Prologue7

「むむむ娘!?」

 俺は衝撃の事実にびっくりして思わず後ずさってしまう。

 確かに言われてみれば同じブルーサファイアの瞳で顔もなんとなく似ている気がしなくもないが…だがそんなことは正直どうでもいい、問題なのは────

「娘はリリー王女1人じゃないのか?」

 イギリス王女と言えば、世界で誰もが知っているリリー王女という女王陛下のがいるのだが。歳は確か16歳でケンブリッジ大学に飛び級で入学するという頭の良さと、スポーツもテニスの腕はプロ級という文武両道の天才であり、更には容姿や性格面も完璧であるという才色兼備という言葉がピッタリな人物である。俺も仕事で何度か会ったことがあるが、リリー王女以外にもう1人、娘がいるなんて話し1度も聞いたことがなかった。

「いいえ、本当は2人いるの。セイナはリリーの双子の姉で2人とも私の可愛い可愛い娘達よ」

 女王陛下はニヤニヤしながら自分の身体を抱き締めながら言う。あーこれ知ってる、親バカってやつの顔だ。

「リリー王女に姉がいるなんて聞いたことないんだけど……」

「当たり前でしょ、世間に公表していないですから。知っている人も極わずかですし」

 えぇ……?公表してないって王女って隠そうと思って隠せるものなの?

「なんで娘を隠蔽する必要があるんだよ…まさか…まさか親が違うのか!?」

「双子だって言ってるでしょ、今ここでぶっ殺すわよ?二人とも私と夫の子供ですぅ~」

 エリザベス3世は頬っぺを膨らませながら否定した。

 こういうガキっぽいところが全然リリー王女と似てないから、ついついそうなのではと思ってしまう。まあガキっぽいとこを他の臣下には見せないんだろうけどね。

「じゃあなんでまたそんなことを?」

「フォルテは見たんでしょあのの能力…」

「能力?ああ、電撃かなんかの能力のことか?それと隠蔽がなんか関係してるのか?」

「うん、セイナが電撃を出せる能力、実は魔術じゃないの。あれは王族の血と加護が関係しているの」

「王族の血?加護?」

 俺が想像していた魔術とは全然違う、別の分野の話しに首を傾げる。

 最近では科学以外にも、魔術といった分野も進歩してきたこの世の中、別に電撃の1つや2つあってもおかしくない。

(俺の悪魔の紅い瞳レッドデーモンアイも魔術による魔眼の一種だからな)

 だが、それを踏まえても王族の血や加護といった力は聞いたことがなかった。

「えぇ、セイナは古くから伝わるイギリス王室の神聖な血を引いていることから、選ばれた人間として神からの加護を受けやすい体質になっているの」

「加護を受けやすい体質?神の加護?聞いたことないな…」

 エリザベス3世の言葉に俺はさらに首を傾げた。魔術の類だったらまだ理解できる。魔術は簡単に言えば、「最先端の科学」のようなもので、理論を説明するのが難しいだけで、実際はしっかりとした理論で成り立っているものだ。素人が電化製品を分解しても構造が分からないのと同じで、魔術も素人が術式を見ても仕組みは分からないが、魔術のほうが科学よりも儀式や術式などのオカルトチックなところもあるので、一般人には理解が難しいのかもしれない。

 だが、そのどちらでもない加護というものは、多少科学と魔術に精通している俺でも理解できないものだった。

「世界でも何人かはこの加護を受けている人物が目撃されているらしいけど、加護というのは簡単に言うと神から与えられる力、いわゆる契約に近いのかしら?ただし、加護を受けられるのはその神によって認められた選ばれし人間だけでこっちから契約することができないものなの。そして、セイナは生まれた時からトール神から加護を受けていて、その力によって電撃が使えるというわけ」

「トール?北欧神話に出てくるあの雷神トールか!?」

 俺の言葉にエリザベス3世は頷く。

 まじかよ…普通の能力ではないと思っていたが、まさか北欧神話の神からの加護とは恐れ入ったぜ…

 それならあの強力な電撃も理解できる。

「ただその膨大な加護の力を、あのはまだ完全にコントロールできていないの…」

「コントロールができてない?練度不足か?」

「それもあるんだけど…もう1つ問題があって、能力を顕現させるためには、実際にその神が使っていたとされる「神器」が必要になってくるのだけど、いまここにトール神の神器は1つもないの…」

「1つもない?でもあいつ、俺との戦闘時に電撃の能力を発動していたぞ?」

 セイナが最後に俺を気絶させたのは、電撃による攻撃だった。神器を持っていなかったとしたらあの攻撃はできなかったはず。

「それはあのが別の神の神器を使っているからです。神器は必ずしも加護を受けている神のものでなければいけないということはありません。違う神器でも加護の力を発揮することはできます。フォルテ、セイナが戦闘時に何の武器を使っていたか覚えていますか?」

「ああ、そういえばずいぶん変わった形状の双頭槍を使っていたな。あれも神器なのか?」

 セイナは両端に刃のついた双頭槍を使っていた。普通の双頭槍と違い両方の刃同士が逆刃になっていて、柄の真ん中が分離するという見たこともない形状のタイプだった。

「あれは同じ北欧神話に出てくる、オーディンの使っていた「グングニル」よ。使用者が居ないからセイナが使っているんだけどね」

 随分さらりと言ってるけどエリザベスさん……あれグングニルだったんですね……

 なんか、神とか神器とかだんだん話しのスケールが大きくなってきて、俺ちょっとついていけないんだけど……

「ええっと……?ってことはグングニルにも過去に使用者がいたってことか?そいつはどうしたんだ?」

 俺の問いに女王陛下は少し黙って、何か決断に迷っているような表情をする。

 なんでエリザベス3世がそんな顔をしたのか分からず、俺が頭にはてなマークの浮かべるなか、後ろでずっと話しを聞いていたセバスが女王陛下に声をかける。

「陛下……」

「大丈夫、分かってるから」

 女王陛下は覚悟を決めたのか、俺の方に向き直って改めて答えた。

「フォルテ、今回あなたをここに連れてきてもらった理由でもあるのですが、グングニルの使用者および、トール神の神器に関してあなたに頼みたいことがあります」

 エリザベス3世の、その真っすぐなブルーサファイアの瞳から、これから話すことへの覚悟や決心のようなものが伝わってくる。

「なんだ?その頼みたいことってのは?」

「はい、実はさっき言っていたグングニルの使用者とトール神の神器はこの建物に全てそろっていたのです。しかし、今から1か月前にその全てが何者かによって盗まれてしまったのです」

「全て盗まれた!?犯人の手掛かりは何か残っていないのか?」

「残念ながら……盗まれた当日、保管庫の衛兵は眠らされ記憶がなく、監視カメラなども調べましたが全てのデータは消去されていて、何一つ痕跡はありませんでした」

 エリザベス3世は俺から顔を逸らし、悔しさからその綺麗な顔を少しゆがめながら言った。

「そこで、フォルテには神器とグングニルの元使用者の捜索をお願いしたいのです」

「……」

 エリザベス3世には過去に世話になったこともある、俺の信頼できる数少ない友人でもある。今回のようなかなりデリケートな事件で、エリザベス3世はおそらく他国はおろか、国内にも頼れる人が少なかったのだろう。そのうえで多少強引な方法ではあったが、俺を頼ってお願いしてきたのだ。

 だが、それを踏まえてもこの依頼は簡単に受けれるほどやわじゃないってことは伝わってくる。

「盗んだ犯人の情報が皆無等しいんだろう?そんなの俺にどうやって探せっていうんだ?」

 どういう状態で神器を保管していたかは知らないが、かなり厳重だったはず。

 それを痕跡無しで盗むようなやつを、手掛かりなしで探すとなるとほぼ不可能に近いと言える。

「それについては問題ありません。その捜索にセイナを同行させます」

「はあ!?」

 エリザベス3世の提案に思わず声がでかくなってしまった。なにが問題ないだよ、問題大有りだよ!

「なんで俺があいつと二人一組ツーマンセルを組む必要があるんだよ…?」

「理由は色々ありますが、まず盗んだ犯人の情報が全然ありません。ですが加護を受けているセイナなら神器が近くにあると微弱ながらその場所を感知できるそうですし、戦力にもなります」

 感知できるって神器探知機じゃあるまいし……

「んーとりあえずその話は置いといて、さっきも聞いたけど、結局そのグングニルの元使用者ってのは誰なんだ?」

 自分の娘をダウジング呼びするエリザベス3世に俺が聞く。

「グングニル元使用者はフォルテ、あなたもよく知っている人です」

(俺のよく知ってる人?そんなやつイギリスでいたかな……)

 知り合いの少ない俺でも知っている人物と聞いて考えていると、女王陛下はさっきの隠し子発言と同じくらいのとんでもないことを口にした。

「グングニルの元使用者にして私の夫、そしてセイナ達の父親である現イギリス皇帝陛下を探して欲しいのです」



「はぁ…」

 俺は用意された来客用部屋のベッドに倒れ込んだ。

 長く張り詰めていた緊張も解けてか、女王陛下と会う前に丸1日寝ていたのにも関わらずどっと疲れが押し寄せてきた。

(いま何時だ……?)

 ベッドに埋めていた顔を横にして壁にかけられた時計で今の時刻を確認すると、針は20時を指していた。

 日本からイギリスに連れてこられた俺は、最初にエリザベス3世の住まいであるここバッキンガム宮殿の応接室連れてこられたらしく、そこで女王陛下と話しをしていた。その後キズの手当や食事、風呂などの手配をして貰い、さらには今日泊まるようの部屋として、宮殿内の来客用部屋までセバスに用意してもらった。

 俺は身体を仰向けに起こし、手を頭の後ろに回して今までの情報を整理することにした。

 まず、今回俺を襲撃してきたSAS訓練小隊隊長、女王陛下の長女である、セイナ・A・アシュライズ。

 年齢17歳の身長は目測155cm。体重、スリーサイズは不明だが、胸はB~C程で体型は小柄、髪色は黄金色の金髪で毛先は切りそろえてあり、腰までスラッと伸びたストレートのロングヘアーで、眼の色は宝石のように輝くブルーサファイア。肌はきめ細やかで透き通るように白く、全体的にかわいらしく整った顔、それと合わせて、きりっとしたつり目によって凛々しさも一緒に兼ね備えており、印象としては可憐な少女といったところか。

 彼女は生まれた時から加護を受けやすい体質により、雷神トールから電撃を扱える加護を授かったが、上手くまだ使うことができないらしい。その理由としてまず、力不足なこと、あと能力を使用するための神器が無いことが原因らしい。そこで女王陛下は、将来セイナがこの能力を上手くコントロールできるようにと出生を隠蔽し、軍隊に入れて心身ともに鍛えることにした。そしてその間に雷神トールの神器を世界から集め、将来セイナが使えるよう宮殿の保管庫に厳重に管理していた。だが、現在より約1ヶ月前に、保管していた神器全てと皇帝陛下が忽然と姿を消したのだという。神器の保管庫を調べた兵隊が見つけたのはたった一つの紙切れのみだった。

  (皇帝陛下と神器は預かった)



「保管庫にはその紙しか無かったのか?」

 俺は腕組をしながら女王陛下に聞く。

「えぇ、その紙以外は文字通り何も無かったわ。神器も皇帝陛下も…」

 さっきまで明るく話していた感じとは違って、女王陛下は少しだけ声を震わせながら静かに言った。皇帝陛下を失って1番悲しいのは妻であるエリザベス3世や娘達だ。だが、立場的に取り乱すことの許されないのを分かっているから兵士達の前ではなるべく感情を表に出さないようにと堪えていたのだろう。その感情を抑えきれず、溢れ出た怒りや悲しみの入り交じったような声に俺はなんて声をかけたら良いか分からず、黙ってしまう。

「フォルテ様、どうかこの依頼受けては頂けませんか?」

 黙ってしまった2人にセバスが気を利かせて俺に仕事の依頼を改めてしてきた。

「俺は…」



 結局俺は直ぐに依頼を引き受けることができず、「ちょっと、考えさせてくれ…」と言って部屋を出てしまった。

 でも、やはり簡単に受けれる仕事では無いというのも事実。神器集めだけでも結構ヤバそうなのに、それにプラスして行方不明の皇帝陛下までとなると流石に「はい、やります」とはなかなか言えない。

(かと言って事情が事情なだけに聞いてしまったからには簡単に断れないしな……)

 女王陛下が言うには、現在この任務はイギリス精鋭のSASと、秘密諜報部のMI6の管轄になっているとのこと。訓練小隊であるセイナは、事情を知っていながらも本隊員でないことが理由で任務に参加できず、ずっと悩んでいたらしい。セイナは本隊員としての資格は充分あって、入隊試験のメニューも問題なくこなしており、能力自体はほとんど問題なかった。だが、女王陛下が焦って周りの見えていない自分の娘が本隊員になっても周りに迷惑をかけるだけと思って申請を認めなかった。そんなこと知らないセイナは本隊員にしてもらうために女王陛下の元に直談判しに行き、女王陛下は色々迷った末に俺に助けを求めるべく、今回の任務(フォルテ誘拐作戦)を指示した。そして、今に至る。

 俺は改めて壁の時計を見ると21時を回っていた。

 頭の中で情報を整理していただけなのに、気づいたら小一時間もたっていた。

(寝るか……)

 俺は返してもらった左腕の義手を外してベッドの横の机に置いて、部屋の電気を消して寝ることにした。



「ん……ふぁ……」

 時差ボケで寝れるか心配だったが、悪魔の紅い瞳レッドデーモンアイを使った疲労感のおかげかぐっすり眠ることができた。

 カーテンの間から差し込む日差しに目を細めつつ、俺は伸びをしながら時計を確認した。

(ちょうど9時か)

 どうやら12時間も寝ていたらしい。普段の俺なら大体平均で7~8時間しか寝ないのだが、悪魔の紅い瞳レッドデーモンアイを使用するとこういった所に影響が出てしまう。今回は12時間程度の睡眠で済んだが、あまり能力を使い過ぎると2日3日目覚めないなんてこともあり、1日2~3倍程度なら最長で15分は能力が使えるので、それよりも使い過ぎないよう気をつけるようにしている。

 ぐぅぅぅぅぅ

 12時間も寝ていたせいかお腹が鳴ってしまった。

(朝飯、どっかで貰うか……)

 俺は朝飯を探すべく、用意してもらった服に着替えて義手を装着し部屋を出た瞬間。

「どいてくれ!!」

 バンッ!と通路を走っていたスーツの男とぶつかってしまった。

「す、すまない!急いでいるんだ!!」

 俺にぶつかったスーツの男は衝撃で尻もちを着いたが、急いで立ち上がってそう言うと走り去ってしまった。

(なんかあったのか?)

 俺はその急いで走り去っていった男を追いかけることにした。



「女王陛下大変です!!」

 スーツの男は女王陛下の部屋をノックせずに勢いよくドアを開けながら入っていく。

「ええ、分かっています。今テレビで情報を────」

 女王陛下はテレビでやっていたライブニュースに釘付けになっていた。

 上空ヘリからの映像には、イギリスのケンブリッジ大学から火が上がり、周りの人々が逃げ回っている様子を現場のアナウンサーが早口に興奮しながら伝えている映像が流れていた。

「いえ!そうではなくて、女王陛下宛に電話が!!」

「ッ!?電話はどこに!?」

「こちらです!」

 女王陛下はスーツの男の携帯を受け取って電話に出る。

「もしもし?」

 女王陛下が電話に出ると、低い男の声が返ってきた。

 その内容に女王陛下を含めた部屋にいた全員が驚愕した。

「ケンブリッジ大学は占拠させて貰った」

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