第269話 間者
とあるクランハウス内にて、2人の男が神妙な面持ちで記事を眺めながら、酒を酌み交わしていた。男達はこれまでに数杯は飲んでいるのか、既に顔が真っ赤になってしまっている。
「ちっ……………"笛吹き"の野郎、そのまま素直に引退していればいいものを」
「どうやら"黒締"が助け舟を出したらしいぞ」
「またあいつかよ。ったく、忌々しい…………」
「それに同盟もどうとかって…………」
「ああ、この記事に書いてあるぜ。"黒天の星"を含めた有名クラン計8つが同盟関係だとよ…………けっ」
「凄いな……………そういえば話は変わるんだが、あの作戦はどうなったんだ?」
「今、進行中だ。そろそろ向かわせた使者が戻ってくる頃だろ………………っと、噂をすればほら」
男が小気味よく2回半ノックされた音に気が付き、クランハウスの玄関の方へと歩いていく。その後ろには話し相手だった男も続いていた。2人共、赤ら顔で酒臭い状態ではあったのだが帰ってきた者が赤の他人ではなく、同じクランの仲間であると確信していた為、外聞など気にすることなくそのまま勢いよく扉を開けた。すると……………
「遅かったじゃない……………か」
「あ…………れ?」
目の前に立っていたのは待ち望んでいた仲間ではなく、赤の他人……………それも先程まで話題に上がっていた有名クランのメンバーであった。これにはだいぶ回っていた男達の酔いも醒め、引き換えに顔色が徐々に悪くなっていった。その間、目の前に立つ人物は一切微動だにせず、ひとしきり男達の反応を確かめるとようやく口を開いた。
「お目当ての者でなくて、すまないアルね」
「お、お前は"
「え………いやいや、あれ?何故だ?だって、2回半のノックが……………」
「ああ。仲間内での"ただいま"の合図アルね?お前のとこの奴が親切に教えてくれたアルよ」
「そ、そんな…………」
「これを機にもうちょっと分かりづらい合言葉にでもしてみるといいアルよ」
「ま、まさか使者が……………」
「使者?あれが?あれは……………完全に間者だったアルよ」
「なっ!?そ、そんな筈は!?俺はただ話をしにいけと言っただけで決して余計なことをしてはならないと」
「それは教育がなってないアルね……………と言いたいところだけど多分、お前達に良いところを見せようと先走ったんじゃないアルか?」
「あいつ……………」
「それはそうと随分と舐めた真似をしてくれたみたいアルね。コソコソとウチらの周辺を嗅ぎ回り、あわよくば奇襲をかける計画まで立てていたようアルよ………………捕らえた間者が親切にもベラベラと喋ってくれたアル」
「くっ……………すまない。言い訳にはなるが俺達はそのようなことを命令していない」
「そんなことは知らないアル。とりあえず、間者は生かしておいたアルが本来であれば、宣戦布告とみなしてお前ら全員を始末するところアル」
「ひっ!?」
「そ、それは…………!?」
「けど、ウチらもそこまで鬼ではないアルよ。今回、ウチがここに来た目的も別のものアル」
「そ、そうなのか?クランマスター直々でないのが多少引っかかるが、確かに組長クラスでもSSランクだもんな。それこそ、1つのクランを率いていてもおかしくはないからこそ、こうしてやって来た訳か」
「ウチは外交官を務めているアルよ」
「それはまた……………頼りになる外交官だな。仲間に欲しいくらいだ。で?一体、何が望みだ?少しくらいなら、融通してやっても………………っ!?」
「こ、これは!?」
その瞬間、男達へ向けて殺気が放たれた。それは思わず、逃げ出したくなる程、濃密なものであったがバイラの目が逃走を許してはくれそうになかった。
「何か勘違いしていないアルか?お前らが偉そうに物言えた立場じゃないアルよ。こっちが今回の件を不問にしてやる代わりにそっちがウチの話を全て受け入れる。これは当然のことアル」
「い、いやっ!?でも!?」
「物分かりが悪いアルね。これは提案でも対話でもない……………命令だ」
「「ひっ!?」」
「では早速、話し合いへといくアルよ。応接室はどこアルか?」
「こ、こちらです」
完全に萎縮したクランマスターと副クランマスターが背筋を丸めながら歩き、その後には淡々とした態度のバイラが続いていた。
――――――――――――――――――
「またか……………これで何人目だ?」
最近、クランハウスに忍び込もうとしたり、悪意を持って訪ねてくる輩が続出していた。そこで一々、その輩をとっ捕まえては差し出し人のところへとバイラが出向き、色々とお話をしてもらっているのだが、いかんせんキリがなかった。かくいう今回も真っ赤な装束に身を包んだ怪しい人物がクランハウスをコソコソと覗いていた為、こうしてとっ捕まえて玄関に放置しているという訳だ。
「あれ?カグヤじゃないですか」
「そんなところでどうしたんじゃ?」
とりあえず、バイラが帰ってくるのを待っているとティアとイヴが近付いてきた。アタシは肩をすくめると軽くため息を吐きつつ、こう言った。
「ほら、最近増えてるだろ?間者。多分、こいつもそれだ」
「あらら」
「お主も大変じゃのぅ」
「一応、警備関係の
アタシは再びため息を吐くとうつ伏せに倒れている間者へと向かって、言葉を投げかけた。
「で?お前の目的は何なんだ?」
刀の柄を握り、いつでも抜けるぞという意思表示をしながら、間者の顔を見つめた。この方法でこれまでに全ての間者の口を割らせてきた。当然、今回もそのつもりだった……………ところが、今目の前に倒れている間者は今までの者とは明らかに様子が異なっていた。
「ふんっ!お前なんぞには死んでも口は割らん!!」
顔を上げ、物凄い形相でアタシを睨み付けてきたその間者はある種の覚悟を持っているように感じられた。アタシは多少驚きつつもどうしにかして、やりとりを進めようと再び口を開きかけた。すると近くから大きな声が割って入った。
「ネーム!?お主、こんなところで一体何をしておるのだ!?」
そこには驚きに目を見開いたイヴが呆然と立ち尽くしていたのだった。
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