空中国家

@fujisakikotora

空中国家

人 物

鈴置ノア(25)軍人

カスバル(65)農家

リン(10)カスバルの孫

上官(45)鈴置の上官

斜山シャルル(21)鈴置の部下



○納屋(夜)

   包帯だらけの鈴置ノア(25)が、藁

   を積んだだけのベッドで目を覚ます。

   そばに破れた軍服が畳んである。

   ぼんやりとした目で辺りを見る鈴置。

   隣室、裸電球の下でカスバル(65)

   が鳥を捌いている。

   血が飛び散り、羽が舞う。

   一気に覚醒し、腰に手をやろうとした

   鈴置、そのまま痛みと体の硬直で体勢

   を崩してベッドから転げ落ちる。

   振り向くカスバル。

   鈴置、それでも自分の腰のあたりを探

   るが、失神する。

   カスバル、その様を見て、棚の上に置

   いた拳銃に目をやる。

   × × ×

   カスバルが手を貸して再度鈴置をベッ

   ドに横たわらせる。

カスバル「寝ておれ。墜落したのだ。生きていたのが不思議なくらいだぞ」

   苦しげに横たわった鈴置。

   しばしその顔を眺め、作業に戻るカス

   バル。

   ヤギの鳴き声。


○同(明け方)

   包帯の減った鈴置が目を覚ます。

   フラフラと立ち上がり、納屋の戸口ま

   で行く。

   戸を開くと、広大な平原。

   目を凝らす鈴置。

   はるか彼方に、巨大な要塞のシルエッ

   ト。わずかに地上から浮遊している。

   煌々と明かりが灯り、重厚な機械の唸

   りが響いてくる。

鈴置「よかった。俺を置いて行かないでくれ」

   座り込む鈴置。

   薪が落ちる音。そちらを見る鈴置。

   リン(10)が鈴置を見て、怯えた表

   情で薪を落としたまま固まっている。

鈴置「(弱々しく)やあ」

   リン、薪をそのままにして逃げ出す。

   再び失神する鈴置。


○カスバル家・居間(夜)

   食卓に質素な夕食が並んでいる。

   席についているカスバルとリン。

   食前の祈りを捧げようとしたリン、突

   然怯え出す。

   カスバル、リンの視線を追う。

   戸口に鈴置が松葉杖で立っている。

カスバル「驚いたな、もう立てるのか」

鈴置「世話になった。いかねば」

カスバル「食事をどうだ。これが済んだら、君に持っていこうと思っていたんだ」

鈴置「不浄な物は食べない」

   リンが椅子から転げ落ちて、床から怯

   えた目で鈴置を見上げる。

鈴置「(苦笑して)なんにもしないよ」

カスバル「この子の親は君らの軍隊に殺されたのだ」

鈴置「……」

カスバル「それに生まれつき口がきけん」

鈴置「……」

カスバル「君らの国では、そんな子どもはもう生まれんだろうがな」

鈴置「遺伝子操作されていない子どもは、私が最後の世代にあたる」

カスバル「……」

   カスバル、再度椅子をすすめる。

カスバル「かけなさい、大尉」

   鈴置、躊躇してから席につく。

鈴置「階級章がわかるのですか」

カスバル「……」

鈴置「……そうだ、私の軍用レーションは」

カスバル「燃やしたよ」

鈴置「燃やした?」

カスバル「不浄の食べ物と言ったな」

鈴置「……」

カスバル「あの合成食料と化学薬品の栄養剤はどうなんだ。あれを食べ物と呼ぶのか君たちの国は」

   リン、おずおずとやってきて鈴置の手

   元に木製のフォークを置く。

カスバル「ありがとうリン。食べてみろ。少なくとも君たちの政府が言うほどの毒ではない」

   カスバル、焼いた鳥の手羽元を裂く。

   中に詰めたハーブと肉汁が溢れ出す。

   顔をしかめていた鈴置、目を見開く。

   大きく腹がなる。

カスバル「(笑って)おお。ほれ」

   カスバル、笑う。

   リン、声を立てずに笑っている。

   鈴置、しぶしぶ鶏肉を一口かじる。

   その肉を噛みしめるうち、鈴置の目に

   涙がたまる。

   次々と、肉を頬張っては涙を拭く鈴

   置。

カスバル「(痛ましく微笑んで)うまいか」

   鈴置、子どものように頷きながら肉を

   食べ続ける。

   それを優しく見るカスバル。鈴置の咀

   嚼音とすすり泣き。

   ×  ×  ×

   大皿に鶏の骨が山になっている。

   放心したような表情の鈴置。

鈴置「なんだったんです」

カスバル「何がかね」

鈴置「なんという食べ物です」

カスバル「ただの鶏だよ」

鈴置「あの草は」

カスバル「野菜だ。それと果実」

鈴置「……」

カスバル「すべて、この辺りで採れたものだ。この不浄の大地で」

鈴置「大地で取れたものは毒だというのは、嘘なのですか」

カスバル「君らの政府は明らかに誇張して情報を伝えている。だがこれらが無毒かといえば確かにそうではない。長期的になにか影響がでてくるのか、それは誰にもわからん」

鈴置「……」

カスバル「だが一つだけ確かなことがある」

   鈴置をまっすぐに見るカスバル。


○空中要塞・外観

   青く光る巨大なデバイスが、浮遊する

   要塞の底面で唸りを上げている。周り

   の空気は歪んで見える。

   立方体の足場に乗った技術者が、デバ

   イスを点検している。


○空中要塞・オフィス

   塵一つないオフィス。

   軍服を着た鈴置が敬礼をしている。

   デスクに座った上官(45)。

上官「よくぞ生還した」

鈴置「はっ」

上官「わが国が永久に地上を放棄するまであと2日しかなかったぞ。不浄の大地に置き去りにされなくてよかったな大尉」

鈴置「……お聞きしてもよろしいですか」

上官「どうした」

鈴置「カスバル、という名前に聞き覚えはありますか」

   上官、青ざめる。

上官「剣呑だぞ大尉。20年ばかり前、少佐でありながら脱走した、我が軍の面汚しの名だ」


○同・食堂

   広大で無機質な食堂。

   鈴置、皿に乗った立方体の食料を見て

   いる。

   周りを見回す。

   皆、無表情にそれを口に運んではさっ

   さと席を立っていく。

   直線的なフォークを握りしめる、鈴置

   の手。


○同・監獄(夜)

   鈴置が独房で俯いている。

   足音が近づいてくる。

   鍵の音。

   顔をあげる鈴置。

   斜山シャルル(21)が入ってくる。

斜山「大尉!何事です。脱走未遂ですって? 墜落したとき頭でも打ったんですか」

鈴置「……」

斜山「もうすぐなんですよ。鈴置さんも不浄の大地をやっと離れられるって言ってたじゃないですか」

鈴置「……」

斜山「何があったんです」

鈴置「不時着して、農民の世話になっていた」

斜山「はあ」

鈴置「お前……」

鈴置、言葉を探す。

斜山「はい?」

   鈴置、懐から小さな肉の塊を取り出

   す。

鈴置「これ食ってみろ」

斜山「なんです藪から棒に……これ、不浄の食べ物じゃないですか」

鈴置「いいから」

斜山「嫌です。そんなもの携帯してるだけで罪なんですよ」

鈴置「いいから食え!」

   鈴置、突如立ち上がって無理やり斜山

   にそれを食べさせる。

   斜山、やがて抵抗をやめてそれを咀嚼

   する。

斜山「なんすかこれ……」

鈴置「鶏だ」

斜山「鶏……」

   斜山、不思議そうに口の周りの脂を指

   ですくって舐めている。

斜山「……うまい」

鈴置「合成食料ではない、大地で生まれて、食べて、走り回り、そして血を流して殺されて、焼かれた鶏」

斜山「……」

鈴置「これを食べたとき、俺にはあのじいさんの言いたいことが分かってしまった」

斜山「なんです」

鈴置「人は、土を離れては生きられない」

斜山「……」

鈴置「斜山よ、この軍が、この国が、どうしてもこのまま大地を捨てて空中国家なんぞになるなら」

斜山「……」

鈴置「俺はこの国を捨てるぞ」

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