第19話:悔し涙


「ニナ。いけるか?」


「はいっ!!」


最近、入ったばかりの獣人族兎人種の少女、ニナは俺の問いかけに元気な返事を返した。ニナの同期は4人いる。皆、同じタイミングで奴隷商から購入したのだ。彼女達5人はそれぞれ何かしらの過去があるのか、店主のミームは是非俺にと勧めてきたのである。5人がうちに入ってから、既に1週間。昨日は冒険者ギルドにサクヤを伴って行かせたのだが、早速そこで軽く一悶着があったらしい。まぁ、とはいってもサクヤはSSランク冒険者で一方の5人も鼻の高くなったCランク冒険者程度なら、軽くあしらえる実力があった為、そこに問題はない。


「……………」


「始めっ!!」


審判であるティアの合図を聞いて、先に動き出したのはニナだった。最初から全力である。訓練場全体に彼女の気迫と床を蹴った際の衝撃音が伝わる。一方のビオラだが……………彼女は対戦開始前と何一つ変わらず、ただ目を瞑って、立っているだけだった。


「"速音剣ソニック・ソード"!!」


ニナは右手に剣を握り、左手に鉤爪という変わった戦術スタイルをしていた。その為、彼女に直接、戦闘の指導を施した師匠が2人いることになる。最初、彼女は俺やカグヤに憧れ、刀を扱いたがった。しかし、色々と適性を見ていくうちに今のようなスタイルへと辿り着いたのだった。


「っ!?」


このトリッキーな戦術によって、相手に心理的なプレッシャーをかけ、戦いが始まる前から優位を取る…………これがこちらの狙いだった。しかし………………


「そこまで!勝者…………ビオラ!!」


問題はニナの方がビオラよりも圧倒的に戦闘経験が少ないことにあった。もちろん、彼女もこの1週間、死に物狂いでレベルアップを計り、俺達の英才教育によって、とんでもないスピードで成長していた。ところが、ビオラには遠く及ばなかったのだ。それもそのはず。ビオラは6年もの間、各地を旅していたのである。自衛の術は心得ていて当然だし、何より、あのブロンの娘なのだ。それがうちに入って1週間の者に負ける道理はない。だから、こうなることは初めから分かっていた。


「ううっ……………」


ニナの首元に手を当てられた状態で少しの間、止まっていた時間は彼女の悔し涙で再び、動き出した。ビオラは戦う前から、瞑想を行い、極限まで集中力を高めていた。その様は応接室で話していた時の彼女とは違い、武人そのものであった。ニナが"動"であるとするのならば、まるでビオラは"静"。対戦開始の合図を聞き、ニナが駆け出した時もしっかりとその動きを捉え、最小限の動きで敵を仕留めんと身体を動かしていた。結果、ニナの剣を横に避けた後、そのまま貫き手を彼女の首元に軽く当て、見事勝利を収めたのだ。ちなみに今回のルール上、殺しはなしだ。攻撃が当たる寸前で止めるか、軽く触れさせる。それを見た審判がどちらの勝利かを判定するということになっている。そうでなければ、ニナは死んでいただろう。ビオラがその気になれば、それも可能だっただろうからな。まぁ、その前に俺達が止めるから、そんな未来はこないが。


「何でこんなことをさせたの?シンヤなら、分かっていたはずでしょ?その子がぼくに勝てないことぐらい」


ニナに近付く俺に対して、ビオラが強く睨みながら、そう言ってくる。俺はそれを無視して、泣きながら身体を震わせるニナを抱き締めた。


「ううっ、シンヤ様……………すみません。負けてしまいました」


「謝ることはない。お前はよくやった。いいか?世の中には強い奴がわんさかいるんだ。そいつらは持ち前のセンスと膨大な戦闘経験によって、そこまで強くなった。お前はここにきて、まだ1週間しか経っていないだろう?まだまだ伸び代があるんだ。だから、これからも頑張れば上にいけるさ」


「うん。分かった。あの……………こんな私だけど捨てないで?」


「当たり前だろ。お前はもう俺の家族なんだから」


「ありがとうっ!!シンヤ、大好きっ!!」


「お、おい!シンヤ、何だその対応と優しそうな顔は!!ぼくの時と全然違」


「こらっ、ニナ!!」


「「ひっ!?」」


突然、向こうから聞こえたティアの怒声に無邪気な笑顔を見せていたニナと何かを言いかけていたビオラが同時にビクッとした。


「シンヤさんに向かって、何て口の利き方ですか!シンヤさんはあなたの友達ではないんですよ?」


「ううっ」


「ティア、今は許してやってくれ。ついつい素が出てしまうのは仕方ないことだろう?お前だって、2人きりの時は…………」


「そ、そういう問題ではありません!新人がそんな感じだと周りに示しがつかないから言ってるんです!!」


「いや、でもなぁ」


「だいたい!シンヤさんは最近、色んなことに甘過ぎますよ!!今回のこともそうです!そもそもビオラさんにこんなチャンスを与えてる時点でおかしいんです!以前のシンヤさんだったら……………」


「悪いな。丸くなっちまって……………やっぱり、こんなままの俺じゃ、駄目だよな?」


「ず、ずるいですよ、そんな言い方……………どんなあなただって、いいに決まってるじゃないですか」


「そうか?」


「ええ。むしろ、今のシンヤさんはギャップがあって、より……………って、何を言わせるんですか!!」


「いや、お前が勝手に言ってるだけだろ」


「と、とにかく!あまり、そういうことを頻繁にしないで頂けると……………私だってこんなに近くにいるのに」


そう言って、ぺたんと耳を垂れさせながら頬を軽く膨らませてみせたティアはなんというか、控えめに言っても……………


「…………可愛いな、お前は」


「っ!?もうっ!!私は真剣に言ってるんですからね!!」


「よーしよしよし!いつも偉いな、ティアは」


「あ、頭を撫でないで下……………でへへ」


俺達がそんなやり取りを繰り広げる一方で1人取り残された様子のビオラはこう呟いていた。


「いや、お前ら真剣に何やってんの?」




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