あれは何だったんだろう

森 三治郎

インパクトあり


 これは、A君から聞いた話です。


 

 児島こじま聡子さとこが廊下を歩いて来た。見る者すべてが奇妙な違和感を覚えたのだ。

聡子は端正な美しい顔も涼しげに、真っ直ぐ前を向いて歩く。ぺたぺたと、足音だけが廊下に響いていた。

そう、聡子は裸足だったのだ。異様な違和感、静けさの正体は、聡子の素足だった。


 当然、高二Aクラスの教室は、ザワついた。

『なぜ?』との疑問がわくが、誰も言い出さない。美しく、成績も良く、品行方正の優等生。そして、自分にも他人にも厳しい。冷徹な人が、より厳しい顔をしていたからだ。

「児島さん、どうしたの?」

クラス委員長の下山が、皆を代表して聞いた。

「なにが」

「靴、履いてない」

「気にしないで」

「ん~、気になる」

「校則に靴の指定はあるけど、裸足はイケナイとは無いわ」

「・・・・・」


 ホームルームが終わり、一時限目の数学の時、助川先生が気付いた。

「児島くん、靴はどうした」

「気にしないで下さい」

「ん~、そうは言っても、気になる」

「先生の職分は何ですか。生徒に数学を教える事でしょう。私の事は気にせず、職分を全うして下さい」

「かと言っても、目の前に生足があっては・・・・」

教室がざわついた。

「イヤらしい」

「スケベだ」

「そんな目で生徒を見ていたの」

「確かに、目の前に生足があっては、気が散るよな~」

「先生、修業が足りないな~」

「いや、そんな~」

助川先生は、顔を赤くしながらも「コホン、授業を始めます」と体勢の立ち直しを図った。



 その日は、いろんな憶測が飛び交った。


1、イジメ説

主に先生方が思ったこと。教育委員会、町の文教課、議員、マスコミを意識しての事前策らしい。

一時限が終わると、緊急職員会議が開かれた。

「イジメではないのかね」

「それが、何とも。本人は気にしないでと言うばかりで・・・・」

「罰ゲームとか、とにかく裸足で登校するなど尋常じゃないですよ」

「早急に調査をしなければ」


2、犬に追われた説

「犬に吠えられ、逃げる途中で靴が脱げたんじゃない」

「それで、裸足に」

「う~ん」


3、犬のフン説

「犬のフンでも、踏んだんじゃない。彼女、潔癖症みたいだからこんな靴履けないなんて捨てちゃった」

「児島さん潔癖症なの」

「そんな感じがするじゃん」


4、水虫説

「そうじゃないと思うなぁ。児島さんは、水虫なんだよ。それも重度の。年頃の花も恥じらう乙女がね、中年のオヤジみたいにアグラをかいて足をポリポリなんて出来ないだろ。それで、裸足」

「う~ん」

「そんなことある訳ない。却下」


5、貧乏説

「児島さんちは貧乏で、靴底ががれたけど新しい靴が買えない。それで裸足に」

 「お前んちと一緒にすな。だいいち、貧乏人は独特の感じと匂いがあるもんだ。ありえない」

 「そうなの」


6、カルト教説

「怪しい宗教に、はまったとか」

「う~ん」

「無いね」


7、サイコパス説

「異常人格が発露した。いわゆるサイコパス」

「何で裸足なんだ」

「う~ん」


8、靴フェチ、ヘンタイ説

「身内に、オジさん何かのヘンタイが居て、児島さんの靴をナメまわしているとこを見てしまった。それで靴を履けずに裸足に」

「それは、衝撃的だな~」

「そ~かも知れない」

「そんなこと、ある訳ないじゃん」



 いろんな憶測が飛び交ったが、児島さんが黙したままなので真相は解らずじまい。

次の日、その翌日も彼女は体調不良ということで休み。

休みあけに登校した時は、ちゃんと靴を履いていた。

あれは、何だったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あれは何だったんだろう 森 三治郎 @sanjiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ