第16話 因縁の父

 入学試験を終え、帰りの馬車の中。


「……」

 

 僕は考え事をしていた。


 試験結果は後日に届くとのことなので、一旦後回しだ。

 それより、今から重要な事が起きるんだ。


「体調がよろしくありませんか? ヴァルツ様」

「……問題ない」


 右隣のメイリィがそんな様子を察してうかがってくる。

 でも、これを口に出すことはできない。


「……チッ」


 ここは王都だ。

 ということは、とある人物・・・・・がいる。

 僕はその人物に呼ばれ、今から顔を合わせることになった。


 その人物とは、ヴァルツの父──『ウィンド・ブランシュ』。


 僕の父にあたるその人物については、実はよく知らない。

 ゲームでもそれほど出番がなく、ヴァルツに転生してからもほとんど関わってこなかったからだ。


 だけど、さいしゅうばんになって一度。

 実の父であるはずのウィンドは、とんでもない行動を起こす。


『どうか息子を殺してくれ』


 主人公のルシアにそう頼み込むのだ。


 その頃、ヴァルツはすでに悪事を起こし、ラスボスとして提示されている。

 だが行方が掴めなくなってなっていたヴァルツを、ウィンドの推測によって主人公達が居場所を突き止める。


 そこで最終決戦を行い、ヴァルツははジ・エンドってわけだ。


「……っ」


 主人公側からすれば、貢献してくれた人物だと思う。

 でも、僕からすれば裏切り者に等しい。


 僕はそんな人と今から顔を合わせる。

 正直、不安なんてものじゃない。


 そんな僕に、


「ヴァルツ様?」

「……!」


 今度は隣のリーシャが話しかけて来た。


「やはりお悩み事でもあるのではないですか?」

「……大丈夫だと言っているだろう」

「ですが──」

「黙れ」


 でも、こんな未来の情報を知ってると言うわけにはいかない。

 ここは黙秘が正解だ。


 ……とそこまで考えて、ふと疑問に思う。

 

「というより、なぜお前が乗っている?」

「そんなの当たり前ではありませんか!」


 リーシャが顔をぐっと近づけて口にする。


「お父様にご挨拶するためです!」

「……お前は」


 今更ながら勝手だなあ。

 父と会うということでリーシャに構っている暇がなかったけど、冷静に考えればおかしい。


 試験場を去った後、馬車に乗ろうとしたらすでに彼女がいたんだ。

 帰らせようと父に会う旨を伝えると、余計にくっ付いて来たんだ。


「私は将来を約束された身ですので!」

「……フン」


 でも、こんな彼女の明るさに励まされている時はあるかもしれない。

 現に今だって、言い合っている内に暗い気持ちが消えつつある。


「騒がしい女だ」(ありがとう)

 

 そうして、馬車は父との約束場所に向かった。







 約束の場所である屋敷に到着する。

 ここが王都で働く父の住まいだそうだ。


 そして、僕たちは顔を合わせた。


「よく来たな、ヴァルツ」

「……ッ」


 この男が、ウィンド・ブランシュ!


「それに、君が聞いていたリーシャ・スフィアさんだね」

「はい」


 リーシャはしゅくじょのような返事で頭を下げた。

 さらに、すっとスカートの両そでを少し持ち上げる。


「メルト王国はくしゃくリーシャ・スフィアと申します。お見知りおきくださり光栄です」


 ……え、リーシャこんな挨拶できたんだ。

 まるで・・・貴族みたいじゃないか。


「これはこれは、ご丁寧な挨拶で」

「……! はいっ!」

「フッ、少々おてんばなところも残っているようだがね」

「ハッ! こ、これは失礼いたしました!」


 少し我が出てしまったリーシャに、ウィンドは笑みを浮かべた。


「ははっ。いいんだ、君ぐらいの年齢なら元気がある方が似合っているよ」

「……あ、ありがたきお言葉です」


 リーシャを顔をかあっと赤くして再度お辞儀をする。

 そんな中で、気になることが一つ。


「……」


 現時点では、ウィンドが特に悪そうには見えない。

 というよりむしろ優しい父という感じにすら思える。


「では皆の者、入ってくれたまえ」


 でも、油断はしないぞ。





「「「あははははっ!」」」


 食卓に笑い声が広がる。

 酒の入った父やリーシャ、メイリィのものだ。


「……チッ」


 もちろん、ヴァルツの口からそんな笑い声は出ないけど。

 そうしてまた、リーシャが口を開く。


「さすがでございます、お父様」

「いやいや、そんなことはないさ」


 ウィンドの屋敷にお邪魔して、しばらく時間が経った。

 その間、僕たちは用意されたディナーをたしなみながら、ずっと話をしていたわけだが……。


「ヴァルツも元気そうで安心したぞ」

「……黙れ」


 ウィンドはめっちゃ良い人・・・・・・だった。


 そのうえ盛り上げ上手で、リーシャやメイリィの多少の言葉遣いの乱れは気にもしない。

 むしろ、もっとフランクに接してほしいという感じだ。


「はっは、傲慢ごうまんなところは変わらんがな」

「いいえウィンド様。ヴァルツ様にも可愛いところはあります」

「お、そうなのか。もっと聞かせてくれないか、メイリィ」

「もちろんでございます」


 おかげでずっとこの調子だ。

 もはや完全に談笑になっている。


「そんなことがあったのだな、ヴァルツ」

「……覚えていない」


 ウィンドはこうしゃく家の当主だ。

 そのため、ここ王都での仕事が忙しく、中々家に帰れなかったらしい。


「だが正解だったな。ヴァルツをあのパーティーに参加させておいて」

「何の話だ」

「ヴァルツの事が心配でね。何か縁ができればと参加するよう言ったんだが……」


 あのパーティーにはそういう意図があったのか。

 そして、ウィンドはニヤリとしながらリーシャに視線を移す。


「まさか、こんな良いお相手を見つけて来るとはね」

「そんな! お父様に直接言って頂けるなんて!」

「いやいや、本音だよ」


 リーシャが両手を合わせて喜ぶ。


「もったいなきお言葉。ということで、ヴァルツ様……」

「は?」


 さらに、彼女がキラキラさせた目でこちらを向いた。


「これからも末永くよろしくお願い致します」

「だから、違うと言っているだろ……!」

「もう。この後におよんでヴァルツ様ったら!」

「ぶっとばすぞ、てめえ!」


「「「あははははっ!」」」


 結果的に、ヴァルツの傲慢な態度も受け入れられた。

 こんな言い方をされて笑ってくれるのは、僕にとってはすごくありがたいことだ。


 こうして、会食の時間は過ぎて行った。







 外もすっかり暗くなり、後は寝るだけの時間帯。


「ヴァルツ」

「あ?」


 風呂から上がり、寝室へ行く間際にウィンドから呼び止められる。


「本当に成長したな」

「黙れ」

「父として誇りに思うよ」


 どこまでいっても優しい笑顔。

 僕の中の恐怖はすっかりなくなっていた。


「学園は来週からだろう。合格通知が来るまでの数日は不安だと思うが──」

「俺が落ちるとでも?」

「ははっ、そうだったな」


 それから、ウィンドは最後に伝えてくる。


「リーシャさん、大切にしろよ」

「……」

「おやすみ、ヴァルツ」

「……ああ」


 ウィンドが去って行き、ふと窓から夜空を見上げる。


「……」


 やっぱりウィンドは良い人だった。

 それなら、どうして最後にヴァルツを裏切るようなことをしたんだろう。

 

 何か揉め事を起こした?

 喧嘩別れをした?


 いや、違うな。


 はじめから優しかったんだ。

 優しすぎた・・・・・がゆえ、ヴァルツの傲慢な行動を止められなかった。


 最後に裏切ったのは「これ以上息子が悪い事をする前に止めてくれ」と、そういうメッセージだったのかもしれない。


 ヴァルツを理解しようとしていたからこそ、彼の居場所を推測できたのだろう。


「……」


 相変わらず口調は傲慢のままだ。


 だけど、そんな悲しい未来にはさせない。

 僕はヒーローになりたいんだ。

 悪事に手を染めるつもりは一切ない。


「おやすみなさい。父さん・・・


 この命では縁を失わないように。





───────────────────────

初期設定だったので補足すると、最後にヴァルツが「おやすみ」と口にできたのは、『人前ではないから』ですね!

ヴァルツは強力な意志力によって人前では傲慢な口調ですが、一人の時は中の口調をそのまま出すことができます。

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