第206話 来訪者
「…………なるほどのぅ。遂に知られてしまったか」
ギルドマスター室にある来客用のソファーに座りながら、ブロン・レジスターはそう呟いた。現在、その部屋にいるのはギルドマスターであるブロンとシンヤの2人だけ。ドルツからクラン"箱舟"について聞かされたシンヤは次の日すぐにギルドへと足を運び、こうして事実の確認にやってきたのだ。
「何だ?隠しておきたかったのか?」
「いや、そういう訳ではないが、あえて伝える程のことでもないと思ってな。それにいつかは知られてしまうと思っておった」
「そりゃ、うちには優秀な探偵がいるからな」
「そうじゃな」
「で?どうなんだよ。俺が今、言ったことは事実なのか?」
「ああ。概ね事実じゃ。確かにクラン"箱舟"はかつて存在していたし、ワシもその一員じゃった」
「そうか。にしてもとんでもないメンバーが揃っていたんだな」
「今にして思えばじゃがな。今でこそ、SSランクやSSSランク冒険者となっている者もおろうが、当時はそこまでではない者がほとんどじゃった。まぁ、たとえ現役で活躍する今のSSSランク冒険者とお主らを比べてみてもこちらが恥ずかしい思いをすることに変わりはないのじゃが」
「じゃあ大して強くもない、ましてや将来化けるかどうかも分からないような奴らが集まってできてたっていうのか?」
「全てはあの方の先見性の為せる技じゃ。ワシらは色々なところを旅して回った。道中、色々なことがあり、その都度メンバーも増えていった。とはいっても強引にどこかから攫ってきた訳ではない。向こうから仲間に加えて欲しいと言ってきたり、本心ではついていきたいと思っているが、なかなか言い出せない者にあの方自らが声をお掛けなさっていた。しかし、それは全員にではなく、たまに拒んでいたこともあったりした。おそらく、あの方なりの基準となるものがそこにはあったのじゃろう」
「人材を見極めてたってことか?何者なんだ、そいつ」
「そのお方は"箱舟"のクランマスターじゃった。傲岸不遜・豪放磊落を絵に描いたような人物でどこか人を惹きつける魅力があった。いつも豪快でそれは食事にしても戦いにしてもそう。あの方の周りは常に笑顔が溢れておった。口癖はこう。"小さなことは酒でも飲んで忘れろ。大きなことは死なない限り、大丈夫"……………ワシらは当然として、関わる全ての者があの方に救われていった」
「………………」
「以前、受付嬢のマリーから聞いたらしいな?ワシがお主によく世話を焼く理由がお主がワシの息子に似ているからだと」
「ああ」
「それはな、半分嘘じゃ」
「半分?」
「むろん息子とお主を重ねておったのは間違いない。じゃが、それは単に容姿や雰囲気が似ていたからではなく、歳が近いという理由からだった」
「なるほど。じゃあ、もう半分の理由は?」
「それは……………」
そこで一旦言葉を区切ったブロンが10秒程溜めた後に放った言葉は驚くべきものだった。
「お主が"箱舟"のクランマスターにそっくりじゃったからだ」
――――――――――――――――――
「お忙しい中、申し訳ありません」
「いえ。クランマスターのシンヤはただいま席をはずしております。少々お待ち下さい」
クランハウスの応接室。そこには物腰の柔らかそうな青年が座っていた。一枚の羽根が乗った深緑色の帽子を被り、身動きの取り易い通気性のあるシャツとズボンを着ている。全体的に小綺麗な身なりをしており、そこからは清潔感が溢れていた。
「分かりました。急に押しかけてしまったのはこちらです。ご迷惑でないのなら、このままここで待たせて頂きます」
それから、出されたお茶とお菓子を楽しみつつ、シンヤを待つ客人。静寂が支配する中、部屋にいるのは客人の男と彼に応対しているティアの2人だけだった。そこで暇つぶしとばかりに客人はティアへと質問を投げかけた。
「この部屋へ来る途中、そちらのクランメンバー数人とすれ違ったのですが、皆さん凄くお強いですよね」
「ん?ああ。あれは朱組と蒼組の組員ですね」
「あれで末端とは末恐ろしい。一体どんな訓練を積めば、あれほどの強さを得られるのでしょうか?」
「さぁ」
「なるほど。守秘義務というやつですか。では質問を変えましょう……………もしも他の者達、例えば僕のような者でもここで訓練を積めば、さらに強くなることが可能でしょうか?」
「どうなんでしょう」
「……………そこまで徹底した情報の秘匿は大したものだ。でも、そんなことをしていいんですか?今、この部屋にはあなたと僕の2人きり。僕が力づくで聞き出すなんてことがあるかもしれないんですよ?というより、そもそも仲間でもないのに客人という立場の僕と2人きりでいること自体が
おかしいですけどね。普通はみんな警戒して、護衛を何人かつけたり、大勢で部屋中を囲んだりするものです。こんな対応をされたのは生まれて初めてです」
「必要ありませんから」
「はい?」
「あなた程度の対応は私1人で十分です。強さにしても客人としても。もちろん、幹部や"十長"に任せてもいいくらいです。ですが、あいにく今の時間、他の者は手が離せないようなので仕方なく私がこうして対応致しております」
「……………」
「流石にSSランク冒険者ともなれば、程度の低い挑発には乗ってきませんか」
「というよりもさっきから全然、隙が見当たらないんですよね。これは参った。流石は世界初のEXランク冒険者だ」
「いえ。それほどでもあります」
「ハハッ!その態度も大したもんだ」
「くだらないお喋りはこの辺に致しましょう。当クランのマスターが戻りましたので」
直後、突然応接室の扉が開かれ、姿を現したのはブロンとの話を終えて帰ってきたばかりのシンヤだった。
「悪い、待たせたな。"黒天の星"のクランマスター、シンヤ・モリタニだ」
「いえいえ。こちらこそ、突然押しかけて申し訳ありません。僕の名はハーメルン。巷では"笛吹き"という異名で呼ばれています」
「"笛吹き"……………なるほど。お前が」
「本日は大切なお話をさせて頂きたく、こちらまで参った次第でございます」
「大切な話?」
「ええ。シンヤさん………………同盟ってご存知ですか?」
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