深きシラナギ女学園
湿布汁
第1話「合格」...でいいんだよね?
「っは〜......!緊張したぁ!」
お母さんが運転する車に揺られながら、私は後部座席に横たわる。
「ちょっと、ちゃんとベルト締めててよ?ほら起き上がって」
「だって......もう、全部出しきっちゃって.......起きれない」
「残念、途中でアイスかケーキでも買いに行こうかと思ってたけど、真っ直ぐ家に帰ったほうが良さそうね」
「ダーゲンハッツのキャラメル!」
「あ、起きた」
「キャラメル!」
「わかったわよ」
私、小学6年生の
例年の受験倍率は2〜3倍。
2年前に学園を知って、この倍率を聞いたときは、絶対パスするつもりだった。
けれど、お母さんが取り寄せたパンフレットを見て、一気に気が変わった。
小さい頃に絵本で見たどのお城よりも、キレイで豪華な校舎。
美しく整えられた植え込みや、色とりどりの花が一面に咲き乱れる花壇。
中庭には大きな噴水、その近くには生徒の憩いの東屋。
大きな集会ホール、カフェテリア、図書館.......
そんな華やかな学び舎を、素敵な制服をまとって過ごす在校生たち。
誌面を飾る彼女たちの、楽しそうできらびやかな笑顔を見て、私は受験を決意した。
単純な動機かもしれないけれど、実際、私はあのときに感じた「憧れ」だけを原動力に、今日まで頑張ってこれたんだ。
試験当日の今日だって、受けた筆記試験も面接試験も、手応えしか感じなかった。
それでも万が一......ってことを考えると、心臓が変に引き締まってソワソワするけど。
「どう、いけそ?白咲」
「多分」
「あはは、多分って」
「決めるのは学園長先生だもん」
「ん、それはそうね」
「私、私はね?自分なりにベストだったと思うよ、今日は」
「ならそれで良いじゃない、文句なし。来週の合格通知が楽しみね」
決まってもないのに大げさに期待するお母さんの言葉を聞いて、やっぱり少しだけ怖くなってきた。
もし、もしも本当に落ちたら、この2年間に夢見てきた青春と、積み重ねた努力が......
「......来なかったらどうしよ」
「いま頃みんな、きっとそう思ってるわよ」
「え?」
「今日の受験生たちのこと。みんな同じよ、すごく不安なはず。でも、みんな不安になってる中で、自分のベストを出せたって感じてるなら、灯莉は大丈夫よ」
「......それ、根拠になってなくない?」
「その
「う〜、余計不安になった!!」
「あっはっはっはっは!はいもうクヨクヨナヨナヨしない!リオンモール着くよ!」
その日、リオンでキャラメルアイスと、モンブランを買って食べた。
そしてそのちょうど1週間後、私の家のポストに一通の封筒が、
「......あ、お、お、お!おか!おかあさ、お母さん!お母さーーーーん!!」
一通の、合格通知書が届いた。
「そうかァ!ついにやったか灯莉!」
「うん!春から白咲いけるよ!」
「いよいよだな!よぉし、父さんこっちでバリバリ稼ぐからな!じゃんッじゃん青春してこいよ!」
「うん!ありがとうお父さん」
タブレット端末でビデオ通話中。
画面に映っているのは、海外に単身赴任中のお父さん。
ワイン工場の管理を任されてるからか、映る向こうの風景は、薄暗がりのワイナリーみたいな場所だった。
あ、タルも発見。やっぱりワイナリーだ。
「ちょっとぉ、職場で私的な通話しっぱなしでいいの?」
こっちで一緒に通話してるお母さんが口を挟む。
「今日休暇とってるんだよ。それにここ、取引先の人が趣味で持ってる個人のワイナリーだから平気さ。ちょっと仲良くなってね、遊びに来てるんだ、ホラ」
お父さんがパソコンをズラしたのか、カメラの方向が変わった。
すると画面の向こうに、木製のカウンターに立ってワインを飲んでる、白いおヒゲの大きなおじさんが映った。
「ハァイ!」
おじさんがこっちに気付いて手を振ってくれた。陽気な人だ。
「やっぱり、一緒になって飲んでるのね?そっちってまだ昼間でしょ?」
「バレた!」
「え?」
「暗がりだからって油断したわね、ちょっと顔が赤くなってるのは始めから気付いてたわよ」
「ははは、お前にゃ敵わないな!」
「お母さんすごい......」
「まったく。......それで?次はいつ帰って来れるわけ?」
「あ〜......その、いつ.....かなぁ」
「かなぁ、って!もう呆れた」
お母さんが席を立った。
「私ちょっと郵便受け見てくるから、その間に灯莉に謝っときなさいよ」
「あ、おかあさ.....」
「あちゃ〜......」
お母さんはリビングを出て玄関へ行ってしまった。
そこまで怒ってる様子ではないけれど、何か、私の知らない事情を知っているような?
「ん、そうだな、まずは灯莉に謝らないといけない。お母さんにはここんところずっとメッセージしてたんだけどな、父さん、今年の春には日本に帰れそうにないんだ。父さんが扱ってる商品って、その、作るのにすっっっっごく時間がかかるもんでな......」
「あ、うん.......」
なんとなく、気付いてはいたけれど。
「でもな、こうやってビデオで連絡取る時間はたくさん確保できるし、灯莉の新しい制服姿とかも、写真送ってもらってちゃんと見るからな!ちゃんとお祝いするぞ!」
「うん」
やっぱり。
「なんだ、だからその、な、.............ごめんな。入学式、行けないんだ」
「そっ.......か」
ちょっと。いや、すごく。というか、かなり残念。
私にはどうしようもできない問題だからこそ、ひどく、残念だ。
「じゃあ、文化祭とかは、来てね」
「お、おお!もちろん!でも文化祭って秋だろ?秋も一度帰るけど、父さん夏にも一旦そっちに帰れそうなんだよ」
「本当!?じゃあ夏休みにみんなでまた旅行しようよ!あと花火とか!」
「よーしわかった、灯莉もしっかり予定空けといてくれよ?友達とか部活とか宿題ばかりにかまってると父さんまたワイン飲んじゃうからな!」
「も〜、そんなことしたらお母さんが鬼になっちゃうよ」
なんとか気分を持ち直しかけたそのとき、廊下からお母さんの足音が聞こえた。
そのままドアを開けて、リビングに入ってくる。
「あ、お母さん。話は聞いたよ、でも平気。お父さん、夏も帰ってく......」
言い切る前に、お母さんは遮るように言った。
「灯莉、今すぐ受験のときに着たスーツ着てきて」
「え!?」
お母さんはそれだけ言うと、テーブルのタブレットの横に何かを置いた。
白い、封筒?
表面には、『白咲女学園』の印字が。あれ?合格通知は一昨日受け取ったのに。
何か胸騒ぎがして、私は中身を確認した。
折りたたまれたその手紙を出して開き、時候の挨拶を読み飛ばして、急いで本題のあたりを読む。
「澄条灯莉さんの今回の受験結果に関しまして、弊校による今後の対応を、急遽変更する運びとなりました。つきましては、学園長より詳細をご説明をさせて頂きたく..........」
その文末には、「保護者様ご同伴の上、弊校の学園長室までお越し下さいませ」と。
対応の、変更?
それだけ聞いても何を指しているのかがまるでピンとこなかった。
ただ、お母さんのあの剣幕を見る限り、私はこれから、急いで白咲の学園長室まで行かなければならないようだ。
やや状況の整理ができたところで、外向きの服とバッグを抱えたお母さんが、2階から降りてきて姿見のある部屋の方へかけて行った。
「お母さん、あの手紙ってどういう......?」
「灯莉、あんたカンニングとかしてないよね?」
服を着替えたお母さんが、化粧台に座りながら私に問いかける。
「し、しないよ!するはずないじゃない!」
「そりゃそうよ、灯莉がそういうことするはずがない。だから余計に怖いのよ、その手紙」
「......どういうこと?」
「大人の私が読んでも、合格を取り消したいのか、別の要件なのか、その手紙が何を言いたいのかわからないってこと!おまけに学園長室に行く日時は指定されてないし。まるでいつでも良いから早く来いって言われてるようで......」
「あ......」
「とにかく、学校が受験の合格者に寄越す手紙にしては内容が薄気味悪すぎるから、とっとと学校行って白黒つけるわよ!」
「う、うん!」
私も席を立って、急いで自室で着替え、白咲へ向かう準備をした。
私もお母さんも、ドタバタと家中を駆け回り、身支度を整えてからすぐに車に乗った。
「ベルトした!?出すよ!」
「あ!」
「なに!?」
「お父さんのビデオ通話、繋ぎっぱなしでリビング置いてきちゃった!」
「あんな酔払い今は放っておいて!」
車が加速し、白咲女学園の校舎へ向かう。
一方、無人の澄条家には、お父さんの通話音声が響いていた。
「おーい......灯莉?暁子?おーい。なんかリビング暗くないか〜?...........いないのか?......マジで?」
しばらくして、私たちの車は白咲女学園に到着した。
正門の守衛さんに、念の為持ってきた封筒と手紙を見せながら事情を話すと、「既に複数の合格者と保護者様が、同じ要件で来校されている」といって、すぐに門を通してくれた。
敷地に入って数百メートルほどの並木道を通り、右に曲がる。
その先からは立ち並んでいた木々が無くなり、目の前の開けた空間には、職員と来賓用の駐車場がある。
お母さんが車を停めると、私たちは急いで降りて、すぐ近くにある来賓用玄関に向かった。
「ちょっと灯莉、昇降口からじゃなくていいの?受験のときはあっちから入ってたでしょ?」
「学園長室は来賓用玄関の真上なの。入ってすぐの階段から直接行けるはず」
学校紹介のパンフレットで、校内の地図を何度も見たから、建物内の構造はよく覚えている。
気付けば私は、お母さんよりも焦る気持ちが強まっていた。
ようやく勝ち取った合格が、何かの間違いで取り消されることになったら。
そんな、膨らむだけ膨らみ続けるどうしようもない不安が募って、お行儀よく昇降口から入ろうなんて、考えている余裕はなかった。
玄関に入り、私は持ってきた上履き、お母さんは、スリッパ掛けに用意されていた来賓用スリッパを履いて、正面の階段を上がる。
そして2階の、階段の真正面に、「学園長室」という札が掲げられた、木製の扉が見えた。
階段の踊り場から進み、左右に伸びる廊下を見ると、バラバラの制服を着た女の子が3人、そして、その親御さんと思わしき大人が、それぞれの子どもの横に立っていた。
その人たちの手元には、封を切られた白い封筒がちらつく。
「同じ手紙を、受け取ったのかな」
「そうだろうね」
互いに耳うつような声で言葉をかわし、私たちは学園長室の扉の前を避けて、大人しく横の方へと並んだ。
この様子なら、ここで待っていれば良い、んだよね?
この後、どんな話が待っているのだろう。どんな展開になってしまうんだろう。
廊下の静けさとは対照的に、私の胸の内は騒がしくなる一方だ。
他の子たちは、どんな気持ちでいるんだろう。
気になって、私は周囲を観察した。
「......まだか」
「さっき学園長先生が、書類を準備してくるって仰ってたじゃない。静かに待っていましょうよ」
「いいか、母さん。書類を持ってこられても、そこに吉報が書かれているとは限らない。この後の説明次第で、今日までの苦労が全て骨折り損になることだって考えられる。こんな状況、苛立たない方が難しい」
きれいな黒髪を後ろに結った、凛々しい顔立ちの女の子。
どうやら、ここで待たされていることにしびれを切らしているようだ。
となりの、お母さんがなだめるようにしているが、当の本人は、眉間にますますシワを寄せている。
「その......良い話だと、良いわね」
「そうね......」
ウェーブの掛かった長髪の、明るい髪色をした女の子と、彼女にそっくりなお母さん。
2人とも、自分の片頬に手を当てて、困ったような仕草を見せている。
ポーズから表情まで、本当にそっくりな親子。
「......」
「......寒く、ないか?」
「だいじょうぶ」
「でも震えてるぞ」
「怖くて、仕方ないだけ」
「......すまん」
ボブカットの、メガネを掛けた小柄な子。
その横には、彼女が後ろにすっぽり隠れてしまうくらいに大きな、お父さんがいる。
確かに、よく見るとその子は小刻みに震えている。
わかるよ、その気持ち。
作品の途中ですが、ここで作者よりご挨拶申し上げます。
本作品をお読み頂き、ありがとうございます。
取り急ぎ、ここまでのご感想はいかほどでしょうか?
読者様から寄せられた反応を参考に、続きを執筆しようと考えております。
今後とも本作品をよろしくお願い申し上げます。
深きシラナギ女学園 湿布汁 @daifukucrimson
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