第217話 大風
「痛って〜な!お前、どこ見て歩いてんだよ!」
「………………」
「おい、お前に言ってんだよ!そこの杖と剣を持った変なエルフの!」
「ん?それはもしかして、この俺様に言っているのか?」
「俺様だぁ?お前、何様なんだよ!」
「だから、言っているだろう。俺様だと」
「なんだか変な奴だな……………まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりもぶつかっといて何の謝罪もないのは一体どういう了見なんだ?」
「ぶつかった?身に覚えのないことを言われても困るな。それは本当に俺様か?そこら辺に歩いている奴と勘違いしたんじゃないのか?」
「勘違いなんてする訳ねぇだろ。それにもしもぶつかったのが堅気の人間だったら、こんな街中で堂々と言わねぇよ」
「いや、それこそ街中のこんな広い通りでぶつかるはずがないだろう」
「いいや、確かにぶつかった。普通に歩いていたら、肩を押される感覚があって一瞬よろけたんだ。それで不思議に思って後ろを振り返ったら、ちょうどお前が去っていくところだった」
「………………あぁ、そういうことか。なるほど。合点がいった。確認なんだが、お前は間違いなく何かに押される感覚があったんだな?」
「あぁ、あったよ!」
「そうか。であれば、それには俺様が関わっている。これは間違いないだろう」
「ふんっ!これだけ引っ張ってようやく白状したか!ここまできたら、謝罪だけじゃ済まないな!俺の貴重な時間を使ったんだ。持ち金全て置いてってもらわないと許さないからな!」
「なるほど。だが、その前に一体何がお前の肩を押したのか、それを説明してもいいだろうか?」
「今更、しらばっくれる気か?お前以外に何があるって…………」
「これだ」
その時、冒険者の男は見た。エルフの男の周りに発生した風を。それは微力ながらも成人した男の身体に少しばかり作用する程度の力はありそうだった。
「俺様は常に風と共にある。そんな俺様が大地を踏みしめれば、そこには当然風が吹く。意識していようがしていまいがだ。それが時には強くなり、周りに大きな影響を及ぼしてしまうのも稀にある」
「…………お、お前はまさか」
「さて、話を戻そう。結果的には俺様のせいでこうなったのは間違いなさそうだ。それは素直に謝罪しよう。すまなかったな」
「い、いや。それは……………」
「で、その次にお前が言っていたことだが……………持ち金を何だって?」
――――――――――――――――――
シリスティラビンに程近い街、ハングリー。ここは以前、ラミュラとモールが組員探しの為に訪れた街である。迷宮都市が近くにある為、ほとんどの冒険者や商売人はそっちへと向かう。加えて邪神災害の影響で生活に困窮する者がこぞって街から出て行ったからか、人の数は急激に減っていた。未だ街に残る者は迷宮都市でやっていく自信がない者やそもそもその日の暮らしも危うい者達ばかりである。そして、今日も今日とて依頼を受ける意欲を失った冒険者達が昼間からギルドで酒を飲んでいた。
「しっかし、楽に金を稼げる方法ねぇかな〜」
「あったら、とっくにやってるっての」
「だよなぁ。俺さ、この職業に憧れて冒険者になったんだよ。人々を助けて英雄視され、金もたんまり稼ぐ。んでもって美人な女と結婚してあとは幸せな隠居ライフを送るってな……………でも、どこで間違えたんかな。人助けどころか、低ランクの魔物にすら勝てない、だからもちろん稼げない。当然、そんな男にまともに取り合ってくれる女なんて存在しない……………なんだか泣けてくるわ」
「最初から間違えてたんだろ。お前に冒険者は向いてないってことだよ」
「うぐっ…………」
「まぁ、仮に向いていたとしてもやたらと強い後輩も出てきて、どんどん抜かされるしな」
「傷口に塩を塗るなよ。余計、落ち込んで仕事に集中できないだろ」
「現実を突き付けて何が悪い。それにお前はかなり前からこんな調子だろ」
「それはそうだけどよぉ……………ちなみに最近の若手はどうだ?」
「よく話に聞くのはやっぱり"黒の系譜"だろ。以前は"黒天の星"だけだったけど最近じゃ傘下も頑張っているみたいだしな。」
「くそっ!ムカつくぜ!強くて金もあって女もいるような環境……………羨ましすぎる!特に"黒締"の野郎!あれだけ自分を慕ってくれる女がいるってどんな気分なんだ?」
「さぁな……………っと話の続きだが他にも目立った動きをしているのはいるらしいぞ。それも若手ではなく、中堅またはベテラン勢だ。あの"三凶"が何か求めているのか各地を動き回っているとか、"笛吹き"・"赤虎"が"黒天の星"と接触したとか、後は"麗鹿"それと噂では"大風"も……………」
「ん?おい、どうした?」
「いや、ちょうど話に出した人物がいるもんでな」
「それって…………っ!?まじかよ!何でこんなところに」
ギルドの入り口。そこには扉を開けて入ってきた1人のエルフがいた。剣と杖を腰に携え、綺麗な金色の短髪をしている。周囲にはまるで興味がないのか、視線は真っ直ぐに受付の方へと向かっていた。そこからは特に感情を読み取ることができず、思わずその場に緊張が走る。そして、そんなことよりも最も目につくことがあった。それは彼の周りにはテーブルが揺れる程の風が吹き荒れていたことだった。
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