第36話:騙し、騙され、出し抜いて

 ◇


「えーっと……とりあえず、ケテルは四つある兵器の起動装置を動かそうとしてるんでしょ? なら早く止めに行った方がいいよね! じゃあ行ってくる!」


 明里はそうまくし立てると、早々に走り出していった。


「待てい」

「ぐえっ」


 すると、連理に襟首えりくびを掴まれ、められた鳥のような短い悲鳴を上げた。


 そんな二人をよそに、天音は後方で零夜の傷の治療を行っていた。


「零夜さん。その腕、治療しますよ」

「ああすまん、助かる――本当に痛くてな、これが」


 連理と明里の様子とは打って変わって、平和だ。


「何すんのー!」


 一方、明里は連理に抗議の声を上げていた。


「何してんのキミたち……ま、それはそれとして、早くあそこに行った方がいいのも事実なんじゃないかな?」


 秋花が二人を呆れ気味に見ながら、連理にそう提案した。


「違うんです――例の兵器が出す音、少し変わっていませんか?」

「え? ……確かに、なんか金属音? 電子音? っぽい音が混じってるかも。でも、大した変化ではないんじゃない?」


 微々たる変化だが、秋花の耳にも分かった。

 ずっと鳴っていた重苦しい音に加え、電子音にも似た甲高い音が混じっているように聞こえたのだ。


「……やっぱ違うっすよね。それなら、多分今は結構マズい状況です」

「うーん……どういうこと? いまいちまだ分かってないんだけどさ」


 いまいち連理の考えを理解できない秋花は険しい顔で連理に訊いた。


「えっとですね、これはあの兵器に俺のスキルを使った時に知ったことなんですが……実はあの兵器、起動フェーズの段階を音で判断できるみたいでして」


 加えて、連理は『正確にはあの部分はリアクターという名前らしいですが』と補足した。


 連理はあのとき『リアクターの起動段階の確認は、パネルの表示か、リアクターが発する音によって判別できる』という文言を発見していたのだ。


「あと、最初の地鳴りもそのたぐいの音だったらしく、先輩の予想は正しかったみたいです」


 連理が見た説明文には、兵器を起動する途中で起こる地鳴りは、何かの異常ではなくリアクターへの起動エネルギー供給が完了した合図だ、とそのまま書かれていた。


「あそうなんだ。それはよかっ――待って、今音が変わってるって言ったよね?」


 そこまで言ってから、秋花は血相けっそうを変えた。


 起動フェーズは音で分かる。 

 そして、今はリアクターの出す音が変わっている。

 ならば出てくる結論は一つ。


「気づきましたか――つまり、すでに四つの装置の起動は終わっています。正確には、起動承認と言うようですが」


 連理は、スキルによってそのことに気づいていたのだ。

 実際に『起動承認が終わった後は、リアクターに甲高い電子音が混ざる』と書いていた。


 このことから考えるに、起動承認が既に終わっているのはほぼ確実だと言えるだろう。


「マジぃ? ……じゃあ、今から向こうのリアクター行って、アイツ止めなきゃ全員お陀仏だぶつ?」


 秋花は顔を引きつらせながら、連理に訊いた。


「ええまあ、そういうことですね」


 連理は少し言いづらそうにしながらも、秋花の言葉に同意した。


「ああもう、言ってる場合か! とっとと行くよみんな! できる限り最速であそこに辿り着く道を選ぶから、ついてきて!」


 秋花は頭をかきむしってから一気にそう伝えると、急いで走り出した。


「えぇ〜待ってくださいよぉ! 私なんて手袋についたがめちゃくちゃこぼれしてるのに……」


 どうやら、ケテルの剣を受け流した際にボロボロになってしまったようだ。

 人差し指と中指の部分についた刃が、肉眼でもすぐ分かるくらい欠けていた。


「俺のアークキャスターもショートしてるから変わらん変わらん」


 文句を言う明里に対し、連理は飄々ひょうひょうとした態度で彼女についていった。


「んえ? どうして壊れてるのさ。というかそれ大丈夫なの?」


 連理の言葉に、明里が不思議そうに訊いた。


「最初の時に飛距離が足らなくて、ちょっといじくって無理やり高出力出したからな。あと修理はできるぞ。帰ってからにはなるが」


 普通ならアーティファクトを弄るのはなかなか難しいが、大した道具もなく異常な出力を出せるのは、連理のスキル故だろう。


「へぇ、じゃあとりあえずはなしで行くんだ」

「そそ。それじゃ急ぐぞ」


 ◇


「……秋花先輩、ケテルの持っていた『ダンジョンライフガード無効化』の能力と『本物の銃』は一体なんだったんでしょうか」


 五人が走っていく中、天音は秋花に近づき、そう質問した。


「あ〜……それね。前者については、私も超驚いたよ。本当にあったんだ、ってね」


 秋花は呟くように言った。


「もしかして、知っていたんですか?」

「ほんの少しだけ、ね。ダンジョンライフガードに干渉する魔道具がこの遺跡にある、って噂もあったし、ケテルがこの遺跡に侵入してる痕跡もあったから」

「――では、あれは彼女の能力ではなく、遺跡のアーティファクトだったということですか?」


 天音は一瞬考え込み、訊いた。


「たぶんそう。本人に確認してみないとわかんないところはあるけど」

「……銃に関しては、何か知っていますか?」


 あの黒い銃口を思い出しながら、天音は質問した。

 魔術銃と同じそれをしているはずなのに、魔術銃よりもずっと恐怖が強かった。


 ケテルの言っていた『ホンモノの暴力』というのもあながち間違いではないだろう。


「いや、そっちは何も。管理局には一切痕跡がなかったからねー」


 しかし、秋花はそちらについては知らなかったようだ。

 流石に、ケテル本体の動きを追えているわけではないため、知らなかったのだろう。


「なるほど……日本で実銃を購入したら当然犯罪ですから、管理局経由では購入しなかったのでしょうね」

「ただまあ、あれだけ地球人を憎んでるなら、その地球人が作った兵器で相手を殺してやりたい、みたいな考えになることは予想できちゃうけどね」


 秋花は呆れ気味に嘆息した。


「アクシュミだなぁ……やっぱり、早くあの人を止めないと!」


 明里が口を尖らせてそう言った。


「そういえば、秋花先輩は起動承認を行う装置を無効化していたはずですよね? それなのに、どうしてまた兵器が起動しようとしてるんでしょうか」


 明里の言葉に、天音は思い出してそう質問した。


「あー、それだけどね。無効化には暗号キーが居るらしくてね。だから無効化できてなかったんだよ」

「それは……その、絶望的ですね」


 天音はどこか気まずそうに視線を逸らした。


「いや、ほんとうにね」


 対して、秋花は乾いた笑いを漏らす。


「まあでも、暗号キーを探してる途中で戦闘音が聞こえて、みんなに加勢できたのはよかったかな。幸い道中でたくさんアーティファクトも拾えたし、この銃と弾丸だって特製のヤツだし」


 どうやら、彼女が持っていたライフルは魔術銃ではなく、魔導銃――実際に特殊な弾丸を使うものだったようだ。


「特製……何か特別な効果が?」

「一応、相手の魔力が多ければ多いほど火力が上がるようにしてある。どうせアイツ魔力ヤバいでしょ」


 秋花は軽く鼻で笑ってそう言った。


 ダンジョンの中に居る魔物がドロップするアイテムの中には、まるでゲームのような効果を持った素材がある。

 彼女の持っている弾丸も、そのたぐいのものだろう。


「あの様子だと、そうでしょうね。もともと異世界人は魔力を持っているようですし、私達より保持している魔力も多くなるはずです」

「そそ。ケテルへの対処法を考えてたのは私だけだし、ケテルを一番警戒させられるのも私だから――さっき言った通り、加勢できて結果オーライってとこはあるかな」

「ですね――事実、何かあるんでしょう? 何か切り札が」


 天音は、秋花がケテルに『どうせ勝てる算段があるのだろう』と聞かれたとき、それを肯定していたことを思い出しながら少しの期待を込めて質問した。


「いや、ないよ?」


 どこか笑いをこらえるような表情を浮かべながら、秋花はそう返した。


「えっ?」

「いやぁ、そうやってハッタリかましたらあの場は引いてくれるかなってさ。ほら、私ってアイツに警戒されてるし?」

「じゃあケテルを倒す算段なんてなかったんですか!?」


 面白そうに笑う秋花に対し、天音が叫んだ。


「そうそう。いやぁ、アイツも見事に騙されてくれたねー。ありがたいありがたい」


 先程超堂々としていた態度は、すべてただのハッタリだったらしい。

 なかなかの胆力たんりょく


「私も騙されてますけど!?」

「ほら、敵を騙すには味方からって言うでしょ?」


 叫ぶ天音に対し、秋花はなおも楽しそうな表情を崩さなかった。


「このっ! ……はぁー、あなたという人は本当に」


 もう何を言っても無駄だと判断したのだろう。天音は呆れ気味に呟いた。


「というか、それよりケテルを倒すか、兵器を止める方法を考えましょうよ」

「……そこほほら、連理くんがね? くだんの装置を停止できてたりするっていう事実がここでね?」


 秋花は一抹いちまつの期待を込めて、とびっきりの笑顔で連理の方を向いた。


「いや、そんな顔しても結果は変わらないっすよ? ――というか、装置に辿り着くより先に、天音さん助けたんで、装置には触れてすらいません」


 そもそも起動承認が終わっているのは間違いないため、無意味な質問なのだ。


「うん、だろうね」


 急に表情を戻し、秋花はつまらなそうに返した。

 分かりきっていた返答だと思うのだが。


「てか、さっきはなんで天音ちゃんだけケテルに攻撃されてたの?」

「それは――」


 秋花の指摘に、天音が焦ったように言葉を漏らした。


 そういえば、秋花は天音と明里が別れたところを見ていないのだった。


「そこはまあ後で。ちょぉっと『でりけぇと』なお話なので」

「お、おう……そうかい。ならいいんだけど」


 おどけた連理に対して、秋花は困惑気味に視線を前方に戻した。


 一方、天音は内心ホッとしていた。

 自分が説明しないで済んだことについても、連理がまるで冗談のように流してくれたことについても。


「そういえば連理。捜索用につけていた配信って、そのままだよな?」

「あ、そういやそうじゃん」


 コメントの表示を消していたせいで気づいていなかったが、まだ配信は続いていたのだった。

 連理はそのことに気が付き、コメントを表示した。


「うわめっちゃきてる」


 当然というべきかなんというか、あのようなとんでもない戦闘の現場を映してしまえば、たくさんの視聴者が集まってくるだろう。

 視聴者、もとい同時接続数は四百人強になっていた。


 両学園の人間だけでこれだけなのだから、相当な数だろう。


「とりあえず消すか?」

「いや、消してこっちの状況の情報が消えたら、それはそれで混乱が起きるだろ。気になってこっちに下りてきた人が居たりしたら、危険だしな」


 結局のところ、全体に公開しているわけではないし、


「なるほど……そう考えるとつけたままの方がいいのか」

「まあ映せないものが出てきたとしたら、その時点で全員お陀仏だぶつが確定するし問題ないだろ」


 連理たちが全滅するようなことがあれば、それは装置の起動と同義だ。

 つまるところ、その時は配信自体が意味をなさなくなるということなのだが――


「今配信中だぞ言って良いことといけないことがあるぞ」


 零夜が凄い形相ぎょうそうで連理に詰め寄った。

 まったくもって、正論である。


「す、すまんすまん。ともかく、コメント非表示なのは変わらんが、配信はつけっぱってことで! みんなの方もよろしくな!」


 連理は誤魔化すように、カメラに向けてそう宣言した。


『了解です』

『分かった』

『分かりました』

『了解。頑張ってくれ!』

『四人は、真面目にここに居る全員の命を背負ってるからな。頼んだ!』


「……おい、最後不穏だな」

「ははは、まあ事実だしな……」


 零夜が乾いた笑いを漏らした。


「じゃ、雑談もそこそこに、こっからはケテルと遭遇した時のことを考えよっか。アイツがパネルを操作する前に遭遇したとて、結局倒さなきゃいけないことに変わりはないんだから」

「へいへい、了解です」


 どこか間の抜けた返事をしながら、連理はコメントを消した。


 ◇


 数分後、五人は例の部屋の近くにまで来ていた。


「最悪の場合、リアクターのある部屋でケテルと接敵する。その時は、さっき言った通りにね」


 どの時点で接敵するかは分からないが、あの部屋で接敵した場合は特に対処が難しい。

 下手にリアクターに攻撃が当たれば、どうなるか分からないのだから。


 だからこそ、五人はあそこで接敵したとき専用の戦略も練っていたのだ。


「天音ちゃん? 大丈夫?」


 それから、秋花はどこか上の空だった天音にそう声をかけた。


「え? ああはい、すいません。少し考え事を」

「大丈夫! 一人で勝手に行っちゃったことは今は気にしないから!」


 そんな天音に対し、明里がグッと親指を立て、明るいテンションで言った。


「えっと、それについて考えていたわけでは――」


 対し、天音は申し訳無さげに返した。


「あ、違ったんだ……」

「少し、ケテルに対する攻撃手段について考えていました」


 どこか恥ずかしそうにする明里に、天音はそう説明した。


「まあ天音ちゃんはピンポイントに攻撃できる氷魔術とかかな。他のみんなも攻撃は一点集中で、一斉にね」

「……はい、了解です」


 秋花の言葉に、天音が何か言いたげにしながらも了承した。


 この作戦については、先程軽く話し合っていたことだ。

 油断せず、特定の箇所に、圧倒的な火力を――一度いちどに叩き込む。


「そそ、だから明里ちゃんはショットガンじゃなくてさっき渡した魔術拳銃でね」


 いそいそとショットガンを用意し始めた明里に向かって、秋花は釘を指した。


「わ、分かってますよぉ!」


 明里は慌てて装填した弾丸を排莢はいきょうしながら、ショットガンをしまった。それから、腰のツールベルトに無理やり挟んだ拳銃を取り出す。

 銃身の辺りには、金属光沢を持った赤色の素材による装飾が施されていた。


 おそらく秋花の私物なのだろう。


「全員、用意はいいね! 武器を構えて! 標的の姿が見えたらすぐに一斉攻撃だよ!」

「「「「了解(です)!」」」」


 最後の曲がり角を曲がると、大きな部屋に出た。

 緑色に光るコアの入ったリアクターのある、あの部屋だ。


 そして、自分たちとは反対側の通路から、紫色の髪をした少女の姿が現れた。

 一部焼けただれた、絢爛なローブを着ている少女――ケテルが、向こうから走ってきていたのだ。


 一瞬、彼女が目を見開くのが見えた。


 そう、これは、最悪の状況だった。


「っ――斉射ぁ!」

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