Prologue3

「はぁ……はぁ……」

 ひどい臭いと自分の血の臭いが混ざって吐きそうになる。水が垂れてポタポタとなる音や、ネズミが走る音が時折聞こえる中、痛みに顔を歪めながら俺は必死に逃げていた。

(久々に銃で撃たれたけどマジで痛ぇ…涙出てきたわ…)

 狙撃された場所の真下にたまたまあったマンホールから下水道に逃げた込んだ俺は、灯りもあまり無い薄暗い中を、壁伝いに歩いていく。

 ビルの屋上のスナイパー見つけた俺は、撃たれる前に逃げようとしたが間に合わなかった。逃げるのが遅れ、放たれた銃弾を避けることを不可能と判断した俺は、飛んできた銃弾をあるを使って右手で勢いを殺して止めようとしようとした。が、想像以上に威力のあったライフル弾の勢いを止めきることができず、その結果、銃弾を持った右手を自分の頭に思いっきりぶつけてしまい、銃弾の先端が額にそこそこ深く刺った+軽い脳震盪のうしんとう、さらに弾道を変えた弾が左肩の鎖骨上を被弾したのだ。血もそこそこ出たが、どっちの傷も奇跡的に致命傷は避けることができたのと、俺が撃たれてパニックを起こした周りの一般人のおかげでとりあえずここまで逃げてくることができたが……

  (これからどうするか……)

 傷の治療を優先してやりたいが、医療器具などは持っていないし、頼れる医者もいない。今はとりあえず、一般人から借りた(盗んだ)タオルで頭と肩を止血しているがこれでは心もとない…自宅に帰れば簡単な治療はできるのだが。

(問題は追っ手だな)

 市場に死体が無いことと、血がマンホールの下に続いていることに奴らは気づいておそらく追っ手を出してくるに違いない。幸い今日の市場は普段より賑わっていて人が多かった。混乱が収まるには時間がかかり、俺がどこに逃げたか分かるのも遅れるはずだ。そして、仮にバレたとしてもこの下水道はなかなか入り組んでいて、まるで迷路のような作りになっている、血痕を辿ってきても相当な時間を要するはずだ。

 自宅への待ち伏せアンブッシュも心配だが、恐らくそれもない。理由としてはバーバラの情報で奴らは3日前から俺のことを探していたらしい、居場所を知っているなら狙撃なんてこんな回りくどいことせず、3日前に丘の上の自宅を襲撃していただろう。

(とにかく追っ手が来る前に自宅に戻って治療しないと…)

 致命傷を避けたとはいえ、血が一気に出たことによる貧血と軽い脳震盪で頭がクラクラしてくる。今は傷を塞いで血を止めることを最優先にしてそのあとにどうするか決めることにした。

 俺は追っ手に追いつかれてた際にいつでも戦闘できるよう、持っていたHK45を左手の義手で抜いてマガジンに弾が入っていることを確認する。スライドを引いて弾を装填、撃鉄を起こしてシングルアクションで素早く弾を撃てるようにし、セーフティーを解除する。

 戦闘態勢を整えて俺は自宅の方向に向かって急ぐのであった。



Aアルファ部隊、状況を報告せよ」

 Bブラボー部隊のアタシたちは表市場のすぐ近くに止めていた今作戦の拠点である軍用車両ランドローラーウルフに戻ってターゲットを追っているAアルファ部隊に連絡する。

「こちらAアルファ、ターゲットのものと思しき血痕は西側の山岳方面に続いている模様、現在2人でその血痕を追っています」

 Aアルファ部隊から連絡が帰ってきた。さすが軍の最新無線と言うべきか、地上と地下でもはっきりとやりとりすることができる。なんでも魔術と科学の併用品らしく、電波でやりとりする無線であることは変わらないのだが、魔術で電波を直接無線機周辺まで転移させることで、どんな場所でも無線の届く範囲内であれば普通に会話ができるらしく、地上と地下でも普段と同じくらい鮮明に声が聞こえる。

 正直アタシは魔術はからきしなので細かいことは分からないが、まあ普通に会話できているので別に気にしていない。

「こちらBブラボー了解。アタシたちもAアルファ部隊に合わせて地上を探してみるわ、何かあったら連絡しないさい」

「こちらAアルファ了解」

 通信を終えてアタシは無線を置いて電子デバイスでこの街の全域の地図を出してマンホールの位置を表示する。

 この街は、東側は太平洋が広がっていて、あとは山に囲まれた地形になっている。マンホールに逃げたと最初聞いた時は、長距離逃走を予想して、東側の港方面に向かうか、北側にある駅に向かうものだと思ったのだが、そのどちらでもない西側の山岳方面、なにも考えずに逃げているのか?それとも裏をかいたのか?

(何か引っかかるのよね……)

 アタシは腕組みをして西側方面に何かないか探していると、ランドローラーウルフの運転席に乗ったアーノルド隊員がボソッと言う。

「しかし、奴はこの3日間どこにいたんでしょうね?」

 確かに言われてみればそうだ。3日前から街の住民に聞いても全員知らないと言い、街中を探しても見つからなかった。港や駅、道路も監視していたが、街に帰ってきた様子も出て行った様子もなかった。

(つまり奴はこの3日間この街のどこかにいたということ。)

 改めてアタシは西側方面の地図を見る。だが、やはりこれといって何もない、あるのは山と森だけ…

(本当にそれだけ?)

 アタシは地図の西側の街ではなく、山岳方面の森を拡大して見る。すると森の中に少し禿げた部分を発見した。

(これってもしかして?)

 さらに拡大してみると、小さな一軒家が建っていた。街中は全部探したが、この場所は一回も訪れていない場所だった。

「アーノルド、森の中に隠れ家のような一軒家を発見したわ‼︎西側の山岳方面に急いで車を出して‼︎」

 アタシは運転席に座っていたアーノルドに指示を出す。

「了解、隊長‼︎」

 アーノルドがランドローラーウルフにエンジンをかけて雑にアクセルを踏み込んで車を飛ばす。

(今度こそ仕留めてみせるッ)

 アタシは心で意気込みながら鋭い眼光を西側に向けたのだった。

(なんとか着いたな……)

 俺は自宅裏にこっそり作った街の下水道と繋がっている地下道のマンホールの下まで逃げてきていた。追っ手を警戒はしていたが、なんとか追いつかれずにここまで来ることができた。

 ハシゴを登り、マンホールを開けて周りを確認しながら外に出る。

(よし、周りに人の気配は無いな)

 30分ぶりの日差しに目を細めながら、一応待ち伏せアンブッシュがいないか警戒しつつ自宅へ向かう。

(自宅中もクリアだな)

 自宅の裏口の扉横にまで走った俺は、銃を抜いて、中にだれかいないことを確認してから急いで入る。

 ひと息つく間もなく、まずは傷の手当をするために救急箱から消毒液を取り出して傷口にぶっかける。

「いってぇぇッ……」

 消毒液が傷口が染みて激痛が走る。下水道の汚い空気で感染症は避けたいため消毒は仕方ないがめちゃくちゃ痛え…

「はぁ……はぁ……」

 次に傷口を塞ぐために本当は縫って止めたいが、時間がないので応急処置として医療用瞬間接着剤で傷口を塞いで固める。固まるまで少し時間があるので、その間に少しでも消耗した体力や血液を補充できるように家の中にあったみかんやイチゴ、朝食の残りのハムなどを適当に口の中に押し込んでいく。この際味なんて気にしていられない。

「……ゴクッ……はあ……はあ……」

 無理やり口に入れた食い物を飲み込みながら、逃走用の荷物をバックパックに無理やり詰め込み、固まった傷口に包帯を巻きつけ、正面から家を飛び出す。家に着いてからこの間3分。

(さて、問題はどっちに逃げるかだな……)

 自宅からの逃げ道はざっと分けて3つある。

 1つ目は今朝使った市街地ヘ行く道。

 2つ目は今使った下水道と繋がった地下道。

 3つ目は家の周りの森林。

(森林は追っ手に追いつかれて囲まれたらヤバいし、下水道はすでに追手が来てる可能性がある…正面から北側の駅を目指すしかないか)

 俺は意を決して正面玄関から今朝通った道を下ろうとしたその時だった!

「そんなに急いでどこに行くんだ?」

「もう逃がさないわよ」

 坂の下にいた黒い戦闘服とガスマスクをつけたおそらく男と女の2人組がそれぞれ銃を構えながら英語で声をかけてきた。

「クッ!!」

 俺は咄嗟に左足の銃を義手で抜いて臨戦態勢に入る。

(クソッ、流石に隠れ家の存在に気づいたか……)

 10mくらい離れてはいるが、このくらいの距離なら俺は絶対外さない…

「ちょっと待て、あなたが大人しく言うこと聞くならこっちは手荒なことはしない」

 いつでも銃を撃てる体勢で相手を睨みながら俺が相手の動きを伺っていると黒い戦闘服の男から話しかけてきた。

「人の頭をぶち抜こうとしてたやつの言うことなんて聞くと思うか?貴様ら何が目的だ?」

 ガスマスクの男の提案を蹴って俺は情報を引き出すためにとにかく喋らせようとする。

「詳しくは話せませんが、強いて言うなら貴方を始末する、もしくは生け捕りです」

「誰の命令で?」

「それを我々が話すと?」

「そりゃそうだな」

 なぜ俺を狙うかまでは分からなかったが、今の会話でいくつか分かったこともあった。

 まず、男の装備はライフルのG3SG/1、女の方はハンドガンのDessert Eagleとアタッシュケースを横に置いていて、両方とも黒い戦闘服とガスマスクをつけていること、あと男の言語は英語ではあったが、今朝聞いたバーバラのアメリカ訛りの英語と違って、若干のイギリス訛りが入っていた。装備と言語だけでは完全に断定できないが、多分こいつらはイギリスかどっかのヨーロッパ方面の国の特殊部隊かなんかなのだろう…どっかヨーロッパの国にケンカなんか売ったことあったっけ?

「抵抗するなら容赦しないわ!もう一度痛い目みたくなかったら武器を捨てて投降しなさい!」

 女の方がしびれを切らしてDesertデザート Eagleイーグルをこっちに向けたまま大声で言ってきた。

「はあ…分かった。そちらの言うとおりにするから銃を下ろしてくれ」

 俺は銃を地面にゆっくりと置いて両手を頭の後ろにやりながら2人に言う。

「手は見える位置に出せ。あとそのバックパックも置きな」

 黒い戦闘服の男の方がゆっくり近づきながら言う。

「へいへい……ほらよッ」

 俺は背中に背負ってたバックパックを肩から下ろして自分前5~6mくらいの場所に放り投げた…そして

 バァン!!

 バックバックが地面に着いたと同時になにかが爆発し、巨大な音と共に激しく光った!

「なっ!!」

「クソ!!」

 リュックと背中の間に今朝バーバラから買ったm84スタングレネードを隠し、バックパックを自分の前に投げる直前にピンを抜いてから放り投げたのだ。ガスマスクの2人は完全に意表を突かれてその場で体を硬直させてしまう。

 バンッ!!バンッ!!

 目を閉じてフラッシュを回避した俺は、怯んだ2人の隙を見逃さず、置いた銃を素早く拾い直して2発の銃弾を撃つ。

 左脛と右腕に.45ACP弾を1発ずつ、近づいてきていた黒い戦闘服の男に命中させる。

「ぐぁあ!!」

 被弾した男は持っていたG3SG/1ライフルを落とし、撃たれた場所を抑えながらその場に倒れる。

「この!!」

 ドンッ‼︎ドンッ‼︎

 女の方は前にいた男の隊員のおかげて多少フラッシュを回避できたのか、Desertデザート Eagleイーグルでこちらに撃ち返してくる。俺はそれを坂の頂上まで走って銃弾から逃げる。

 銃弾を避けながら坂を登りきった俺は、さっき来た道を戻って、再び家の裏口にある下水道に繋がっている地下道の方に向かって走る。

(男は負傷させたし、女の方も負傷した隊員のせいですぐには追っては来れないだろう、この隙に下水道の迷路に逃げ込んで敵を巻くしかないッ)

 そう思った俺は、家の横を通って裏口のマンホールに向かおうとする。だが────

「どこに逃げる気だ?」

「こっちには行かせねえぞ」

 今度は黒い戦闘服とガスマスクをつけた男2人組がそれぞれL85アサルトライフルとSIG SAUER P226ハンドガンを構えてマンホールの前に立っていた。

「クソッ!新手か!」

 2つ目の逃げ道を塞がれた俺は走るのを止めず、そのまま右手で銃を構えた状態で突っ込む。

「死ね!!」

 ガスマスクの男は、L85アサルトライフルをセミオートで2発俺に向かって放つ。

 その正確に放たれた弾丸は俺の眉間に吸い込まれるようにして飛んでくる……

 それを────

 ギンッ!!ギンッ!!

 俺はそれを左手の義手で弾いて人体への被弾防ぎながら無理やり敵との距離を詰める。

「なにッ!?」

 ガスマスクの上からでも驚いたのが分かる敵の懐に潜り込み腹に向かって銃弾を撃つ。

「がはぁ!!」

 腹に銃弾をくらった隊員が痛みで片膝を着く。

 防弾チョッキの上からとはいえ、この至近距離で銃弾をくらうのはかなり痛い。

「こいつ!!」

 横に居た別のガスマスクの男が撃たれた仲間をカバーしようと、こちらにSIG SAUER P226ハンドガンを向けて発砲しようとする。

「おらぁぁ!!」

 俺は片膝を着いてた隊員の胸ぐらを掴んでハンドガンを構えていたもう一人に目掛けてブン投げた!

「なっ!?ぐあぁ‼︎」

 装備を合わせて100kg近くある人間を放り投げてこられたら誰だって驚く。

 隊員は思わぬ攻撃に驚いてしまい、避け切ることができずに激突し地面に倒れ込んだ。

 そして2人が体勢を立て直す前に俺は銃口と小太刀の村正改をそれぞれ向けて抵抗できないようにしてから言う。

「お前らには聞きたいことが山程あるが、まずは一体何が目的で俺を捕らえに来たのか教えてもらおうか」

 こいつらは明らかに街のチンピラやそこらのギャングとは動きが違う。たまたま連携の甘さや俺の意表をつく攻撃でなんとか優勢に立てているが、どこかの国の特殊部隊がなぜこんな極東にまで来て、なぜ俺を襲撃してきたのか単純に理由が知りたかった。

「貴様に喋ることなどない……殺せッ」

 銃弾を腹にくらったガスマスクの男は右手で被弾した場所を抑えながら強がるように言った。

 こういう連中が簡単に情報を喋るわけないのは分かっていたがどうするか……

 まだ敵が何人いるか分からない状況で人質にしても、自分の逃走スピードを遅くするだけだし。仲間を半殺しにして脅したり、自白剤で情報を聞き出すとかはできるけど…どれもスマートじゃないし、時間がかかりすぎるだよな……

 いくら襲われたからといって余程の理由がない限り、俺は基本殺しは行わない。偽善者と言われるかもしれないが、それが俺のポリシーでもある。殺しは誰でも簡単にできるが、生かすことは殺すことよりも何倍も難しい。そして殺すことで得られるものは数少ないが、生かすことによって得られるものは多いと俺は思っている。だから基本殺しはやらない。

 俺は武器を敵に向けたまま、こいつらの有効活用方法を考えていたその時────

「銃を下ろしなさい!!」

 さっき坂下にいたガスマスクの女が俺の背後からDesertデザート Eagleイーグルを向けて現れた。

(やっべぇ…こいつらどうするか考えてて全然気づかなかった…)

 俺は平静を装いながら銃口を倒れた隊員に向けて背後の女の方へゆっくりと向く。

 撃たれた仲間の処置を済ませて急いでこちらの援護に来たのだろう…女は肩で息をしながら、左手でアタッシュケースを持ち、右手で銃をこちらに向けた状態で言う。

「この状況なら、あんたがその銃で私を撃つ前に私は先に引き金を引けるわ。それにもう、さっきのような不意打ちは効かない。だから銃を下ろして」

「嫌だね。お前が俺を撃つ前に俺はお前の仲間を撃つくらいはできるぞ。こいつの頭にでっかい穴開けてもいいのか?」

 まあ、本気で撃つ気はないんだけどね。

 仮にここで俺がこのガスマスクの女の仲間を殺してしまったら、確実にDesertデザート Eagleイーグルで撃ち殺される。あくまで銃を下ろせと言われたことに対しての脅し文句で俺は言った。

「それは…やめてほしい。だから交換条件を提示したい」

「条件?」

「そう、条件だ。その銃を下ろしてくれるなら私も銃を下ろそう」

「下ろしてどうすんだよ?お手て繋いで今更仲良くすんのか?」

「いや、私と一騎打ちで勝負して欲しい」

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