第26話 彼らの選択

 ヴァルツが【光の放出ホワイトホール】を放って、少し。


「大丈夫ですか?」

「ありがとうございます」


 ルシアが順に人質の縄をほどいている。

 彼らの顔にはすっかり不安はなくなっていた。


 そして、

 

「……っ」

 

 それを横目でチラチラ見つめるヴァルツ。


(僕も解放してあげたいのに!)


 どうやら『人々を解放する』という優しい行為は体がこばむらしく。

 またも、ヴァルツの強力な意思力が働いているのであった。


 それならばと、ヴァルツは下方へ視線を戻す。


「どんな気分だ?」

「……ぐっ」


 目の前にいるのは、魔王教団の者たち。

 彼らは手足を縛り上げられた上、ヴァルツの【闇】によって動けなくされている。

 どう足搔あがいても逃げることはできない。


「本当は殺すところだったがな」


 だが、ヴァルツは殺しそれを選択しなかった。

 彼の中の「正義のヒーロー」像はそうではないからだ。


 またその考えは、ルシアも一緒のようだ。


「……」


 ヴァルツは、先ほどのルシアの言葉を思い出す。

 破壊魔法を放つ瞬間の言葉だ。


『ヴァルツ君! その人たちを──』


 あの後のセリフは、ヴァルツには手に取るように分かった。


『殺さないで』


 そう言いたかったのだろう。

 実際にそれは当たっていた。


(僕と君は似ている……なんて言ったら、元のヴァルツは怒るだろうか)


 二人は理解しているのだ。

 “憎しみは憎しみしか生まない”と。


「……」


 ヴァルツはふと前に視線を向ける。


 そこには、放った【光の放出ホワイトホール】の破壊の跡が残っている。

 トンネルを掘ったように大きな穴が空き、先には地上の姿も見えている。


 あの物理的破壊魔法は、施設を破壊したのだ。


(教団のアジトは、ここのみだったはず)


 ずっと隠れて生きてきた教団には、研究施設はこの場所しかない。

 唯一の居場所がなくなった教団は、これ以上研究はできないだろう。 


「お前達は終わりだ」


 さらに、今さっきルシアによって王国警備隊へ通報が入った。

 到着するなり教団は連行されるだろう。


 ヴァルツは、あくまで『罪をつぐなわせる』ことを選択する。

 これが彼なりの『ヒーロー像』なのだ。


 そんなヴァルツに、老人が口を開いた。


「ヴァルツ・ブランシュ、貴様は甘い」

「……」

「いずれ後悔するぞ」

「フッ」


 それでも、ヴァルツは傲慢ごうまんな笑みを浮かべる。


「それがどうした」

「……!」

「その時は後悔それごと叩き潰す。今回のようにな」


 そうして、向こうから優しい声が聞こえた。


「君で最後だね」

「あ、ありがとうございます……!」


 ルシアの人質解放が終わったようだ。

 そちらをヴァルツもチラリと確認する。


(よかった!!)


 全員ケガもなく無事だったようだ。


「……ヴァルツ君、ちょっといいかな」

「ああ」


 それから、ルシアがヴァルツの方へ向かってくる。

 正確には教団の方へだ。


 そして、教主に向かい合ったルシアは一言。


「アトラ村を知ってますか」


 アトラ村それは、ルシアの故郷の名前。

 魔王教団によって滅ぼされた村だ。

 

 ここまでくれば、教主も嘘をつかない。 


「知っておる」

「村を襲ったのは、あなたたちですね」

「そうじゃ」

「……」


 だが、教主はニヤリと笑った。


「だったら、我らをどうする?」

「……ッ!」


 その言葉に、一瞬目を開くルシア。


「……ふぅ」


 それでもすぐに落ち着きを取り戻す。

 一つ深呼吸を入れ、再び教主に向き合った。


「罪を、しっかりと罪を見直してください」 

「それだけか?」

「……はい」


 ルシアの目にはどこか怒りも感じられる。

 それでも彼は淡々たんたんと述べた。


「罪を見直し、次は人に役に立ってください。これ以上、人を不幸にしないために」


 それだけを言い残し、ルシアは背を向けた。

 怒りを抑えきれなくなる前に、目をそむけたかったのだろう。


(ルシア……)


 それでもやはり、中のヴァルツと共通するものがある。

 ルシアもまた『罪をつぐなわせる』ことを選択した。

 これ以上、憎しみを連鎖させないために。


 そして、人質の元へ戻ったルシア。

 彼の元にみんなが集まる。


「助かりました!」

「すげえかっこよかったぜ!」

「さすがはルシアだ!」


「い、いや、僕は全然!」


 人質解放の英雄として、もてはやされているみたいだ。

 

「……」


 寂しいヴァルツの周りとは対照的に。


(どうして!)


 やはり人望の差なのかもしれない。

 ──だが、そんなヴァルツにも仲間はいる。


「ヴァルツ様!」

「ヴァルツ君!」


「……!」


 リーシャとシイナだ。

 二人はルシアにお礼をした後、ヴァルツの元へ駆け寄ってきた。


「私は信じておりました! ヴァルツ様!」

「本当に助かったよ!」

「……邪魔だ」


 目を逸らしながら鬱陶うっとうしそうにするヴァルツ。

 それでも内心ではホッとしている。


(二人とも、本当に良かった)


 さらに、もう一人。


「ヴァルツ・ブランシュ君!」

「!」


 そこには、相変わらず探偵の格好をした少女──サラだ。


 以前にキュオネが暴走した時より、彼女はヴァルツの行動に不信感を覚えていた。

 主に、言動と行動が見合っていないということについて。


 そして、意を決したようにサラが口を開く


「君はやっぱり……」

「フン」


 しかし何かを言いかける前に、ヴァルツが視線を逸らした。


魔王教団こいつらが気に入らなかっただけだ。お前たちはおまけに過ぎん」

「……ふっ!」

「何がおかしい」


 対して、サラは思わず笑った。


 すでに気づいているのだ。

 ヴァルツが本当は良い人だということは。


「じゃあ今は、そのおまけとやらに感謝しておこうかな!」

「……!」

 

 また、それを機に他の者たちもヴァルツの元へ寄ってくる。

 

「た、たたた、助かりました!」

「感謝しかございません」

「私なんかでは目障りでしょうが、本当に心より感謝を!」


「……!」


 どこかまだおびえた様子、かしこまった様子はある。

 それでも、確かに感謝はされている。


 そんな言葉に、ヴァルツはくるりを背を向けた。


「……愚民ぐみん共が」


 ヴァルツの意思力が、勝手にそうさせたのかもしれない。


「ヴァルツ様……」

「も~いじっぱりめ!」


 その光景には、リーシャとシイナも嬉し気な表情を浮かべる。

 同時に、入口からは到着した王国警備隊の姿が見えた。


「そこまでだ!」

「まず人質の安全を確保!」

「教団を連行する!」


 この場のヴァルツの役割は終わったのだろう。

 ならばと、背を向けたまま口にした。


「俺は帰る。後は好きにしろ」


「え、ヴァルツ様!」

「最後までいなよ~」


 リーシャとシイナが声を掛けるが、今は聞く耳を持たない。


「黙れ。俺に指図するな」


 そう言い残してヴァルツは飛び出す。

 少々強引にも思えるその行動。


「……フン」


 だがそれは、とても傲慢には見えない表情を隠すため、意思力が働いたからなのかもしれない。

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