面倒な町民共にお灸を据える
田舎町といっても、ほとんど村と変わらない古めかしい風情。
ホークウッド。
それが新たな住処である。
王都エルタからの移住者を、ホークウッドの人間は快くは思っていなかった。
というのも、エルタに住む多くは、身分がそれなりに高い者で構成されており、豊かな生活を過ごしてきたからだ。
言わずもがな、王都外の貧乏地区の人間からすれば妬ましい話である。
自分たちは目の前の生活で精一杯であるのに、彼らはこんな田舎町から、王都と同等の税を敷いて奪うのだから。
田舎町に家を持った俺たち。格安で借りただけあって、隙間風が多い。
バルグデル改め、母の姓であるネルタルを頂き、アーク・ネルタルと名乗る。
魔法認定儀式を受けてからというものの、魔法学書を読み漁り、独学で初級魔法を身に付けていった。
それだけの才能を今の俺には持っているようだ。
ただし、中級魔法以上は体の負担が大きいとされ、俺の今の体では少々危険を伴う。今は初級魔法のみでアレコレと工夫を凝らしてみよう。
住民たちからは白い目を向けられ、俺なんかは同じ年の子たちに石を投げつけられる始末。波風絶たせないのが母や姉のためだと思って大人しくしていたのだが――。
◆――◆
「なんだい、これを売ってほしいのかい? こんなものアンタたちの口に合わないでしょ」
「い、いえ。そんなことありません」
野菜に肉、田舎町でもそういった市場はあるが、大体は冷たい態度をされて足元を見られる。
「じゃ、2000クリラね」
2000クリラは、日本円で2千円に値する。
たかだかニンジン一本でボッタクリもいいところ。
ちなみに200クリラが妥当な相場だ。
「さすがに高くはないでしょうか?」
「そんなこと言うなら、消えな。こっちだって冷やかしを相手にしているんじゃないよ」
性格の悪いクソババァだ。
俺の手を繋いだ母の手にグッと力が入る。
「……わかりました。結構です」
母は日に日に笑顔を失っている。
そもそも父の家を出てからというものの、子供である姉と俺にばかり飯を与えて、自分はろくに飯を食べていないのだ。
父の財源がなければ俺たちは貧乏人である。
母はこの意地悪な人間関係の中、飲食店で働き始めているようだが、やはり職場でも酷い仕打ちを受けているようだ。
まぁ、このまま自分の家族が痛めつけられているのを黙って見ているほど、薄情な俺ではない。
母と姉が寝静まった頃。
俺は魔法で練り上げた自分とそっくりのコピー人形を生成し、ベッドに横たわらせる。
気配を消して外に出た俺は、オンボロなフードコートを被り顔を隠す。
野菜を高値で売りつけたババァには、追跡探知機能の効果を及ぼす魔法を仕込んでいたので、彼女の住処はいとも簡単に辿れる。
平屋の一室。どうやら夫婦は別々の部屋で寝ているようで助かる。
足音を消す
ピタッ。
冷たい刃物が触れた彼女の首に触れた瞬間、ババァは目を大きく見開き飛び起きようとした。だが、俺がそれを純粋な力で抑えつける。
「シー」
「あ、あんたは、昼間のガキじゃないか……。だ、だ、だめじゃない。こんな悪戯しちゃ」
「悪戯? うーん、どうだろう。でも、おばさんも母に悪戯を仕掛けていたね。あぁ、あれはイジメの間違いかな」
「な、なにを言っているんだい。あんなのは冗談じゃないか。あれを本気にするってんだから、王都の人間ってのは本当にユーモアのない人間だよ」
まったく。一度口を開けば、どうしてこうも悪態をつく言葉がベラベラと出てくるのだろうか。
俺は
「ウッギャ……!!」
叫ぼうとしたところ、俺はババァの口にこの少年の拳を突っ込み入れて黙らせる。
なにが悲しくて、こんなキモいババァの口内へと口を入れなければならないのか。
方法を誤ってしまったことを後悔する。
「ねぇおばさん。人によってユーモアと受け取るかどうかなんて変わってくると思わない? たとえば、俺がおばさんの指を切り落としたのが王都の中のユーモアとするじゃん? そうだとすると、叫ぼうとしたおばさんはユーモアに欠ける人間だって僕が判断しても仕方ないよね」
嗚咽と恐怖で涙するババァ。
ヌメヌメと拳にまとわりつく唾液。
「叫んじゃダメだよ。叫んだら、おばさんの命だけじゃなく、亭主の命も取るからね」
ブンブンと首を縦に振ったので、俺はようやく口から拳を抜く。
ほんとうに気持ち悪い。俺は拳の唾液を布団で拭い取る。
「誰にも今日のことは口外しないでよ。その指は自分でうっかり切り落としたことにしておいてね。あと、うちの母と姉を悲しませるようなことをしたら――ね?」
ババァの失禁。最悪なものを見てしまった。
俺はさっさとババァの家から出ることにする。
まだやらなければならない作業がある。
次は母の職場の同僚たちの自宅へと赴く。
陽が昇る前にすべてを終わらせよう……。
◆――◆
ネルタル家に対する嫌がらせは完全に消えた。
胡散臭い作り笑いで俺たちに接してくる町民共。
人間は恐怖を前にへりくだって生きていく者が多いと感じさせられる。
「なにか町の人がおかしくない? みんなどこかしら怪我をしているようだし、態度がガラッと変わったじゃない」
姉君よ。深くは考えるな。
「そうだね。ようやく自分たちが悪いことをしているって気が付いたんじゃないかな?」
なんだこの素っ頓狂なキャラは。
いやいや、まだ俺は年端もいかぬ少年。
家族の前では子供らしくいなければ。
――このままで終わるとは思ってはいなかった。
いずれ、急襲をしてでも俺や家族を消しにくる者がいると思っていた。
そうでなきゃ、つまらないよな。
脅威を取り除きたいのは人間の心理。
町民共が結託し、深夜を狙って家に火矢を放ってくることぐらいは予見していた。
無論、策は講じている。
例にも如く、俺は母と姉を起こさないように
「これはこれは皆さん。もしかして歓迎会でも開いてくれるのですか?」
別に俺は家族以外に正体を隠すつもりはない。
とりあえず、の話であり絶対ではない。
彼らを通して家族にバレてしまったら、その時はその時でいいとさえ思っている。
「で、出ていけ! この悪魔!」
「そうだ! こっちは迷惑なんだ!」
「頼む、消えてくれ!」
本当に好き勝手に言ってくれる。
中には先日、小指を切り落としてやった高値ババァまでいるじゃねぇか。
「あーうん。わかった。貴方の前から消えたらいいんですね」
「そうしてくれ!」
「だから、わかったって」
俺は指先を「消えてくれ!」と懇願したおじさんに向けた。
瞬間、光のレーザーがおじさんの目に二手に分かれて向かい、その眼球をドロドロに溶かす。
ぎゃああ〜!!!!
「これで僕は、貴方の目の前から消えたことになるね。皆さんも僕の目の前から消えてほしいの?」
町民共は腰を抜かして、何も言い返せないでいる。
まったくもって、こいつらも学習しないから教えておく必要があるようだ。
「僕は強い。とてもね。僕の魔法潜在値は100万。これが何を意味するかわかるよね?」
「ひゃ、ひゃ、ひゃくまん!?」
魔法潜在値とは、その者に眠る魔力量を意味する。
この世界の平均値は1万とされ、10万でおおよそ魔法騎士団長レベルとされている。
この数値を叩きだしたときは、さすがの俺も驚いた。
母と姉に限っては、これを口外しないようにと必死に俺に言い付けてきたのだった。
この能力値は世界を一変させるに事足りる力。いわば神の力に等しい。
これを国に知られれば、どんな手を使ってでも俺を消しにやってくるだろう。
あるいは、この力を利用しようと企む者も少なくはないはず。
面倒事は避けたいと思う一方で、俺はこの絶大なる力を多くの人間に知らしめたいとさえ思うのだった。
だが、口が思わず滑ってしまったことは反省する。
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