これが俺の第二の人生(セカンドライフ)

黒影夢人(クロカゲユメビト)

第1話 急展開


 歩き慣れた執務室への長い廊下。床にはレッドワイン色のカーペット、壁は漆黒で染められており、THE・魔王城な感じだ。…実際魔王城なのだが。壁にはこの国の生活風景をテーマにして絵描かれた絵画や等間隔に置かれる色とりどりの花が生けられた花瓶。花瓶の水は指定された時間にいつも入れ替わっているので花たちも生き生きとしている。


 そんな道のりを目的地に近づいていくたび悪いことを告げる第六感が強くなり不安に苛まれながら内心、嫌々に歩を進める。俺がこれから向かうのは、ここの城主であり、この国の女王でもある魔王様の居る執務室だ。


 足を止めると目の前には見るからに高級な木材で作られた漆黒の両開きの扉。扉を前にして一瞬嫌な思い出が蘇る。今まで魔王様に付き合わされてきた無茶ぶりは数しれず。今度はどんな無茶ぶりを要求されるのやら。思わずため息が溢れる。

 

 最近の行動を振り返っても呼び出される理由は他にない。強いて言うなら自身が担当する部署の魔術、錬金術の在庫の費用を増やしてほしいという提案だが…無いと分かってはいるが出来ることならそれであってほしい。それ以外での呼び出しは面倒だから。     


 目の前の扉を重々しく開ける



「ぬぁ〜〜…!ねっ、あと一粒だけ!あと一粒だけだから!ねっ!お願い〜。」

「駄目だ!幾つ食べたと思っているんだ!!」



 そこには、飴をもう一つと懇願している目を奪われるほど美しい白髪を両サイドに結んでおり宝石を思わせる赤い瞳を潤ます少女と色とりどりの飴玉の入った木の器を少女の手に渡らない様に高く持ち上げている真紅の髪を伸ばし血を彷彿とさせるこちらも赤い瞳持った長身の男性の何時ものやり取りが繰り広げられていた。


「…また、何やってるんですか。」


半ば呆れるような声で二人に声をかける。 すると、二人も俺が声をかけるとやっと俺に気づき俺の方へと顔を向ける。


「あっ!ちょっと聞いてよクロムちゃん!リンベルくんが意地悪で飴くれないんだよ!?」

「はぁ…」

「クロム!魔王様の言葉を信じてはいかん!先程から何度も何度も『あと一粒だけ』と言い続けるのだ!このままでは今日中に提出しなければならない書類が終わらん!」

「へぇ…」



 俺の上司であり白髪の少女がこの国のトップ魔王ルシエル・フォン・ガルシア様もう一人、赤髪の男性がこの国のトップを支えるリンベル宰相である。



 正直、二人のいつもの言い争いには微塵も興味がないので早く本題に入ってほしい。俺は二人の質問に空返事で答える。二人はそのまま、言い争いを続ける。国のトップと国の宰相が飴一つでここまで言い合えるさまは見ているだけなら少し面白い。だが、今回は俺も無関係ではない。二人の話し合いが終わらぬ限り俺はここに居続けることになる。早く終わってほしい。心からそう思ってはいるが俺は止める気はサラサラない。何故なら面倒くさいから。あと、自主的に終わってもらわないといくら止めても争い続けるから。


 暫くして話に折り合いがついた頃やっと本題に入ることができた。結局、飴玉戦争はリンベル宰相の勝利で収まった。

魔王様が落ち込みながら、今日俺を読んだ理由を話し始める。



「はぁ…。待たせてごめんね、クロムちゃん。」

「いえ、(面白いものが見れたので)大丈夫です。」

「そう?なら、よかったけど…。あっ!そうそう、今回呼んだのは他でもないクロムちゃんだからこそ頼めることがあって呼んだんだ!」

「俺だから頼めること、ですか?」

「そう!今回のことについて、元はヤギョウさんからの提案だったんだけど、何だか面白そうだからやってもらおうと思って!」



 先程の落ち込み具合から一気に晴れ渡るような笑顔を見せると突然、俺の師匠の名前が出てきた。しかも、今からやらされることが元は師匠考案とは……。嫌な予感しかしない。魔王様の満点の笑顔からも察せられるほど。長年(と言っても三十年程度だが)魔王様の下で働いてきた俺の勘が言っている今回のは相当やばい、と。額から頬に伝って嫌な汗が流れる。


             

「という、訳でクロムちゃん『達』には3年間人間の国の学校に行ってもらいまーす!!」

「………はぁ!?」



 場を盛り上げるように拍手しながら「ワァーイ!パチパチパチ!」と笑顔で、さも良いことでもあるように祝う様に言うが俺にとっては迷惑この上ないことだ。何故なら_



「お待ち下さい、魔王様。申し訳ありませんがその頼み引き受けられません。」



 俺は、魔王様の声を遮りそう言い放った。魔王様はキョトンと顔を少し右に倒しながらあざとく聞いてくる。



「え〜〜〜!?なんで!!?すっごく楽しそうなんだよ!?」

「そうかも知れませんがそれをするに至っては色々と問題が生じます。」



 まず、俺が担当している部署での仕事や管理しているものについて、俺が一時的とはいえ抜けている間の損害、そして何より俺の(魔術についての)研究の時間が少しでも奪われることについて(一番大事)大まかに三つ俺が行けない理由について話したのだが…



「えぇ~?別にクロムちゃんが担当しているところはクロムちゃんが居なくても問題なく動けるし管理は他の人に…ほら!クロムちゃんの補佐のベニザクラくん一人でも十分に出来るでしょ?だから損害とかないし…あと!何かあったら呼ぶことになると思うけどクロムちゃんだったら呼んだあと数秒で来てくれるでしょ?研究の時間は…まぁ!クロムちゃんには無限に時間があるんだから別にあとにしても大丈夫でしょ!だから、問題ないよ大丈夫!」



 満面の笑みで俺の抵抗が虚しくも無駄に終わった。俺は、リンベル宰相に何とかしてくれと視線を合わせたが見事に目を逸らされる。きっと、宰相も抵抗はしてくれただろうが止められなかったのだろう。

 本当は行きたくない。『学校』という単語にはいい思い出なんてものはないし、そもそも魔族側の俺がそんな簡単に人間のいる学校に行ける訳なi…



「あっ、そうだ行き先は『リベリオン王国』の黄昏学園だよ!学園長が僕のお父さんと知り合いだったから、特別に入学許可を頂いたんだ!勿論、学力テストは受けてもらうけどね!」



 終わった。お互いに協力関係結んでいて一番多様性のある国だし、しかも前魔王様とつながりある人?が学長やってるし、終わった…ん?てか魔王様さっき…



「『俺達』って言いましたか?」

「え?言ったよ。」

「え?俺の他にもいるですか。行く奴」

「もちろん!一人で行かせないよ!」



 ……なら、いいかな?何か俺一人は理不尽な気がするし、一緒に行ってくれるやつがいるなら、死なば諸共って言うしな!何より切り替え大事!無駄な抵抗はしないほうが身の為な気がするしな。



「…分かりました。引き受けます。」

「おっ!急にやる気になったね!やっぱ一人は寂しかった?」

「いえ、そういう訳じゃありませんが…共にきてくれる仲間が来てくれるのは心強いですね。」

「それ、本当に心から思ってる?」

「………。」

「えっ。なんで急に黙るの。なんで優しく微笑むの!?ちょっ怖!?」



 もちろん、心からそうは思っていないので優しく微笑んで誤魔化しておく。そういえば結局、誰が来てくれるのだろうか?そこは気になるところ。微笑むのをやめいつも真顔に戻しそれを魔王様に聞いてみる。


「それで魔王様。」

「うわっ!?…何?」


 いや何驚いてるんですか。そんなに行き成り無表情に戻ることがびっくりすることか?…いや、びっくりすることか。まぁ、驚いたことについては見なかったことにして。


「…そういえば魔王様、俺の他に誰が学校に行くんですか?」

「あぁ、そうだったね。リンベルくん例のリストを。」

「はい、魔王様。」


 先程まで空気だった宰相が魔王様の問に応えると空中に小さな黒い球体を出しそこから綺麗にまとめられた薄い紙束を出す。それを魔王様が受け取ると俺に渡してきた。俺もそれを感謝の言葉を述べてから受け取りざっくりと目を通す。すると、そこには俺の知っている奴らの顔写真が乗っており、どの紙にも承諾のハンコが押され、Signの欄には顔写真に当てはまるように名前が書かれていた。唯一、ハンコも押されてなくSignの欄にも無記入なのは俺の顔写真が乗っている紙だけだ。それが意味すること、それはつまり俺以外の奴らは全員承諾、しかも殆どが魔王城で働いており、全員が俺の関係者。



 明らかにおかしい。これ絶対仕組まれているだろ。だが、そう気づいたときには時すでに遅し。魔王様の前で言った発言はそう簡単には取り消せない。そう、最初からもしかしたら呼び出されたときから決まっていたことなのかもしれない。それに先程の発言からしても。


『あっ、そうだ行き先は『リベリオン王国』の黄昏学園だよ!学園長が僕のお父さんと知り合いだったから、特別に入学許可を頂いたんだ!勿論、学力テストは受けてもらうけどね!』



 行く場所は既に決まっており、しかも学校まで決定された後、極めつけには学園長には既にコンタクトを取って入学許可も出ている。俺がYESと言う前に。これにはもう完全に俺を学校に行かせるという意思が見て取れる。多分、俺が拒否し続けていたら無理やりにでもサインを書かせようとするだろう。というか、もう決定事項だったのなら俺の許可いらないのでは…。



「どうしたの?クロムちゃん。」



 俺が静止したまま紙とにらめっこしていると魔王様が無邪気な笑みを向けながら声をかけてくる。魔王様は俺が気がついたことを知り楽しそうに意地悪な笑みを浮かべる。


「…魔王様、最初っから俺に拒否権なんてなかったんでしょう?主犯格は…師匠ですかね?」

「さぁ?どうだろうね。リンベルくんは何か知ってる?」

「いえ、何も。クロムの勘違いでは?」


意地悪な笑みを浮かべ続ける魔王様に聞いてみてもはぐらかされ、宰相も魔王様に聞かれるが知らず存ぜぬを突き通す。しかも俺の勘違いだ何だと言う始末。完全に弄ばれている。



 まぁ、つまるところ逃げ道は無いのでサインするしかないんだがな。俺は無言で紙に自分の名前を書く。



『カゲミヤ クロム』 と。



俺は執務室から出ていき、そのまま自分の職場に戻る。研究室に戻ると魔術と錬金術について研究をしている研究員(部下)たちからお帰りと声をかけられる。なんて、温かい職場だろうか。先程の執務室での空気とは大違いだ。

 


 そして、自室への扉を開け部屋に入るとそこには、艶のある綺麗な黒髪を後ろに少しまとめた俺よりもずっと背の高い男が椅子に座り机に置いてある書類をまとめていた。すぐに俺が戻って来たことに気づくと書類をまとめていた手を止め、俺に顔を向ける。すると優しい笑みを浮かべながら声をかけてきた。



「おかえり、じょっちゃん。」



先程まで書類に向けていた真剣な顔はどこへやら今は慈愛に満ちた大人の余裕さえも感じさせる笑みが俺に向けられていた。変わった呼び方で俺のことを呼ぶのは俺の補佐官であり従者でもある紅桜(ベニザクラ)だ。毎度毎度、仕事でも私生活でも世話になっている。優秀な仲間でもある。


「あぁ、ただいま。すまないな残りを任して。」

「えぇで、魔王様に呼ばれたんやからしゃーないやろ。」



 俺が魔王様に呼ばれたときに残りの仕事を任せていたことを謝ると優しくフォローしてくれる。ホンマにできた子やで〜。因みに彼が似非関西弁なのは俺が教えたからなのでこの異世界だと結構違和感があるらしい。まぁ、田舎者の方言だと思えば納得は行くだろうしどっかの島国では似た喋り方があるそうなので問題はない、と思いたい。本人は気にしていないのでそれはそれでいいのだが。



 紅桜が席を立ち書類の確認を求めて近づいてくる。…相変わらず背がデカイ。俺の身長は紅桜の胸元ぐらいしかないんだが…。流石にでかくしすぎたなと少し考える。

 というか驚きなのがこいつの背の高さが魔族の中では5番目の大きさらしいのだ。…じゃあ俺は何番目何だという話だが…いやいや身長は気にしないと前にあれほど考えたじゃないか、考えたじゃ…無理だな。俺は邪念を払うようにして頭を左右にふると紅桜に向き直った。


「あ、えっとじょっちゃん?大丈夫か?急に頭振って。」

「いや、何でもない。それよりも書類の確認だろ?見せてもらえるか。」

「了解、じょっちゃん。」


 俺は紅桜から書類を受け取ると俺が普段仕事をするときに座る椅子に座り早速書類に目を通す。紅桜は、俺の右後ろに立つと俺が書類を読み終わるまで待っている。別に座って待っていてもいいのだが本人が側で待ちたいというのでこのままにしている。本人がそれでいいならいいんだが。流石に立て込んでいるときは無いんだが俺としては少し申し訳ない気もする。だが仕事をしていれば何度もあるので慣れてきている。慣れって怖いな。



「そういや、さっき魔王様に呼ばれとったけど結局なんの用事で呼ばれてたんや?」

「あ~…いやそれについては後で話そう。まずは、先にやってたこっちから片付けないとな!」



 なんとか、その場を勢いでしのいだ。話せば長くなるからなまずは、こっちを片付けてからに使用。決して話すのが何かメンドーになったとかそういうわけではない。多分。

書類は普通に最近の研究成果と残りの在庫についてなどさほど目立った点もなく問題もないのでそのまま承諾した。その他の仕事についても軽く終わらせておく。


 さて、一息ついて紅桜の淹れてくれた紅茶を飲みながら先程執務室で起こった出来事をなるべく分かりやすく話した。


「で、結局リベリオン王国の学校に行くことになったんやな。」

「あぁ。それで俺が居ない間、と言っても放課後になったらこっちに戻っては来るんだが、戻ってくるまでの間の仕事を少しお前に任せたいんだが…」

「えぇで、じょっちゃんは学校楽しんで行きな!」



 相変わらずの良い奴。優しさ溢れる笑顔を俺に向けながら嫌な顔一つせず、しかも『楽しんで行きな』なんて声をかけれるのはお前しか居ないよ。俺だったら絶対そんなこといわないから素直にその心の器のデカさを尊敬する。全く、長く一緒にいるが何があったら俺の性格の悪さに影響されずに育つんだか。……いや色んな事があったから、か。


 少しの間もの思いにふけっていたが紅茶の香りでゆっくりと思考が現実に戻っていく。うん、そうだ。過去は過去だ。それ以下でもそれ以上でもない。現状、特にこれと行った目立った事件もなく、問題なく何ら変わりない平穏で賑やかな日常生活を送れている。今は。………いや、今はよそう。悪いことばかり考えても意味はないからな。

 

 今度こそ悪い考えを頭の中で振り払い、紅茶をゆっくりと自分を落ち着かせるように飲むと。正面に座って一緒に紅茶を飲んでいる紅桜に向かって、いつも通り感謝の言葉を告げる。



「ありがとな。紅桜、紅茶を淹れてくれて。」




 今ある平穏を噛み締めながら。俺は今日も生きている。第二の人生を、性懲りもなく。




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