第307話 獣人族領

「アタシら、どうなるのかな………………」


とある軍団レギオンハウスの地下にある檻の中。そこに幽閉された獣人族の少女シーフォンは胸に押し寄せる不安から思わず、そう呟いた。すると一緒の檻に入れられたこれまた獣人族の少女が反応した。


「シーフォン?」


「いや、自分でも柄にもないなって思うよ。まさか、元気だけが取り柄のアタシがこんなに弱気になるとは………………でもさ、仕方ないじゃんか。アタシらの大切なお頭が囚われてるんだ。それなのにアタシはこんなところでただただ無事を祈ることしかできなくて…………………アタシはなんて弱いんだ!!」


シーフォンの目から溢れ出した涙。それは止まることなく次々と頰を伝い、顎先から垂れた雫が石畳みの床に染みを作っていく。ここに来るまで彼女はずっと我慢していたのだ。普段から明るい性格の彼女は率先して場の空気を和らげるのが常だったし、それが役目だと彼女自身も思っていた。しかし、彼女は万能な神などではなく、1人の少女なのだ。いつもいつも明るい訳ではない。人目につかないところでは悩んだり、落ち込んだりもする。その苦悩の大きさが今まではそれほどではなかった為、次の日まで引きずったり、ましてや泣くほど悲しい思いはしなかったのだ。ところが、今彼女の置かれている状況は今までのとは比にならないものだった。それこそ、思わずこうして泣き叫んでしまう程に。


「アタシは弱い。奴らに対して何もできなかった。そんな自分がひどく許せない。だから………………もっともっと強くなりたい!!」


シーフォンの張り裂けそうな想いの強さが同室の少女……………だけではなく、周りの檻に入れられた者達へも響いていく。その瞬間、彼女の言葉を聞いて光を失った瞳に炎が灯り、生気がどんどんと漲ってくるのをその場の全員が感じていた。決して1人ではない。同じ想いを抱いている同志達がここには大勢いたのだ。この時、彼女達の想いは1つになった。


「……………そして、だけは何が何でも許さない。絶対にケジメをつけさせてやる」


シーフォンの強い意志が篭った瞳は遥か遠くの方へと向いていたのだった。








―――――――――――――――――――――










「ここから先が獣人族領か」


フリーダムを出発したシンヤ達は獣人族領の手前まで休まずに走り続け、馬車で2日は掛かる距離をたったの1時間で辿り着いていた。そして現在、入領審査を終えたシンヤ達は一息ついていたのだった。通常、人族領と魔族領の行き来には何の問題もないが獣人族領と人族領、そして獣人族領と魔族領の行き来に置いては審査を受ける必要があった。これは獣人族側が"己の強さを示し、それが基準値に達した者だけが獣人族領へと足を踏み入れてよい"という意味不明な決まりを作ったせいだ。ちなみにこの制度は自由をモットーとする冒険者の間ではすこぶる不評だった。


「いよいよですわね」


「私の両親が生まれたところ……………」


「そういえば、ティアの両親は」


「はい。私は人族領の村で生まれましたが、両親の生まれは獣人族領です。だから、一応私の故郷……………でもあるんですかね?」


「どこで生まれたかじゃなくて、お前の帰る場所こそが故郷だ。だから、無理してそう思わなくてもいい」


「そう…………ですね。ありがとうございます」


「別に礼はいらん」


「ふふっ」


「何がおかしいんだ、サラ」


「相変わらず、照れ屋ですわね」


「どう反応すればいいのか分からんだけだ」


「はいはい。そういうことにしておきますわ」


「おい」











「団長!奴ら、とうとう来ましたぜ!」


「そうか。予想よりは随分と早いが………………まぁ、いい」


「それで本当に通しちゃって良かったんですか?」


「構わん。どうせ、奴らには何もできんからな……………それで?人数はどのくらいだ?クランメンバー全員で来たか?それとも傘下も引き連れて堂々と登場か?」


「………………」


「おい、どうした?」


「そ、それがあの……………」


「何だ?」


「今から言うことは真実なので決して疑わないで聞いて下さいね」


「そんなの当たり前だろう。お前が嘘を付くメリットがないからな」


魔道具越しに男の深呼吸する音が聞こえ、次の瞬間、団長と呼ばれた男は驚愕の事実を知ることとなった。


「奴らの人数ですが………………たったの3人です」


「…………………は?」


「奴らは無謀にもたったの3人でやって来て、獣人族領へと足を踏み入れていきました」


「そ…………」


直後、団長と呼ばれた男は息を大きく吸い込み、こう叫んだ。


「そんな馬鹿な話があるか〜〜〜〜〜!!!!!」

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