ジャンク・イン・ザ・ボックス

スミレ

パニックガールは失敗らない!!


「そんなに落ち込んで、どうしたのかなっ?」


 背丈の低い少女が、ボクを覗き込んでいた。

 真っ黒な髪をツインテールにした、漫画みたいな女の子だ。

 派手なメイクに、黒いミニドレス。駅前の路上から、彼女はものすごく浮いている。


「その、予定をドタキャンされて……」

「おっと、それは気の毒に。大事な用だった?」

「大事な用っていうか、久々に会えるはずだったからヘコんじゃって」


 うんうん、と神妙しんみょうな顔で頷く少女に、つい余計なことまで喋ってしまう。


「それは残念だったね。でも大丈夫!

 代わりにキミに、とっても素敵な時間をプレゼントしようっ」


 少女は満面の笑顔を見せた。

 そこでボクは、警戒心を募らせる。


「失礼だけど詐欺ですか? それか宗教?」

「あっ、そういうのじゃないからご安心を!

 お説教しません! 壺も売りませんっ!」


 少女は、大げさな身振りで否定する。

 怪しいというほどではない。でもすごく変な子だ。


不肖ふしょう、パニックガールと申します!

 人を笑顔にしてご飯を食べる、おっちょこちょいな女の子だよっ」

「パニックガール……?」


 え、まさか本名ではないよね?

 首をかしげるボクに、パニックガールが指をパチンと鳴らす。

 すると、いつの間にかボクの手に、カラフルな名刺が収まっていた。


『大道芸人――ひよっこのパニックガールをよろしく!――』


 落書きのような文面をまじまじと見つめるボクに、彼女は笑いかけた。


「これから路上でショーをするんだ! よかったら見においでよっ」


 彼女は両手を振りながら、兎のように軽やかに去っていく。

 その動きに合わせて、ドレスの裾がふわふわと揺れるのが見えた。

 そして、そのふところからハンカチが落ちるところも、バッチリ見えてしまった。


「あっ」


 慌てて落ちたハンカチに駆け寄る。シルクの白いハンカチを拾いあげた時には、パニックガールの姿は遥か遠くだった。


「待って、パニックガール!」


 彼女の名前を呼ぶのが恥ずかしくて、声がか細くなる。

 当然、先を急ぐ彼女には聞こえない。


「パニックガールっっ!!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ。周りの視線が痛いほど突き刺さる。

 でもその甲斐があって、彼女はようやく振り返った。そしてボクに気がついて――にっこり笑って手を振ってくれた。

 違う! そうじゃない! ファンサービス欲しいとかじゃないから!


「もう!」


 パニックガールはそのまま建物の角を曲がり、姿を消した。

 僕は息を切らしながら後を追う。

 すると、道を曲がった先で、人だかりができていた。


『ねえ、大道芸人だって』

『あんな可愛い子がやってるの、珍しいね?』


 聞こえてくる声で、この先にパニックガールがいると確信する。

 雑踏に飛び込み、ちょっとだけ強引に前へ出ると、そこに彼女はいた。


「あーっ、どきどきするなあ。

 こんなにたくさんの人前で披露することないからなー。

 ドジしたらごめんねっ」


 彼女はちょうど、ボウリングのピンみたいに大きなこん棒を3つ4つと増やして、ジャグリングをしているところだった。


「わーいっ、上手いんじゃない? ――おっとと」


 突然手元が狂い、こん棒が手からこぼれ落ちる。周囲がどよめく。

 でも、それもつかの間のこと。彼女はひょいと足でこん棒を受け止め、器用にジャグリングを再開した。


「もー、またやっちゃったっ。

 足使ってジャグリングはマナー違反って言われたのにねー」


 おどける彼女に、どっと笑い声混じりの歓声が沸く。

 ラジカセから流れる間の抜けた音楽と嚙み合って、気が付けばそこは、立派なショーステージになっていた。


「じゃあ、せっかくだから足技も見せとこっかな?

 一輪車か竹馬か、どっちがいいかなっ」


 不思議な感覚だった。

 さっき、すごく変だと思っていた子が、同じはずの路上でこんなにも輝いている。

 日常で見かけないツインテール、派手なメイク、大げさな振る舞い。

 彼女の全てに、そこから繰り出される妙技に、目が奪われる。

 顔が、熱い。


「――ああっ! しまったあっ!」


 突然、パニックガールが叫んだ。


「せっかく手品をやろうと思ったのに、ハンカチを落としちゃった!」


 そこで、やっと我に返った。

 ボクは人を押しのけ、強引に前に出る。


「パニックガール!」


 ボクの声に気づいて、パニックガールはこっちを見る。

 そして、あの満面の笑顔を浮かべた。


「わーっ! 親切なお友達が落とし物を届けに来てくれたよっ」


 ん? とボクが違和感を覚える暇もなく。


「ありがとっ。じゃあ手品道具ちゃん、戻っておいで!」


 彼女がパチン、と指を鳴らした途端。

 ボクの持つシルクのハンカチが、突然真っ白な鳩に変わった。


「え、ええっ?」


 飛びずさる僕から鳩が飛び立ち、パニックガールの手に止まる。

 その瞬間、割れんばかりの拍手が起きた。

 彼女がボクにウインクするのを見て、ようやく理解する。

 ボク、手品の仕込みに使われた?


「……あははっ」


 すっかり騙されてしまったと、思わず笑みがこぼれる。

 パニックガール。なんてプロのおっちょこちょいなんだろう。


「不肖、パニックガール! みんなを笑顔にしてご飯を食べてますっ。

 ――だからもっと笑顔が欲しいな!」


 笑顔と拍手と歓声に包まれて、彼女はにっこりと笑う。

 この日、パニックガールは最後まで、1度たりとも芸を失敗しくじらなかった。

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