第260話 もう1つの戦い

「どうやら終わったようですね」


周囲1kmにまで及んだ未曾有の衝撃。その現場を離れたところから見ながら、ティアは呟いた。そんな彼女の足元には白い修道服を着た無数の屍が転がっている。


「ただいま戻りましたわ」


そこに剣に付着した返り血を払いながら、サラがゆっくりと近付いてくる。彼女もまたティアと同じ目的で動いており、それが終わり次第、合流することになっていたのだ。


「おいおい、アタシが一番じゃねぇのかよ。やっぱり、2人には勝てねぇか」


さらにはカグヤまでもが二刀を担ぎながら、やってきた。その表情には少しだけ悔しさが漂っている。


「早いですね、カグヤ。他の方はまだ?」


「ああ。でも、もうすぐだとは思うぜ」


シンヤとの戦いからハジメが逃げないよう周りを取り囲んでいた筈の彼女達が一体なぜ、こんな離れた場所にいるのか。その理由は事前にシンヤから、とあることを頼まれていたからである。あれはシンヤがハジメに向けて、初撃を放った時まで遡る。シンヤの攻撃に対してハジメが"未来視"を使った隙をついたティア達は散開し、各々が別々の場所へと向かっていたのだ。そんな彼女達の目的とはずばり、行軍真っ最中の"聖義の剣"の部隊を潰すことだった。実はハジメが待ち構えている場所へと向かっている最中に"聖義の剣"の部隊が複数動いているのをシンヤ達は察知しており、そこは戦いの現場から1km以上離れている場所だということが分かった。そこでティア達には途中まで現場に居てもらい、シンヤが最初の攻撃を放ったタイミングでそれぞれが1km先にいる部隊の元まで向かうことになったのである。その前にそもそもティア達がシンヤに付き添って現場までわざわざ同行する必要があったのかどうかだが、これは一応念の為であった。実際に対峙する前からハジメが"転生者"であると気付いていたシンヤは彼の持つスキルを危惧していた。シンヤ自身、異世界からの"転移者"であり、こちらの世界へやって来た際に発現した固有スキルはとんでもない代物だった。それは彼のいた世界で言う"チート"と呼ばれる能力と大差のないもので同じように"転生者"であるハジメにもそのような固有スキルがあってもおかしくはなかった。そこでティア達にも一緒に来てもらい、数的不利な状況や殺気から窺えるティア達の実力の高さによって、ハジメの動揺を誘い、わざと最高のパフォーマンスを発揮できない状態を作ったのだ。いくらステータスに開きがあるとはいえ、戦闘では何が起こるか分からない。常に最善と最悪、その両方を考えた上で動く。これはシンヤが徹底して行っていることだった。そして、今回はそれが功を奏した。結果的に終始、心に余裕のなかったハジメは敗れ、最後まで気を抜かず自身のペースを貫いたシンヤが勝利することとなった。ちなみにハジメの"未来視"によって避けられ、空振りに終わったかに見えたシンヤの斬撃は全てその直線上の離れた場所にいた"聖義の剣"のメンバーに直撃していた。


「あ、れ?カグヤ達も、いる」


「あら。私達が一番じゃなかったですね、ノエ先輩」


カグヤが合流してから、数分後。次に姿を現したのはノエとアスカだった。そして、その後は間髪入れずに次々と仲間達が集まってきた。


「くっ、負けた!結局、序列で早さは決まってくるということなのか」


「そう気を落とすでないぞ、ラミュラよ。下には下がおる」


「それは俺達のことを指しているのか、イヴ?」


「だとしたら、どうしたというんじゃ?探偵くずれよ」


「今すぐ表に出ろ!切り刻んでやる!」


「ここはもう表じゃよ。そんなに言うなら、鎌で首でも狩ってやろうかの」


「2人共、やめやがるデス。みっともないデス」


「そういうエルもやる気満々で大剣を振り回してるの……………ふぁ〜」


「相変わらず眠そうだね、レオナ。ってか、このメンバーで集まると誰かしらがこうなってるよね。嘆かわしい」


「だったら、傍観者ヅラしてないでアンタが止めなさいよ、ニーベル………………と言いたいところだけど、その必要はなさそうね。ティアが満面の笑みで向かっていったから」


ローズの言葉通り、騒ぎ立てる2人の下へと向かうティア。その表情は彼女に関わりの深い者ならば、すぐに分かる"危険な笑み"をしていた。


「俺の短剣テクはあれからさらなる飛躍を遂げた!前みたいにはいかないぜ!」


「望むところよ!妾も日々、進化しておるぞ!腕が鳴りおるわい!」


「鳴るのは腕だけで済みませんよ?2人共」


「「ひっ!?」」


それは心臓を鷲掴みにされる程、底冷えした声だった。これには地獄の閻魔様やどこかの神様であっても裸足で逃げ出してしまうこと必至だろう。当然、イヴ達もその例に漏れず、大人しくするしかなかった。


「つまらない言い合いをしていないでさっさと行きましょう。続きは帰ってからでも間に合います………………あ、その時は私も参加しましょうか?」


「「け、結構です!!」」


2人の発した大きな声は重なり、それが山彦となって、しばらく辺りに響き渡っていた。

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