第10話:それぞれの選択

 それから数十分後。

 校内は既に賑わっていた。屋外でも幾人かの生徒が先生とともに出し物の紹介や合同文化祭のための道具の用意なんかをしているようだ。

 大雑把には、外部と内部で分けてやることになったそうだ。


 ところで、ダンジョン探索部のメンツはというと。


「ねぇ〜、こんな細々こまごまとした作業やりたくないんだけど〜!」


 ある部品の作成に勤しんでいた。


「しょうがないですよ。こういうのも仕事のうちです」

「だって〜、私たち本番では探索やるんでしょ? こんなダンジョン舞台用の部品なんて……」


 ダンジョン舞台、というのはダンジョン内部で舞台劇をやるという話だ。魔術を使った演出ができるから、かなり豪華になるだろう。この部品はそこで使うのだ。


 内部の魔物についても、一層だから安全な上、随時排除すればそこまで問題にはならない。

 他にも最後の合同文化祭では、ここの四人が探索を行うというのもある。


「そんなこと言ったら、探索でやる準備なんてほとんどないでしょう? 何もしないというわけにもいきませんし」

「そうだけど、そうだけど……」


 納得行かなそうにしながらごちょごちょと道具を弄る明里。ダンボール製の小さな部品のようなものだ。形が細かいため、ハサミで切るのに苦戦しているようだった。


「む、むぬ……」


 横では変な声を上げながら連理が同じ道具を弄くり回していた。こっちは色鉛筆で色を付けるのに手元が震えているらしい。

 さしずめ不器用コンビといったところだろうか。


「……大丈夫ですか?」

「ああうん、もうすぐ、この辺に塗れば――よっしゃ終わった!」


 一仕事終えた、とでも言わんばかりに額の汗を拭う仕草をする連理。


「まだ沢山ありますが……」


 天音が苦笑する。


「もう言わないでくれ……」


 それから、唐突に思い出したように連理がこう言い出した。


「あそうだ、なんかチャンネル登録者五万人いったんだよな」

「ごっ……なんでそういう大事なことは早く言わないんですか!」


 立ち上がり叫ぶ天音。


「い、いやごめんて! 単に忘れててな……」


 連理は慌てて謝る。


「五万人……あれ? 前は普通に百人とかだったよな? なんで一気にそんな……」

「まあそれがな。この前の遺跡の配信で隠しエリアとか見つけたせいでバズったらしい」

「え、てかそれ結局バズってるってことじゃん! 良かったねー」


 明里が嬉しそうに笑った。

 前にバズなんてそうそう起こらない、と言っていたのに、そうなったのが嬉しかったのだろう。


「そうだな。それに、今回は地下ダンジョン探索もやるし、さらに視聴者稼げるぞ!」

「お〜、それはいいね!」


 キャッキャと笑っている二人をよそに、零夜と天音はそれを不安そうな目で見つめていた。


「私としては、画面の向こうにそれだけの数が居るとなると少し怖いと思ってしまいますね」

「俺も……五万人に見られてるのはちょっとなぁ」


 零夜も同じ気持ちのようだった。


「えー? 人沢山居た方が楽しくない?」

「私もそんな風に単純に考えたかったです」


 はぁー、とため息を吐く。


「んあー、となるとなんか変えたほうがいいか? 配信はあんまりやめたくないんだけど……」

「いえ、わざわざやめてもらうほとではありません。ありがとうございます」

「俺もやめてもらうほどではないな……」

「お、それは助かる。じゃあ続行ということで。個人的には見てくれる人増えて嬉しいんだよな〜」


 連理は楽しそうに笑いながら新たな部品製作に取り掛かっていた。


「明里さん、零夜さん、ちょっとすいませーん。普段から探索している二人に訊きたいことがあって……」


 それから、鳥里の女子生徒とおぼしき生徒が二人に声を掛けた。


「あ、呼ばれちゃった。ちょっと行ってくるね〜」

「すまん、少し外す」

「おうよ、それじゃあな」

「あ、何かあるんですね。行ってらっしゃい」


 挨拶をすると、二人は教室の外に出ていった。

 それからしばらくすると、天音が急に椅子から立ち上がった。


「ん? どうした? トイレか?」

「トイッ……!? コホン。いきなりなんてこと聞くんですかあなたは」


 天音は一瞬驚き、それから連理を半目で睨んだ。


「じゃあどうしたんだ?」

「ちょうど二人が出ていったところですから、着いてきてください。話があります」

「もしかしてサボ――」


 言いかけてから、天音に睨まれて萎縮する。


「いや、なんでもない。話だな、うん」

「そうです」


 少し不機嫌そうなまま外に出た。


 ◇


 誰も居ない二つ隣の教室。天音は話を少し小さな声で切り出した。


「話――というのは、秋花先輩とダンジョン管理局に関してです」


 この前、秋花から連理にも話したということを報告されていたのだ。


「……あー、じゃあ協力して行動しようって話か?」


 連理は少しだけ面倒そうに訊いた。


「いえ、正確にはそうではありません。確かにこの問題に対処しようとしているのは事実ですが――むしろ、問題は秋花先輩の方にもあります」

「……何?」


 怪訝そうに聞き返す。


「だって、急にあんな話をするなんておかしくないですか? それに、今まで何もなかったのに、管理局がいきなり交流祭で何かやるでしょうか?」

「それは、そもそも交流祭がいきなりのものだっていうのがあるんじゃないか? そういう意味では怪しい気がするが」


 連理は秋花に話された時と同じように反論する。

 誰かに言われたからといって、妄信的にどちらかに付くというのは嫌だったのだ。


「……確かにそうかもしれませんが、交流祭そのものにはちゃんとした開催理由があります。お互いの学園のイメージ改善、そしてさらに二つの学園の交流は大きなネームバリューになります。ですからこれそのものは怪しくはないと思います」


 天音は確かに彼の言うことも一理あるな、と思った。しかし、依然いぜんとして怪しいと思っていることには変わりない。


「まあ確かにそうか。でも、実はその裏で一部の職員だけ動いてる、なんてこともあるんじゃないか?」


 連理は軽く納得した様子で頷く。


「……その可能性は否定できませんね。調べてみないと分かりません。ですが、とにかく今回の交流祭には絶対に何かがあります。特に秋花先輩の動向に気をつけてください」


 天音はそう確信を持っていた。


「今まで普通だったし、そんなに怪しむことか?」

「あの人、常に飄々としているでしょう? もとから何を考えているのかは分かりません――それに、私が調べた限りでは、秋花先輩本人も怪しい動きをしています」

「それは単純に調査の結果なんじゃないのか?」


 どちらに加担するでもなく、未だに中立の立場を取る連理。


「それはありません。なぜなら、外部と取引をしていた証拠があるからです」


 天音は自信を持って答えた。


「なるほど……その外部ってのは?」

「そこまでは分かりません……表面上はただの家具店でした。ですが改竄の痕跡があったので……」

「そこまで分かるのか?」


 連理は不思議そうに訊いた。彼女にそこまでの能力があるとは思っていなかったからだ。


「それは――その、自分で調べました」


 天音は一瞬言葉に詰まった。


「へぇ……なるほどなぁ」


 言葉とは裏腹に、あまり納得した様子のない連理。


「あまり納得していなさそうですね」

「まあそりゃな。昨日の今日でこんなこと言われても分かんねぇし」


 そう苦笑する。


「でも、自分が何かやらなければ何も変わりません。最悪の事態を避けるために、行動しましょう」


 天音は手を差し出した。


「んだってなぁ、何が正しいのか分かんないのに行動してもな。それに、今までの仲間と敵対するとかよく分かんねぇし」


 しかし、彼はそれを握らず否定する。


「……では、何もしないということでしょうか?」


 天音は少しだけ内心苛立いらだっていた。大変な状況だというのに、何もしないのが理解できなかったからだ。


「俺は今俺が信じたいものを信じる。それに従って行動する――つまり、調査はするが、今はどこにも属さない」

「それでは遅いかもしれません」

「かもな。でも、未来のことなんて誰にも分からん。だから、俺は今後悔しない選択を取る」


 天音は『そんなのは思考放棄するための言い訳だ』と思った。けれど、その瞳を見ていると自身の覚悟が揺らぐような感覚があった。

 言っていることは至極単純で刹那的。なのに、なぜか引き込まれるような感覚があった。


(これがカリスマ、っていうものなのかな)


 内心、少しだけ羨ましかった。


「……刹那的ですね」

「そうかもな」


 まるで一本の太い幹のように、何があっても絶対に揺るがない。確固たる自分というものを持った人間。


 常に多くの責任を背負い、皆が納得できる選択を模索し続ける。そんな彼女にとって、動じない心を持ち、自分の意志の通りに行動できる連理は少し羨ましかったのだ。


「……なんでもありません。忘れてください。それと――ごめんなさい。変なことを言いましたね」


 彼女は本心から謝った。協力してくれないからと少し苛立ってしまったことの罪悪感があったからだ。それに、彼を勝手に天音の事情に巻き込むのはよくないと思ったからだ。


「いや、いいさ。そっちだって色々考えてるんだろ?」

「まあ、そうではありますが」

「前も言ったけど、あんまり気負いすぎるなよ。俺たちだって居るんだ」

「――あなたたちが居るから、難しいんですよ」


 天音は小声で呟いた。

 彼女は皆に頼られる存在。だから、それらしく振る舞わなければいけない。自分が責任を負って、自分がどうにかしなければならない。


 彼らは、自分が守るべき存在。

 自分一人ならどれだけ楽だったことだろうか。守らなければいけない存在が居ないなら、どうとでもできた。

 けれど、それが居るから一歩を踏み出すのが怖くなる。慎重になる。


 彼女にとって、仲間とはそういうものだった。


「え? なんだって?」

「いえ、なんでもありません。それでは、ありがとうございました」


 訊き返す連理に、天音はそれだけ言ってそこを去った。


「んええ? ……じゃあまあ、戻るか」


 困ったように後頭部を掻きながら、連理も作業に戻った。


 それからというもの、天音は先程の様子をおくびにも出さずに二人と話していた。

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