勿論、闇の中なので俺の視線が通じることはない。
「はあ……。まあいいや。それで? 肝心な別れた原因聞かせてくれよ」
「当ててみてよ」
「あ~、なんだろうな。定番は……浮気かな」
「
「マジかよ」
「大マジ」
「ここはなんかレアであれよ。因みに殺した?」
「殺した」
「レアだ」
そんなやり取りに笑っていると、いつの間にか友人が何かを食べているようだった。
「うまっコレ。なにこれ」
「どんなの?」
「え~、なんだろ。コリコリしてて丸っこいの」
「なんだそれ。入れた覚えないぞ」
「え? ……ああ、じゃあアレかも。マジかよ~」
「お前が入れたやつかよ」
俺と友人は闇の中で静かに笑った。
「で、結局何だったんだよそれ」
「コレ? ああ、二個入れたから、一個残ってるよ。食ってみてよ」
「だから探すのむずいんだって……あ、コレか?」
「え、マジ? 天才かよ」
「ちょっと食ってみる」
箸で掴んだものはプニプニとし触感で、丸い形状をしているように感じた。
俺はそれを掴み、口内へと放る。
口の中で軽く転がし舌先で全体像を掴む。
ツルツルとした表面だが、少し歯で
「なんだこれ」
「……ふふ」
噛むと、中からジュワっと熱された液体があふれ出し、口の中を満たす。
ツルツルとした部分とコリコリとした部分は程よい歯ごたえで、中々おいしかった。
「……結構いけるな。なんだったのこれ」
「まあ、ネタバラシは後にしてさ。ちょっと元カノとのこと聞いてくれよ」
「え、なんだよ。別にいいけど……。でも、浮気されて別れたんだろ?」
「まあね。でもさ、実は僕もあいつが初めての彼女だったんだよ」
「知ってる」
「知ってたか」
友人は笑った。
俺は鍋に箸を入れると、口に運ぶ。
「……また豚肉かよ。まあ、うまいからいいけど」
「ブタね。そう……ブタだね」
「え、何が?」
「僕の元カノだよ」
俺の咀嚼音だけが暗闇に響いた。
「え、ごめん。どういうこと?」
「あいつさ、俺との一年記念日に浮気相手とセックスしてたんだぜ」
「……マジかよ。因みに……?」
「
俺は吹き出すのをこらえるのに必死だった。
「……ふう。最低だな。許せねえ」
「ああ、最低だろ? ああいうの、メス『ブタ』って言うんだよな」
「確かに……。……ん?」
咀嚼していた『豚』肉が口から零れたのは、無意識だった。
いや……これは、本当に『豚』の肉なのだろうか。
思えば、豚肉よりも味が濃かったり、柔らかかったり、違う部分があったような気がする。
――だとすれば。
俺が今しがた咀嚼していた肉は、なんの肉だ。
先程口にしたプニプニとした球体のようなものは――
「……なあ、コレ。なんの肉?」
「え、ブタだよ?」
――闇鍋は俺が思っていた以上に、闇が深いものらしい。
闇鍋が終わり、電気をつけた俺たちは満腹で炬燵に突っ伏していた。
友人が顔を上げて俺に尋ねる。
「それで? お前何入れたの」
「俺はチーズとイチゴとたこ焼き。お前は?」
「僕は高級豚肉と豚の金玉。金玉は精力つくらしいよ」
結構レア物だったんだよ、と友人は言う。
どうやら、普通に豚だったようだ。
俺は安堵からくる溜息を吐き出した。
「はあ……。なんだ、俺はてっきりお前の元カノ食っちまったのかと」
「僕も食うのに入れるかよ。サイコパスか」
「お前なら有り得ると思ったわ」
そんなやり取りをしながら、暫く他愛もない会話を交わす。
日が落ち、外が暗くなってきた頃。
「……よし、何時までもお邪魔してる訳には行かないから、そろそろ帰るよ」
「おう。気をつけてな」
「ありがとう。また闇鍋しようね」
「次は普通のがいいわ。闇鍋はレアだからいいんだろ」
「そうだね。じゃ、またね」
「おう」
後日。
友人が殺人で逮捕された。
「殺しマジだったんかい。レアだな」
レア 牛本 @zatu
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