第3部 聖義の剣

第1章 軍団戦争

第201話 箱舟

かつて伝説のクランがあった。この世界では珍しい黒髪・黒眼の男が率いたそのクランはあまり表立って動くことはなく、本来であれば人々の記憶に残らない存在のはずであった。しかしながら、一切日の目を浴びないということは不可能で数少ない目撃証言をかき集め、その痕跡を辿っていった者達にとってはそれが眉唾物であるという判定を下すには些か早計過ぎると感じた。実力者であればあるほど彼らの存在が確かなものであると感じ取り、それを後世に残していこうとする動きも垣間見え、一部の吟遊詩人達も積極的に各地を周って、彼らの物語を歌っていった。結果、彼らの存在は疑問視されながらも今もなお語り継がれ、数こそ少ないものの熱狂的な信者までいる始末だ。とはいえ冒険者ギルドに所属しクランまで設立しておきながら、一体何故彼らが多くの人々にとって、曖昧な存在だったのか……………それはひとえに依頼の受注様式が他とは異なり、特別なものであったことに起因していた。具体的に言えば、高ランク冒険者でもおいそれと手を出せないような危険な依頼が片っ端からなくなっていき、いつの間にか解決されている。ギルド職員や他の冒険者にも気が付かれないようにである。受付で受理された記録もなければ、そもそもギルド内で彼らを見かけたことすら皆無。にも関わらず、緊急事態レベルの依頼書が次々と処理されていく。そんな状態が各地のギルドで相次ぎ、ある日それを不審に感じたとある冒険者が依頼書に書かれた場所へと意を決して向かってみたのだ。するとそこには……………複数の冒険者達がまるで楽しく遊んでいるかのように強大な魔物と対峙している光景が広がっていた。そんな光景を目の当たりにした冒険者は驚き、すぐさま街へと帰って、周りの者達にその様を伝えた。しかし、嘘つき呼ばわりもしくは疲れて幻覚でも見たのだろうと諭され、信じてはもらえなかった。ところが、他の地域でも同じような証言がチラホラと見受けられるようになり、それを全て繋ぎ合わせていくととある1つのクランへと辿り着いたのだ。そのクランの名は"箱舟"。"王導"という異名を持つ男がマスターを務め、"魔剣"・"雲海"・"鋼帝"・"炎剣"・"魔拳"・"大風"・"赤虎"・"蛇腹"・"笛吹き"・"瀑鯨"・"麗鹿"・"闘零"など現在、世界各地で活躍する高ランクの冒険者また今ではとっくに引退している若かりし頃のギルドマスターや理事長が多数所属していたと言われる伝説のクランである。彼らが一体どのように結成され、何を目的とし、どうやって依頼を受けていたのか。今となっては本人達か当時の関係者しか知り得ないことではあるが、いずれにせよ彼らの功績は大きく、その実力もまた計り知れないものがあったことは確かであった。だが、最も驚くべきところはそこではない………………なんとクラン"箱舟"は20年以上前のとある日を境にその活動が一切目撃されなくなり、クラン自体も自然消滅。メンバーが散り散りになると共にクランマスターの行方も分からなくなってしまったのだった。







――――――――――――――――――







「なるほど。で、それが?」


「シンヤがいない間に"三凶"とか呼ばれてる奴らが来てな。そいつらがどうやら、そのクランに所属していたみたいなんだよ」


「そうか。だが、それは昔のことだろう?今の昔話はする必要があったか?」


「今後も同じ境遇の奴らがここを訪ねてこないとも限らない。だから、先手を打って調べておいたんだ。何かあった時に脅しにも使えるかもしれないからな」


「そういうことなら、助かった。報告と調査、ありがとう。流石だな、ドルツ」


「いやいや。これが俺の得意分野だからな」


「にしても黒髪黒眼の男か……………」


「やっぱり、そこが引っかかるか」


「まぁな。何か分からないが今後、そいつとはどこかで会うような気がしてるんだ」


「勘か?」


「ああ。まぁ、考えていても仕方がない。最悪、ちょっかいをかけてきたら、全て蹴散らせばいいだけだしな」


「お前らしいな」 


「よし。以上でここでの話は終わりだ。カグヤ、イヴ、ローズ…………お前らも他に報告とかはないか?


「ないぜ。さっき話したので全てだ」


「妾もじゃ」


「ワタシもよ。それよりもさっきからお腹が空いて仕方がないわ」


「それは同感だな。じゃあ、向かうか……………お疲れ様パーティーの場へ」


「いよっしゃ〜!飲んで飲んで飲みまくるぜ!」


「ほどほどにしとけよ?」


「そう言っとるお主も凄い量を飲むんじゃろうが。カグヤとドルツの飲み比べはもう見飽きたわ」


「はぁ。もう少し上品に飲めないものかしらね」


一同は扉を開け、皆が待つ宴席の場へと向かう。そこでは大量の料理と酒、土産話が用意され、日頃頑張る者達を労おうとする数々の仕掛けが待ち受けているのであった。

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