第329話 暗号

「噂に聞いていたのと全く違う…………随分と大人しいんだな」


「……………」


「それにやけに無口だ。お前、本当にあの男か?」


「……………」


「まぁ、いい。今日から、ここがお前の家となる。頼むから、そのまま大人しくしといてくれよ?騒ぎを起こされたら、仕事が増えて敵わん」


「……………」


「それにしても名の知れた男が無銭飲食とは……………しょうもない捕まり方をするな?………………あ、そうだ。今度、お前のことを記事に載せたいっていう奴から、魔道具で通信がきたんだが、何か言っておくことはあるか?顔とかじゃなくて、どうやらお前の放った言葉を載せたいらしい」


「…………湯煎の礼、待っている」


「ん?それだけでいいのか?もっと家族や仲間に言い残したこととかはないのか?………………まぁ、そんな奴はいないか。この分じゃ、面会に訪れる者もいなそうだしな」


「………………いいや、あいつは確実に俺に会いに来る……………ボソッ」


「ん?何か言ったか?」


「……………」


「ちぇっ、またダンマリかよ……………まぁ、いいや。とりあえず、この牢の中に入ってくれ。ちなみに食事はちゃんと朝・昼・晩と3食分出すし、ないとは思うが万が一、面会に訪れる者がいれば、イジワルせずに会わせてやるよ」


看守の言葉に対して、軽く会釈をするだけで答える男。その後、牢の中へと投獄され、1人っきりとなった男は再度、あの言葉を口にした。


「あいつは確実に俺に会いに来る……………なんせ、俺があいつの立場でもそうするだろうからな」








―――――――――――――――――――――







「シンヤさん?どうかしたんですか?」


「いや、この記事に書かれた"キョウ・モリタニ"とかいう男のことが気になってな」


「ああ。それって、つい最近、投獄された人ですよね?それにしてもまさか、シンヤさんと同じ名字なんて凄い偶然ですよね?」


「ああ、奇しくもな」


「いやいや、肯定しないで下さいよ。そんな偶然があってたまるものですか。その人が勝手にそう名乗っているだけでしょう?」


「……………」


「全く……………タチの悪いイタズラはよして欲しいですよね。何が目的かは知りませんが、そんな犯罪者と関わりがあるだなんて思われたら、迷惑を被るのはこっちなんですから。それに唯一、放った言葉というのも意味が分かりませんし」


「……………」


「?シンヤさん?さっきから黙っていますが、どうされました?」


「…………ティア、俺の推測だがもしかしたら、この男はただのイタズラ好きな犯罪者ではないのかもしれない」


「どういうことですか?」


「よく思い出して欲しいんだが………………名字のことはひとまず置いておいて、この"キョウ"という名前に見覚えはないか?」


「"キョウ"という名前ですか?え〜っと………………」


そこから頭を捻ること約1分。ティアは突然、何かを閃いたかのようにハッとした顔をして、シンヤを見つめた。


「思い出しました!!確か、以前"獣の狩場ビースト・ハント"がとある軍団レギオンに狙われているという情報やその軍団レギオンが所有する軍団レギオンハウスまたはクランハウスの情報をくれた人の名前が"キョウ"でした」


「ああ」


「………………まさかとは思いますが、その人と件の人物が同一人物だと?」


「そうだ」


「いや、それこそ偶然では?その捕まった人が"キョウ"という名を騙っているだけかもしれないじゃないですか」


「ところが、そうでもないんだ」


「?」


「先程、お前が言った"獣の狩場ビースト・ハント"を狙ったという軍団レギオン…………その名は?」


「"紫の蝋"です」


「そうだ。"キョウ"という男はその"紫の蝋"を追い詰める手助けをしてくれた。外側から少しずつ、だが確実に蝋を溶かしていくように」


「そうですね。私達もあの情報で勢いづきましたし」


「ここで話は変わるが、蝋を溶かす方法は主に2つある。1つ目が火を灯し、長い時間をかけて溶かしていく方法。そして、もう1つが………………湯煎だ」


「っ!?まさか!?」


「ああ。仮に投獄された男が本物の"キョウ"でなければ、あんな言葉を放つはずがない。あのことは俺達とブロン、それから封筒の差し出し人しか知り得ないことだからな」


「で、ではその男がシンヤさんの名字を名乗っているのも」


「おそらく、何らかの理由があるんだろう。まぁ、どちらにせよ……………」


そこで急に立ち上がったシンヤは鋭い眼光で窓の外を睨み付けたまま、言った。



「直接、会って確かめた方が早い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る