行燈の光
秋花/道明煌々
第0話
ぽつ、ぽつ。
暗夜に光の点が浮かんでいた。辺りにはツユクサが茂っている。ミズハの腿まで伸びた葉は、掻き分ける度に擦れた音を鳴らした。
目頭が熱かった。年長から離れてはならないと言われていた。彼らの後ろを追いかけているうちに、奥まった林に入り込んでしまっていた。
お天道様にかざした緑の葉が綺麗だったのだ。じっと見つめていたら、童子たちとはぐれていた。どこを歩けば家路に着くのか。気づけば下りきった夜の帳の下で途方に暮れていた。
小指の先ほどの光が宙を飛び交っている。半分は涙で滲んで見えた。決壊すれば早いもので、ミズハは声を上げて泣いた。今年で齢四つになろうとしていた。
――ほ――ほ――ほたるこい
唄が聞こえた。男とも女ともとれる。声が交じっているようだった。
あっちのみずはにがいぞ
こっちのみずはあまいぞ
光が左右に散る。ツユクサの長い葉先が肌を掠めた。
手が見える。白い手が暗闇から手招いている。瞬きをすると、無明の闇に溶けて消えた。
ほたるこい——やまみちこい
足元で、ツユクサの根本が折れた音がした。
川を下り。野山を歩き。開けた場所に行き着いた。ミズハは人里離れた村にいた。ひとけがなく、虫の音すら聞こえない。唄は止んでいる。甘い香りがした。
匂いを辿った先に一軒の屋敷を見つけた。大人一人を優に超える土塀がぐるりと囲んでいる。表面が削ぎ落ちた土塀の入り口は、不用心にも開いていた。
敷居を跨ぐと、屋敷の全貌が見えた。瓦屋根が月明りに照らされていて、表面には緑苔が覆っていた。軒下には蜘蛛の巣が張り巡らされている。庭の草木は伸びきっていた。
がたついた玄関引き戸を滑らせる。
土塗れの草履で土間を汚す。迷いのない足取りで床板に足跡をつけた。乾いた足跡が散見していた。
広い廊下を歩く。壊れた戸口を潜り、階段を降りる。先には鉄の蔵戸があった。一尺の隙間には一寸先も見えない。戸を横に滑らせると、小さな身体を滑り込ませる。
両手を伸ばす。おぼつかない足取りで奥へと進む。むせ返るような甘ったるい匂いに唾が湧いた。頭がぼうっとして目尻に涙が溜まる。
ミズハは、ようやく足を止めた。同時に、ふっくらとした頬に涙が滂沱と流れた。
格子はない。代わりに部屋の四隅に札が貼られている。
八畳の部屋を二つ繋げた空間に、主はいた。端から端までを使い、巨躯を横たわらせている。天井に面した角には長方形の小窓がある。外の地面から一尺、横に三尺くり抜いた壁の穴からは月の光がこぼれている。月光が落ちた地面は黒く塗りつぶされ、彼の白い地肌は光を発しているようだった。
涙は止まらなかった。愛に溢れていた。両の目がミズハに向けられていた。尖った鼻は狐に似て流麗だ。薄い皮を貼り付けた山型の耳は天井を指している。骨ばった犬の体は艶やかで美しい。尻尾は赤い縄を根元で束ねているように見えたが、その一本一本は意思があるがごとく蠢いている。背を埋め尽くす小さな目玉は光を浴びた川面のように輝いていた。
呻き声が出る。頭の隅から隅までを突如占領した、目の前の生き物を口いっぱいに頬張りたかった。
一生を、お天道様に透かした木の葉のような二つの瞳に見つめられたかったのだ。
「こいつもだめか」
尾が傘のように大きく広がる。
赤く塗り潰された視界は暗転した。肉の潰れた音がした。
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