第37話:決着

「っ――斉射ぁ!」


 瞬間、魔術銃の射撃や魔術、ナイフと手榴弾など攻撃の応酬おうしゅうがケテルを襲う。

 極彩色ごくさいしきの光が弾け飛び、ピカピカと目眩めまいがするほどの光量で輝いていた。

 そうやって一秒弱ほどの時間が経った後に、全員は攻撃を止めた。


 煙幕が晴れないまま秋花は突撃し、天音もそれについていく。

 明里、零夜、連理の三人はさらに遅れて前に出た。


 攻撃後は全員で前に出る、という話は事前にしていたはずだが、攻撃の迫力のせいか秋花と天音以外の三人は一瞬そのことを忘れてしまっていたようだ。


(くっそ、忘れてた。頼むから今ので倒れててくれよ――!)


 連理は緊張から額に汗を流しながら、煙幕が晴れるのを待ち望んだ。

 願わくば先程の攻撃によるケテルが地に伏していることを願いながら、連理は炎の剣を構える。


 煙幕が晴れた先に待っていたのは、防御魔術を構え、操作パネルの前に立っているケテルだった。

 まさに、絶望という言葉が良く似合っていた。


「はっはっは! その程度で倒せると思ったのか!」


 今までで一番と言っていいほどの歓喜の表情を浮かべ、ケテルは叫んだ。


「倒せてなかった――!?」

「こりゃまずいだろ!」


 秋花と連理が必死の表情で声を上げる。


 しかし、すでに彼女はパネルの眼の前だ。


「わたしは無様な敵役かたきやくとは違う! 猶予ゆうよなどくれてやるものか! さぁ、今、死ね!」


 その手がパネルに触れると思った瞬間――


 黄色い光が走った。

 その光はケテルの肩を居抜き、同時に赤いエフェクトが噴き出る。そのエフェクトによって金色の閃光が彩られ、恐ろしいながらも、まるで一つの絵画のように美しい光景だった。


「は――?」


 まるで世界が凍りついたかのような錯覚に陥るほど、その場の全員の動きが止まっていた。

 すべてが終わったかに思えたそのとき、謎の光がケテルの行動を阻害したのだから。


 しかし、そのような不思議な景色が見られたのも一瞬のことで、すぐに世界は元の緊張感を取り戻す。


 よろけてパネルから離れたケテルの視界に映ったのは、何か細く小さい黒筒のようなものをこちらに向けている天音の姿だった。黒い筒は、銃口とはまた違う、けれど少し似ていた。

 彼女のそばには、先端だけが取り外された口紅のようなものが転がっていた。


 どうやら、先程の攻撃は天音のものだったようだ。


「やっ――た?」


 自分でも確実にダメージを与えられるという確信を持っていなかったのか、ひどく憔悴しょうすいしきった表情で天音は呟いた。

 その場の人間ほとんどが狼狽ろうばいしている中、秋花の声がこの空間を穿うがつように響いた。


「みんな! 今だよ!」

「っ――了解!」

「わかった!」


 その合図に、先程と同じように皆がケテルに攻撃を仕掛ける。

 全員の距離が近く、ケテルの防御の準備ができていないため、その攻撃は確かに命中していた。


 さらに、連理が姿勢を低くして味方の攻撃に紛れながら接近。フラクティオパイルを用意した。

 黒鉄こくてつの杭が彼女をたんと赤く光りだす。


「《フラクティオ――パイル》ぅ!」


 それはケテルに命中し、彼女は大きくふっとばされ、そのまま部屋の壁に叩きつけられた。


「よっしゃあ!」


 歓声を上げる連理をよそに、明里は天音の方を向いてこう訊いた。


「え、いや天音ちゃんそれどこから?」

「その、昔二人で地下層に落ちたとき見つけたアーティファクトで……」


 天音はまだ緊張が抜けきっていないのか、少したどたどしい話し方でそう語った。


「えっ、あれまだ持ってたの!? てかそれが効いたのも謎だし……」


 天音の言葉に、明里は驚愕と疑問を同時に抱いた。


「それが――」

「私もそこは気になるところだけど、一旦戦闘に集中ね――まだ、終わってないみたいだから」


 二人の会話を遮り、秋花が緊張した面持ちで前を向いた。


「何を――何をした貴様!」


 その場に立ち上がったケテルは、まるで鬼のような形相でそう叫んだ。

 空気がビリビリ振動しているのを肌で感じられるほどの迫力で、彼女は天音を睨む。


 彼女のローブは既にボロボロに破けていた。不思議なことに下にある服はまだ無事なようだが、片腕には大きな穴が空き、大量の赤いエフェクトが漏れ出ている。

 さらに、腕や顔には痛々しい傷がいくつもついていた。


「……たまたまだから。どうってことはない」


 対して、天音は覚悟を決めたような表情で魔術銃をケテルに向けた。


「このっ――」


 ケテルは立ち上がり、その手に炎の魔術を顕現けんげんさせた。


「俺と明里は前へ! 零夜はヒットアンドアウェイで体力を削れ! 天音も俺たちの一歩後ろについてきて、後方支援しながら火力を稼いでくれ!」


 ケテルの動きに呼応こおうするようにして、連理が前へ走り出して全員にそう伝えた。


「了解! ショットガンももう使っていいよね! これパス!」


 明里はそう言うと、拳銃を秋花の方にパスしながら、ショットガンをリロードした。


「どわっ! ちょ、投げないで!」


 あたふたしている秋花をよそに、明里は前へ出る。


「小賢しい!」


 ケテルは先程魔力を練っていた火球を連理に投げつけるが、それは連理のシールドでいとも簡単に防がれてしまう。


「ほいさっ!」


 さらに、横から明里のショットガンが火を吹いた。

 ケテルはそれを剣で数発防ぐが、残ったものは体に命中してしまう。


「あと、あともう少しだったというのに! わたしと、あの方の王国の完成が! わたしたちの楽園の完成が!」


 必死で剣による攻撃を繰り出しながら、ケテルは憎悪を込めた瞳で連理を睨んだ。


「何言ってるのか分からんが、こっちだってこっちの命があるんだよ!」


 連理はそれを冷静に避けて炎の剣で攻撃を行う。


「うるさいっ! お前たちが、お前たちが先にやったんだろう!」

「ソイツと俺は全く別人だ! 一緒にするな!」


 ケテルの剣を盾で受け止めながら、連理は叫んだ。


「――分かってるんだよ! そんなことはっ!」


 ケテルは歯噛みして、振り絞るように声を上げた。さらに一度身を引いてから、自身の持つ剣に全体重を乗せ、相手を叩き潰すかのように斬りかかった。


「重っ……!」


 まるで腕がビリビリと痺れるかのような圧倒的な重量を感じながら、連理はそれを防御した。

 衝撃のせいでうまく踏ん張れないまま、ケテルが次の攻撃を準備しているのが見えた。


 次の瞬間、連理の目の前に零夜が出現した。


 彼は緑色の魔石を軽く宙に放り投げ、それを自身のナイフで斬りつける。

 すると、ケテルと連理の間に緑色の薄い障壁が出現し、ケテルの攻撃を防御した。

 さらに衝撃波が発生し、彼女の剣をはじき飛ばす。


「お前が一番火力を持ってるだろ。最後、頼んだぞ」


 連理の方をちらりと見てそう言うと、零夜はナイフでケテルを牽制しながら横に引いた。


「――おうよっ!」


 その言葉に、連理は笑顔で応じる。


「このっ――!」


 ケテルはイラついたような表情で踏ん張りながら、氷の魔術を用意していた。


「させません!」


 しかし、天音の声が聞こえたかと思えば、ケテルが構えた手に炎の球体が飛来した。

 正確な狙いによって命中したそれによって、彼女の手に集まっていた魔力が霧散する。


「助かった!」


 感謝の言葉とともに、フラクティオパイルの起動準備を行い、ケテルに向ける。


「これで最後だっ!」


 赤い閃光がほとばしり、ケテルの体に突き刺さる。

 大きな音が轟き、砂埃とともに彼女は吹き飛ばされた。


 負傷した状態、かつ防具もボロボロな状態で当たった一撃。ともなれば、気絶させられる程度のダメージは与えられているはず。


 連理たち五人は全員、警戒をあらわにしながら煙の奥を観察する。


 煙が晴れた頃には、崩れた壁にぐったりと倒れこんでいるケテルの姿が見えた。

 それから数秒経つが、首一つ動かす気配はない。


「――やったぁ!」

「連理、最後のは良い一撃だった」


 明里は歓声を上げ、零夜は連理に労いの言葉を掛け、天音は表情一つ変えずにケテルの方をじっと眺める。

 そして、秋花は小走りでケテルの方に近づいた。


 秋花はケテルの近くに落ちていた剣を足で遠くに弾き飛ばすと、懐をまさぐって彼女の持っていた拳銃を取り出した。


「危険物、没収〜」


 彼女の持つものの中では、負傷状態でも一番火力が出せるものだ。

 だからこそ、真っ先に盗んだのだろう。


 ともかく、これでケテルの反撃の隙はもうないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る