青の犬

真花

第1話

 日曜日の午前中は、川沿いの散歩道がいい。毎日の散歩では出会わない、この街の住人ではない人々が歩いているからだ。ナチュラルに、だけど私が一番美しく見えるように化粧をして、犬のアオのリードを引きながらゆっくり目に道を歩く。

「げ。あの犬青い。気持ち悪っ」

「マジで青い!」

 分かっていない小学生の反応はそんなものだ。私は微笑を崩さない。こちらから何か言うこともなく小学生は退散する。すれ違う大人は違う目で私達を見る。

 まずアオを見て、私を見て、またアオを見る。

 ほとんどの人がそのまますれ違って、聞こえる声のこともあるし、聞こえない声のこともある。

「あれ、ブルードッグだよ。すごい」

「超レアじゃん」

 ときに、声をかけて来る。私は柔和に、さも大したことではないかのように応じる。

「あの、ブルードッグですよね?」

 その女性は宝物を見る目をしていて、私はそれだけで満たされる。

「はい。アオちゃんです」

「初めて本物見ました。テレビで見たことはあったんですけど、実在するんですね」

 私はもっと褒めてもらうためにサービスする。

「どうぞ撫でてやって下さい」

 女性は犬好きらしい所作でアオを撫でる。

「柴犬なんですね」

「そうです。毛の感じが最高ですよね」

「本当ですね」

 女性はひとしきり撫でて、ありがとうございます、と頭を下げて去って行った。

 一年前、テレビ局に勤める高校の同級生から連絡があった

明美あけみ、青い犬飼わない?」

「犬ねぇ。どうして?」

「来週放映する番組で、青い犬が誕生したって、番組でやるんだ。めっちゃ希少だよ、今は。それで、放映したら多分、いや間違いなく、値段が爆上がりすると思う。それで、そうなる前に明美ならそう言うの欲しがるかなって思って」

「何よ、私ならって」

 同級生は電話口で笑う。

「だって、好きじゃない、昔から。あと、お金も持ってるだろうし」

 多分、仲介手数料を取るのだ。でもそれは別に気にならない。

「どれくらい希少なの?」

「世界に百匹いない。今後は増えて行くとは思うけど」

「それは希少だね。……お値段は?」

「三百五十万。それに飼うならもう五十万くらいは見といた方がいいかも。年間でだけど」

「悩めるお値段だね」

「今日中に決めて欲しい」

 私はいったん電話を切って、まずマンションの規約を確認した。ペット可だった。そりゃそうだ。何人もの住人が犬を連れて散歩に出ている。

 同級生の言う通り、希少なものは好きだ。青い犬はとびきりの希少性を携えていて、生き物と言うことを除けば即買いの案件だ。だが、むしろ生き物であることが希少性をさらに上げている。このチャンスを逃したら恐らく一生このクラスのものとは出会えない。

 私はスマートフォンを手に取る。

「早かったね」

「まあね。これでも悩んだ方だよ」

 青い毛をした柴犬が家に届いたのは、番組の放映の日だった。

「アオ」と安直に名前を付けたのは必要以上に愛着を持たないためだった。

 それから毎日散歩をしている。最初は近隣の人々からの眼差しがたまらなかった。だが、隣人達はすぐにアオの青さに慣れて、普通の犬として接するようになった。そこで、休日に街の外の人もかなり訪れる川沿いの散歩道をアオを連れて練り歩くようにした。

 知名度はあるが手に入らないものと言う塩梅が、人々の視線を形作り、その視線に私は満たされる。よだれが出そう。

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