9.鈍感故の言動でも相手を傷つけるものであればそこに必ず悪意は存在する

「義姉さん、そこで何をしているの?」

ガゼボを出てすぐ、ランと会ってしまった。正直、今は会いたくはない。

私の脳裏にはランが私の婚約者に告白する場面が何度も流れていた。

そんな私の様子にまるで気づかないランは不快げな目で私の後ろを見る。彼の姿がセザンヌを彷彿とさせるのは同じことをしているからだろうか。

「こんな人気のない場所で男の人と二人きりは良くないと思うよ」

は?

後ろに視線をやると私から遠ざかっていくクロヴィスの姿が見えた。

「どうして二人きりでいたと思うの?たまたますれ違っただけとは思わないの?」

二人きりの姿を見られたわけではないのだろう。それでもランは断言するように言う。けれど私が追求すると「それは、なんとなく」とか言い出したので彼の目的が分かり、納得した。

「さすがね。さすがは、セザンヌの息子だわ」

意味がわからず眉間に皺を寄せるランが、その存在全てが腹立たしい。

「私が不貞をしているって、ありもしないことを言いふらして私の名誉を傷つけるつもりでしょう。それとも私の婚約者に告げ口でもする?確たる証拠もないのに。それって捏造よね。そして、アラン様にこう言うのかしら『義姉さんはアランの婚約者に相応しいとは思えない』って」

「僕が義姉さんを陥れようとしているって思ってるの?ひどいよ」

傷ついた顔をして、目に涙を浮かべるランの姿は男よりも女のよう。美しいとなんの自叙もう知らない、見ただけの人間は言うのだろう。でも、私はそうは思わない。男として情けない。そう思うだけ。

男としていつか婚約者になるであろう女を守ろうっていう気概はない。守ってもらう前提の姿。ああ、だから彼はいつも女ではなく男に媚を売るのか。まるで男娼ね。

「僕は義姉さんのことを家族だって思っているのに」

ランは私を責める。自分に非はないと思っているのだろう。あの場面を見なければ、私はランに非があるとは思わなかった。だって彼に罪はないのだから。彼はただセザンヌの息子として生まれてきてしまった。それだけだ。でも、それだけではなくした。彼自身が。

「ひどい?義姉の婚約者に横恋慕する自分はひどくないって言い方ね」

「それはっ!でも、義姉さんはアランのことを愛してないって言ってたじゃないか」

自分を正当化するのに必死ね。

「だからって浮気が良いわけないでしょう」

「浮気じゃないよ」

「じゃあ、どうするつもりだったの?告白して、その後は?」

告白するってことはその先を期待しているってことじゃないの?

二人の関係を変えたいから告白したんでしょう。でなければ、義姉の婚約者に告白ってあり得ない。

「告白して終わり、じゃないでしょう?愛しているけど、私に悪いからお友達のままでいましょう、じゃないでしょう。私に隠れて付き合うつもりだった?それとも完全に奪い取るつもりだった?」

「そ、そんなこと、しないよ」

「じゃあ、どういうつもりだったの?」

ランは答えない。ここに来てノープランだとでも言うつもり?

「アラン様はあなたの告白に答えたわ。良かったわね、両想いで。それで?二人でどう言うお話しをしたのかしら?両思いだけど、結ばれないからお互い思いを秘めましょうってしたの?あら?でも言葉にしている時点でアウトよね」

二人のこれからの関係性を追求してもランは答えない。目に涙を浮かべて、体を小刻みに震わせている。側から見たら私が彼をいじめていると思われても仕方がない。これは計算か、天然か。そんなのどうでもいい。

むしゃくしゃする。

アランのことを愛しているわけではない。それでも、ランの行動や態度が私の神経を逆撫でするのだ。

「さすがはセザンヌの息子ね」

「それ、さっきも言ってたよね。どういう意味なの?」

「そのままよ。人から男をとる術を彼女から学んだのでしょう?娼婦の息子は男娼になるのね」

「っ。母さんを侮辱しないでっ!母さんは義姉さんのことを憐れんで、必死に義姉さんのことを愛そうとしてるんだよ。義姉さんの傷を癒そうと、毎日頑張ってるのに、ひどいよ」

「は?」

気がついたら私は手を振り上げていて、気がついたら頬を晴らしてランが地面に座り込んでいた。

「フィオナ嬢、落ち着いて。息をしてください」

耳元で聞こえた声に従った。すると先ほどよりも楽になった。どうやら私は知らぬ間に息を止めていたらしい。

「・・・・・トラント伯爵令息様」

女性なら無条件で頬を染め、彼に惚れてしまうであろう極上の笑みを浮かべたクロヴィスはそっと私から離れた。

「すみません、騒ぎが聞こえもので」

ああ、そうよね。

ランが現れたのはクロヴィスと別れてすぐだもの。気になって戻ってきても仕方がないわ。恥ずかしいところを見られてしまったわ。

「グランチェ子爵令息殿、大丈夫ですか?」

「あ、はい」

クロヴィスがランに手を差し出して、立たせてあげる。その姿に心がざわついた。ランもランで、頬なんか染めちゃって。面食いなのかしら。

「義姉さん」

「グランチェ子爵令息殿」

ランが怯えた目で私を見る。それでも暴力を振るった私に対して義弟として気丈にも向き合おうとするランをクロヴィスが遮った。

「頬、急いで冷やした方が良いですよ」

「あ、はい。でも、その前に義姉さんに」

「まさか、責めるつもりじゃないですよね」

先程とは打って変わり、首元に刃物を突きつけられているような恐怖をクロヴィスから感じる。よく見ると彼の顔は笑顔を形成しているのに、瞳の奥は冷え切っていた。

「自分がなぜ叩かれた理解していないのですか?あなたのその鈍さは”鈍感”で通していいものではありませんね。脳みそが足りていない。きっ母体にいる時、あなたの母君はまともな栄養を摂ることができなかったんでしょうね。可哀想に。それが原因で脳の形成に異常をきたしてしまった結果、あなたは現状を把握することも判断する能力も持っていないのですね。でなければ、誰もが知っているグランチェ元子爵夫人の娘であるフィオナ嬢に自身の母から夫を奪った女を母親として愛せとは言えませんよね。そこに悪意が込められていなければ、ね。ああ、それとも悪意としてぶつけられたんですか?それなら納得ですね。あなたの言動にはフィオナ嬢に対する悪意しか込められていませんものね。妾子が本妻の子を陥れて、排除するというのは歴史上珍しいことではありません」

どこで息継ぎしているのだろうかと考えてしまうぐらいクロヴィスは捲し立てていた。ランは彼の勢いに押されたのもあるだろうけど、口を挟む余地を与えられなかったので辛辣な言葉を全て聞く羽目になった。

彼の容姿もあるけど、お父やアランが大切に囲い込んでいるのもあってかランは今までこの手の悪意をぶつけられることはなかった。

「傷を癒す?」

「はっ」とクロヴィスは鼻で笑った。

「自分で与えた傷でしょう」

「ち、違うっ!」

握りしめた拳は血が止まっているのか、真っ白になり、怒りなのかクロヴィスに対する恐怖なのかランの体は震えていた。それでも愛する母親の名誉を守ろうと必死に立ち向かう様はまるで物語に登場するヒロインのようだ。男だけど。

「義姉さんは虐待を受けていたんだ。義姉さんの母親は最低な人で、義姉さんは傷ついている。だから僕の母さんはそんな義姉さんの心の傷を癒そうとしてるんだ」

アホらしい。自分の母親を聖母か何かだとでも思っているの?そもそもの元凶のくせに。厚かましいにもほどがあるわ。

「初めから最低な人だったわけじゃないわ。あなたの母親と父とあなたの存在が変えたのよ。あなたたちが、そして私の存在が彼女を壊したのよ」

ランは私の言葉を理解していないようだった。理解する気がないだけかもしれないけど。

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